87:もしかして……。
「僅か二年にも満たない期間でこれを!?」
約二百人の王国騎士団とエーリヒ様、それとエリン嬢を、建設した砦へと案内した。
砂漠へと続く巨大門。その両隣に見張り塔があって、城壁の上へと出ることができる。
壁のせいで砂漠側が見えなくなっているから、塔を上ってその上に。
「壁を挟んで向こう側とこちら側で、景色が一変しますな」
「はい。ですが山から引いてきた水のおかげなのか、この先に小さな泉ができたんです」
ゼナスの南東に、山から流れてきた川の終着地点がある。池と呼ぶには大きく、湖というには少し小さい、そんな感じの人工湖だ。
精霊使いでもある砂漠エルフたちの話だと、地下を通って砂漠の方に流れている水が、硬い地盤に当たって地表に湧いているんだろうって。
元々、百年ぐらい前には同じ場所に小さなオアシスがあったそうだから。
「ゼナスにもたらす恵みが、砂漠にも影響を与えているのか」
「まぁさすがにゼナス周辺、だけでしょうけどね」
「いや。オアシスがひとつ増えれば、砂漠を行き来する商人にとって朗報だろう」
そこから少しずつでも、砂漠に緑が戻ってくれればいいんだけどなぁ。
壁の上から、今度はゼナスの方を見る。
ここから眺めるゼナスの光景が、俺は好きだ。
地面はまだごつごつとした部分の方が多いけれど、確実に雑草が増えてきている。
北側の牧草地から、風に乗って草の種が飛んできて根付いたものだ。
遠くには滝も見えるし、東の方を見れば湖もある。
普通に、結構いい景色なんだよな。
で……。
やっぱりこの景色の中に竹林が浮いて見えるのは、日本人だからだろうか。
「あれが簪の材料になっている、竹……」
「あ、そうです。よくおわかりになられましたね。エリン嬢。もしかして簪をお持ちだったのですか?」
「ひゃい!? あ、あの、ああああの……」
エヴァンゼリン嬢に差し上げた簪は、他の令嬢にも評判がよかった。そう返事をもらって、毎月百本ほどの簪をフィッチャーの店に下ろしていた。その簪は瞬く間に売れ、オーダーを希望する声も上がっているほどに。
ただ、オーダーにしようとしたところ、自分はどこどこの家門よりお金をつぎ込むから、自分のを先に……というような、ちょっと鬱陶しい状況になったためオーダーはやらないことにした。
エリン嬢もお店で買ってくれたのだろうか?
「ディルムットくん。君からプレゼントしてくれた簪をね、エヴァはエリンにも分けてあげているのだよ」
「そうだったんですね。エヴァンゼリン嬢は、やっぱり優しい方だな」
「はぅ……あ、あり……あ、いえ、あの……そ、そう言ってもらえると、きっとエヴァも喜び、ます」
「あはは。そうですか? あ、長旅でしたのにすみません。館の方へ移動しましょう。騎士団の方はどうぞ、下の宿舎をお使いください」
何日かは、うちの騎士たちの奥さんや母君たちが、王国騎士団の世話をしてくれる。
一緒に来た王国騎士団のご家族が、ここでの暮らしに慣れるまでだ。
王国騎士団の隊長と、エーリヒ様の護衛として一緒に来た公爵家騎士団の人たちが、俺と一緒に館の方へと向かうことに。
せっかくなので宿舎を通って下に降りると――。
「ディル! 向こうの準備はできたにゃ」
「ディルよ、迎えに来てやったのじゃ」
「ありがとう。今から戻るところでした」
キャロとリディアレーゼが迎えに来た。
「ご紹介します。こちらはキャロ。砂漠の民、キャット・ルー族の族長ダンド・ディッシュの娘さんです。そしてこちらが――」
「妾は砂漠エルフが族長エディノアが娘、リディアレーゼじゃ」
と、手は腰に。ない胸を張ってドヤ顔を決める。
「うちはキャロにゃ。ディルとは……うふ、うふふ」
おい。
「な、何を意味深な言い方をしておるのじゃ! 妾の方がディルとは親密なのじゃ!」
「どこが~?」
「どこもここもじゃ! ふん。ディルの魔力を鍛えてやっておるのは妾ぞ。あぁしてこうして、あんなことやこんなことをしてじゃなぁ」
「にゃにぃー!」
「なんじゃ!」
……はぁ。
「さ、みなさん。行きましょう」
「ディルムットくん」
「はい……はっ」
エ、エーリヒ様の顔が……怖い!
笑っているのに怖い!
……ああぁぁぁ!
エヴァンゼリン嬢の兄君! 兄君だよ!
エ、エヴァンゼリン嬢とは、形式上とはいえ婚約者候補になっているんだ。
そんな俺が、意味深なことを口走ってる二人の女の子と一緒にいたら、そりゃ勘違いされるのも仕方ない。
「あ、あの二人は……」
「おや、まだここにいなはったんですか」
「フィッチャー。あ、ごめん遅くなって。あ、こちら」
「ディルムット様、エーリヒ様とエ……えっと」
「エリンだ。忘れたのかい、フィッチャー。わたしとエヴァの従妹、エリンだ」
「そ、そうそう。自分は父の仕事の手伝いで、ハルテリウス公爵家にも何度か出入りしてますさかい。お顔もお名前も、よう知ってます」
そうだったのか。まぁ王室御用達の商人の家の者だし、公爵家は王族の親戚だもんな。
「それにしても、まぁたどっちがディルムット様とより仲が良いかで喧嘩ですか? 飽きませんなぁ」
「フィ、フィッチャーッ」
今は余計なことを言わないでくれ!
「まぁディルムット様は村でもみんなから慕われとりますもんなぁ」
「み、みなさん、からですか?」
「へぇ、そうですよ、エリン様。確かにあのお二人は、少し特別な感情があるかもしれまへん」
「と、特別!? そそ、そ、それは、その」
フィッチャアァァァァ。それ以上は、それ以上は俺のHPがマイナスになってオーバーキルになるから!!
「男が複数の異性から好意を寄せられるいうんは、それだけ良い男やいう証拠です」
「ここ、ここ、こ、こ、こう、好意!?」
お、幼いエリン嬢の前で、何を言っているんだお前は!
エリン嬢が顔を真っ赤にして困っているだろう!
「せやけど。ディルムット様は軽薄な男やありまへん。未だ一度しかお会いしたことがない言う令嬢のことだけを想い、お二人にはちゃんとごめんなさいしとる男ですから。ね?」
「ふえ!? あ、え……えぇ、まぁ、以前に。その……公爵様からの手紙で、エヴァンゼリン嬢の、その……こ、こん……こ……」
な、なんだ。エリン嬢が真っ赤な顔してるから、お、俺までなんか……恥ずかしくなってきた!
しかもあの子、俺と目が合うと慌てて逸らすのに、気づいたらまた見てるし。
な、なんだ。なんでドキドキしてる!?
もしかして……。
今日は朝から馬を飛ばしていたし、今も階段を上り下りしたして息切れ!?




