76:公爵家のメイド。
「おじぃ……様……今、何と仰いましたか?」
ハルテリウス公爵様は孫娘のエヴァンゼリンお嬢様を前にして、引き攣った笑みを浮かべておられました。
突然のことに戸惑うお嬢様。
無理もないわ。
公爵様が突然「お前とディルムットとの婚約を、周知させたぞ」などと仰るんですもの。
「成り行きとはいえ、これには事情があるのじゃよ。お前とディルムットの婚約を口にせなんだら、ローズメインめが娘の婚約者にディルムットを据え置くつもりであったからの」
「ディ、ディルムット様が!? ローズメイン侯爵様のご息女といえば……」
「お嬢様、あのクリスティーナ嬢でございますよっ」
私がその名を口にすると、お嬢様は青ざめた表情を浮かべた。
一部では、うちの天使のようなお嬢様のことを、赤い悪魔と呼ぶ令息令嬢がいる。
使用人に暴行し、犬猫を笑いながら殺すという恐ろしい赤い悪魔の令嬢。
その令嬢は赤い瞳をしているという。
確かにうちのお嬢様は赤い瞳だけど、あのクリスティーナ嬢も赤い瞳の持ち主。
実際、あの家門は使用人の出入りが激しく、クリスティーナ嬢がメイドをぶつ現場もよく目撃されているわ。
でも、見目が麗しいという理由で、そんな酷いことをする令嬢ではないという輩も多いわ。
だからうちのお嬢様が、赤い悪魔だって。
太っているから、心も醜いのだと決めつけられる。
うちの……うちのお嬢様は天使のようなお心だというのに!!!!!!
「メ、メリンダ、どうしたのじゃ?」
「は!? いえ、なんでもございません、公爵様。それで公爵様は、ローズメイン家がディルムット様を鳥かごに入れられる前に、お救いしたのですね?」
「む? そ、そうなるの。クリスティーナ嬢は今回の昼食会にも乗り込んできたようじゃ」
「えぇ!? でもおじい様、昼食会は十歳以上でないと参加できないのでは?」
その通りです。そしてクリスティーナ嬢はうちのお嬢様と同じ、七歳になったばかり。
王家と血縁関係にある公爵家の令嬢ですら参加を我慢したのに、一介の侯爵令嬢風情が!!
「ク、クリスティーナ嬢はディルムット様のことを……」
「どこでどう知り合うて気に入ったのかはしらぬが、相当な入れ込みようのようじゃ。それに、この二年の実績のおかげか、ディルムットの評判は貴族の中でも高い。故に、娘の夫にと考える者もおるようじゃ」
「はぅ」
お嬢様の顔がますます青くなってしまった。
こ、ここまでディルムット様が人気者になってしまわれるとは……。
いいえ!
お嬢様の乙女心を射止めた方なのですから、これぐらいであってもらわねば困ります!
「ディルムット様……。私なんか、こんなだし……不釣り合いですよ、ね」
「な、何を言っておるのじゃエヴァンゼリン!」
「そうです、お嬢様! この二年間でお嬢様の体重は確実に落ちています!」
「うむうむ。そうじゃぞ、エヴァ」
「それに、体重が落ちていながら身長は伸びているのです! 二年前に比べたら、見た目も随分とほっそりしてきましたよ!」
「そうじゃぞ!」
まぁ、それでも同年代の令嬢たちよりぽっちゃりとはしていますが。
それでも、以前より細くなったのは本当のことです!
以前は他の令嬢の二倍ぐらいあるかなって体重でしたが、今は1.5倍ぐらい。
あと二、三年もすれば、同年代の令嬢と見劣りしない体形になるとカルダン先生も仰っていたし!
「おぉ、そうじゃエヴァンゼリンよ。ディルムットからお前宛の贈り物を預かっておるぞ」
「わ、私? あ、竹の櫛ですね」
「……なんじゃ、知っておったのか。では手紙のことはどうじゃ?」
「手紙!? ディルムット様が手紙をくださったのですか!?」
ふふ。櫛のことはご本人から聞いていらっしゃったものね。でもお手紙は聞いていなかったし、お嬢様、嬉しそうだわ。
まぁ律儀な方ですし、きっと手紙を添えてくださってると私は思っていましたけどね。
お手紙はどんな内容かしら?
もしかして愛の告白!
いえ、ないわね。あの方はそんなキャラではないし。
「お嬢様、何て書かれているのですか?」
と尋ねても、お嬢様は一心不乱で手紙を見つめている。
本当に……たった一度お会いしただけの方を、ここまでお好きになられるなんて。
純粋なお嬢様だわ。
……私、ちょっと心配になってまいりました。
もしディルムット様は、本当はそんなにいい人ではなかったらどうしよう!
先日、ハンカチを拾ってくださったけれど……いえ、あのハンカチは実際にはディルムット様のものなのだけれど。
その時の様子では、人のよさそうな感じではあったけれど。
近いうちに一度、こっそり偵察をするべきかしら?
「三年後!?」
「ん? お嬢様、どうなされましたか?」
「三年後のお披露目会前日の昼食会に、ディルムット様が参加されるんですって!」
「えぇ!? そ、それってエヴァンゼリンお嬢様が」
「ディルムット様には双子の弟君と妹君がいらっしゃって、そのお二人が私と同じ年齢なんだそうよ」
あ、そういうことでしたか。
てっきりエヴァンゼリンお嬢様にお会いするためにいらっしゃるのかと思っていたわ。
でも、お嬢様凄く嬉しそう。
「お会いになるお約束でもされましたか?」
そう尋ねると、お嬢様の顔は真っ赤になった。
ほぉほぉ。ディルムット様、やりおるではありませんか。
うちのお嬢様をどうエスコートしてくださるのか、楽しみですねぇ。
「ど、どうしましょう。あと三年しかないわ。こんなぽちゃぽちゃボディで、ディルムット様に会えない」
「エヴァンゼリン。心配いらぬ。お前は十分かわいいではないか」
「いいえ公爵様。そうやって甘えさせてはなりません。ダイエットすると決めて二年。ここまで頑張ったのです。あと三年で仕上げていきますよ!!」
「メ、メリンダ?」
「えぇ、そうねメリンダ。この二年、頑張ったのだもの。それを無駄にしないためにも、私、やるわ!」
「エ、エヴァンゼリン?」
ふふ。それでこそお嬢様です。
「じゃあ私、騎士団の訓練場へ行ってくるわ!」
「いってらっしゃいませ、お嬢様! 運動の後の栄養補給に、軽いスィーツをご用意しておきますね」
「じゃあしっかり運動しなきゃね」
そう言ってお嬢様はお出になられた。
最近は騎士団長様に剣術を学んでいるとお聞きしたけど、きっと剣術は辺境で役立つはずです。
頑張って、お嬢様!
「メリンダや。最近わしのエヴァが逞しくなっておる気がするのだが」
「ふふ。恋は乙女を強くするのですよ、公爵様」




