88:裸のお付き合い!
「ようこそお越しくださいました、エーリヒ様。それと……」
「エリン。この子は従妹のエリンです。急に押しかけて申し訳ありません、サウル男爵殿」
「……いえ。ゼナスのありのままをご覧になりたかったのでしょうから、お気になさらずに」
父上殿、その間はいったい?
公爵家から、いや王室からと言うべきか。とにかく、視察があるとは思ってもみなかったため、客室の用意ができておらず、それもあって先に砦を見てもらっていたわけだ。
「兄さまぁ」
「ん? ティファニー、どうしたんだい?」
最近は村の子供たちにもすっかり馴染んだティファが、いつになくしおらしい姿を見せている。
ここには他の貴族の令嬢や令息がいない。一緒に遊ぶのは村の子たちだ。
そうなると自然に、貴族らしくなさが身についてしまう。
ティファはよく言えば元気はつらつな女の子に、悪く言えば上品さがなくなってしまっていた。
久しぶりに見た貴族、しかも上級貴族を前に、少し物怖じしてしまっただろうか。
いや、違うな。
同じ年頃の女の子、エリン嬢が来てわくわくしているようだ。
「ティファ。村の子たちとは違うのだから、あんまりぐいぐい行かないように」
「わ、わかってるもの。でもちゃんと、お礼は言わなきゃ」
ん? お礼?
「ではお二人のお部屋にご案内いたします。護衛の方もどうぞ。近くの部屋を用意しておりますので」
「男爵様のご配慮に感謝いたします」
辺境領ゼナスまで足を運ぶ貴族なんていない。
そう言われていたこの土地も、ここ一年ぐらいで数家門が来てくれるようになった。
まぁ主に近隣の領を治める家門だけど。
近くではないけれどホーヘンベルク侯爵家はこの二年で、二度も来てくださった。
往復一ヵ月もする道のりをだ。
そんなこともあって、王国騎士団の詰め所兼宿舎、そして砦の錬金と合わせて館の錬金もついに行った。
建物の一階部分の床面積はそう変わらない。まぁ多少広くはなっているけど。
決定的な違いは高さだ。
二階建てだったものを三階建てにしている。
その分、客間をちゃんと用意できるようになった。
俺、頑張った。何度か倒れそうになったけど頑張った。
「ところで男爵殿。入口にあった、あの石像はいったい……」
よくぞ気づいてくださいましたエーリヒ様!
「あ、あはは。あれはディルムットが錬金魔法で作ったものでして。ゴーレムモドキ、なのですよ」
「ゴーレム!? 動くのかい、ディルムットくん?」
「はい、もちろんです!」
ただしコロコロがINしないと動かないけど。
「こら、ディルムット。ちゃんと正しくご説明しないとダメだろう」
「うっ……はい、すみません父上。エーリヒ様、実は……」
「その前に、お部屋にご案内して差し上げなさい。みなさん、お疲れなのだから」
「うっ……すみません、母上。ゴーレムの件はお食事の時にでも」
「わかった。そうしよう」
一行を部屋へ案内し、まずはゆっくりお風呂に入っていただくことにした。
この世界の貴族の家にも、大浴場を持つ家がある。
だが、風呂が大きければそれだけ、お湯を沸かすのが大変。
うちでは大量の薪が用意できないから、湯を沸かすのは更に大変……ではなく。
「魔石を利用か。しかし魔石に炎の魔力を付与するのが大変ではないか?」
「そうなんですが、砂漠エルフたちがいますので」
「エルフが!? そういえば先ほどのリディアレーゼ嬢は、族長の娘だと言っていたね」
風呂と言えば、裸のお付き合い!
まぁ本来なら、下級貴族である俺と上級貴族であるエーリヒ様が同じ風呂に入るなんてことはない。
けど、ここは辺境だ。そして俺たちは子供!!
俺はもうすぐ十三歳。エーリヒ様もまだ十七歳だ。
一応、この世界的に十五歳で成人だと言われるけど、大人としては見てもらえない年齢だ。
いろいろと書類上の面で「成人」と言っているだけ。
「エルフだけではなく、フォックス・リー族も手伝ってくれています」
「フォックス・リー……知識としては知っているけれど、見たことはないな。会えるかい?」
「もちろんです。ゼナスの町で暮らしていますので」
「砂漠の民が!?」
永住ではない。出稼ぎ労働者をしてきている人たちだ。
居心地がよくて永住したいと言っている人もいるけど、そこは族長と話し合ってもらわねばならない。
「砂漠の民はここで田畑を耕し、町造りの手伝いもしてくれています。報酬はお金と、それから自分たちで作った野菜です」
「それを故郷に届けさせている、というわけか」
「はい。砂漠の食料事情も、決していいとは言えませんので」
以前のゼナスと比べれば、まだマシな方だった。
けど今じゃすっかり、農作物の生産量はこっちが上回っている。砂漠と比べて、耕せる土地があるからな。
「ふふ。そうやって砂漠を味方につけたか」
「よき隣人を得るため、です。万が一のことが起きた場合、頼みになるのは彼らですから」
「それが起きないことを願いたいものだ」
「はい」
砂漠を越えた南の蛮族……。
この大陸は極端に言うと、上下に分けたような形をしている。真ん中が細くなっていて、その細い部分がこの辺境ゼナスだ。
大昔は海だったことから、元は二つに分かれた大陸だったんだろう。
そして南側の大陸は、七割ぐらいが魔物の支配区域になっている。
魔王という存在がいた名残が、未だに南側の大陸にはあるからだ。
そして奴らは、今でも人間や自分たち以外の種族を蹂躙したがっている。
司祭でもある母上の話だと、世界に混乱を招けば魔王が再び現れる。そう思っているからだろうって。
俺は異世界開拓スローライフをしたいのであって、勇者冒険ファンタジーをしたいわけではない。
ま、まぁ、憧れがないわけじゃないけどさ。
とにかく。
蛮族の脅威からゼナスを守るためにも、砂漠の民との協力は必要不可欠だ。
そして、だからこそこの地に王国騎士団がやってきた。
彼らがゼナスに着任したということは、父上殿が――。
「よってここに、王命としてサウル・シュパンベルク男爵に、辺境伯の爵位を授けるものとする。同時に伯には第十師団、指揮官の地位を与えるものとする」
「勅命、謹んでお受けいたします」
父上殿が、出世した。




