212:ごめん、エヴァ。
「砂漠の特等席ですね」
「源泉はこの下にあるんだよ。湧き出すお湯の成分を調べるのも兼ねて、いったんここに浴槽を置いたんだ。しばらくはここまで通って風呂に入ってたんだよ」
「まぁ!? お風呂のためにここまで歩いて、また汗をかかれていたんじゃ」
「はは。まさにその通りでね。ま、ここへは汗を流すためというよりも、疲れをとるためって割り切ってたからさ」
温泉第一号でもある砂漠の風呂場はまだ残してある。
周りには源泉を溜めて成分を沈殿させるための貯水槽が並び、ゆっくり上澄みだけが町の方へ流れていく、そんな仕組みだ。
「そうだ。せっかく来たんだし、沈殿しているものを抽出して帰ろう」
「何が沈んでいるのですか?」
「鉄と塩。他にも土とかもね。どうしても一緒に噴き出てくるんだよ」
「鉄が入っているのですか!?」
貯水槽のひとつの蓋を錬金で分解して魔法陣の中へ一時保存する。中にたまっているお湯は茶色く濁り、まるでサビているようにも見えた。
「凄いお色ですわ。これが鉄?」
「この水槽は源泉から直で出たお湯だから、一番鉄分が多いんだ。そこの方に溜まって見えるのが鉄粉の元だよ。沈んでいる部分を取り出してから乾燥すると、鉄の粉が採れるんだ」
今回は錬金するけどね。
魔法陣を展開し、成分抽出する。一ヵ月近く溜めていたから、結構取れたな。といっても、鉄鉱石を採掘した方が早いレベルの微々たる量だ。
ま、鉄の鍋数個分にはなるかな。
「ちょっぴりなんですね」
「まぁね。大量のインゴットが作れるほどお湯に鉄分混ざってたら、それはそれで嫌だろ?」
「ふふ、確かにそうですね」
残りの水槽も全部、成分抽出しておく。鉄と塩はそのまま一時保存で持ち帰って、鉄の方はあとで親方に渡す。塩はフィッチャーだ。
フィッチャーが「温泉塩」なんて名付けて売りに出すらしい。さすが商人だな。
「不思議ですねぇ」
「ん? 不思議って、何が?」
エヴァは砂漠を見つめ、ほぉっと溜息を吐く。
新しい水着は白だ。フリフリしたのがいっぱいついている。
前世で聞いたことがあるんだけど、白い水着は透けやすいって。
誰が言ったんだ、そんなこと。
透けてないじゃないか!
いや、透けてなくていいんだよ! 透けてたらダメだろ! いいんだよこれで。いいんだ!
そんなエヴァの横顔を見つめた後、俺も砂漠へと視線を移した。
「このずっと先に、恐ろしい蛮族が暮らす大地があると思うと。ゼナスでのんびりお風呂に入っているのが、不思議でなりません」
「……エヴァ。怖い?」
そう尋ねると、エヴァは「いいえ」と首を振る。
「ディル様がいますから」
そう答えるエヴァが、どうしようもなく愛おしいと思ってしまう。
俺は今年で十五になる。この世界ではひとまず書類上は成人って奴だ。ま書類上はね。
成人だと言っても、見た目はまだ子供だし成長途中でもある。都合のいい時だけ「成人」扱いして、普段は子供扱いのままなんだよ。
エヴァは今年で十二歳だ。前世だとようやく小学六年生。
中三と小六……ロ、ロリコンじゃないよな!?
「どうなさいましたか? ディル様」
「え? あ、いやぁ……ははは」
俺はロリコンですか?
なんて聞いて、答えてくれるわけがない。そもそもこの世界に、ロリコンなんて言葉はないからね。
でも、成人かぁ。
成人したら俺、父上殿から独立するんだろうか。
まだ早いよな。まだまだずっと先でいいよ。
まだ……家族でいたい。
「ディル様?」
「あ、いや……。今年さ、俺、成人だろ? 父上殿は侯爵になって、俺は独立して辺境伯にって……。でも、まだ?その、早いと思うんだ! 十五だって言っても、俺、まだまだ子供だし!」
あ……婚約者の前で、自分はまだ子供だとか何言ってんだ。不安にさせるだろ。
頼りない男だって、思うよね。エヴァ。
少し不安な気持ちになって彼女をチラっと見ると、ほっこりした笑みを浮かべていた。
「ディル様は、ご家族が大好きですものね」
「い、いや、あの」
「私もです。私も……ディル様と早く、その……け、けっこ……したい、と思っていますが、同時に、家族と離れて暮らすには、私はまだまだ子供で……」
「エヴァ……」
そうだ。家族と離れるのは、何も俺だけじゃない。エヴァだって同じなんだ。
「お兄様やお母様、おじい様……それに、お父様とも離れ離れになるのは、寂しい、ですから」
「ヴァルドヒリ様とも? いつもはそっけない態度なのに」
「べ、別にお父様のことを嫌っているわけじゃないんです。むしろ……大好きです」
だ、大好き!?
ヴァルドリヒ様……よかったですねぇ。
「三歳の時にお父様は北部に行かれましたし、物心つく頃でしたから。普段はいない、年に一、二度帰って来ても、十日もしないうちにまた出て行かれていたので。お父様の記憶が、ほとんどないのです。お兄様やお母様の態度で、この方が父なんだってわかる程度で」
「滅多に会えないと、そうなっちゃうよね。仕方ないよ」
「でも、七つを過ぎたあたりから、お父様がお父様だって理解できるようになったのですが……そうすると今度は、いつもそばにいてくださらないことが寂しくなって……。やっと、やっとお父様が家にいてくださるようになったんです。私、嬉しくて。それなのに、どう接すればいいのかわからなくって」
わからないから、どこか冷たくしてしまう。
乙女心というより、子供心だな。
「このままでいいと思うよ。外から見ていたら、仲の良い親子に見えるしさ」
「そ、そうでしょうか? お父様が悲しまれていないか、心配で」
「いやぁ、ないない。それはないよ。心配なら本人に伝えたら? 口で言うのが恥ずかしいなら、手紙で伝えるとかさ」
「そ、それも恥ずかしいです! ディル様。今の話は絶対、お父様には内緒にしてくださいね!」
「ははは。わかったよ。じゃ、お互い本当の意味で大人になるまでは待とう。あんまり待たせられると、俺が寂しくなるけどね」
できれば俺が二十歳、いや二十一ぐらいには結婚したいなぁ。そうすればエヴァは十八歳だ。
貴族の令嬢の結婚適齢期が十八から二十歳っていう、随分若い年齢だけど、その範囲には入るしね。
「も、もちろん、です。ディル様」
「うん。それまで待ってるよ」
そう伝えてから、エヴァのおデコに口づけをした。
「ひゃう!?」
真っ赤になったエヴァがおデコを抑える。
「おっと。茹で上がると大変だ。そろそろ上がろうか」
「ひゃ、ひゃい……ディル様。さ、さっきのお父様のお話、絶対内緒ですからね」
「うん。もちろんだよ」
ごめん、エヴァ。
その話はもしもの時の【切り札】として使わせてもらうかも。




