208:その頃、南の蛮族は
「とうなっている……い、いつからだ!?」
身長三メートルにもなる体躯の男が、目の前の光景に声を荒げる。
彼——いや彼らの前には、ワームですら越えられない壁がそそり立っていた。
よく見るとそれは砂でできたブロックで、故に遠目からは砂漠の一部としてしか見えなかったのだ。
孵化して間もない幼体のワームに与える餌を狩るため砂漠へ出ようとしたら、その行く手を塞がれていたのが今の状況。
彼ら蛮族は呆然の壁を見上げる。
垂直の壁。凹凸もなければ、足をかけられそうなものもない。
「槍とロープを持ってこい!」
先頭に立つ男が、砂トカゲに騎乗した部下に指示を出す。ロープを槍にくくりつけ、それを力任せに投げた!
が、カツーンッと甲高い音を立てて、砂の壁にはじかれるだけか。
何度も何度も繰り返したが、結果は同じ。火球の魔法を唱えぶつけてもビクともしない。
砂ならばと水の魔法はどうかというと、やはり効果なし。
「魔力でコーティングされた砂だと? たかが砂だというのに……クソッ!」
「だったら、物理系の魔法はどうです? ——大地よ、礫となれ……ストーン・バレット!」
別の蛮族が呪文を唱えるが、それは不発に終わる。
「バカめ。ここは砂漠だぞ。砂ばかりの土地で岩を召喚できるわけがなかろう」
「ぐっ……」
なんとかしてこの壁を越えられないものか。
男は思案したあと、自らが騎乗する砂トカゲを見た。
岩にも張り付くことができる砂トカゲなら、この壁を越えられる。
しかし全くと言っていい程凹凸のない壁だ。蛮族を乗せて壁に張り付くのは無理だろう。蛮族は巨体ゆえに体重もかなりある。
「デラーゼ。砂トカゲと視覚共有しろ。上の様子をみてこい」
「おう」
魔獣使い——テイマーが、使役するモンスターと視覚を共有して、砂トカゲに上がどうなっているのか見てこさせるようだ。
砂トカゲはペタペタと壁を登っていくが、凹凸のない壁は登りにくそうだ。なんども滑っては落下してくる。これでは砂トカゲが死んでしまう——デラーゼはそう進言しようとしたが、視界が突然真っ白になった。
「なっ!?」
カキンッと、何かが凍る音がした。
見上げるよりも前に、凍りついた砂トカゲが落下して砕け散る。
「キャサリィィン!?」
砂トカゲの名を叫び、砕け散った氷の元へ駆け寄る。
地面は砂とはいえ、高所から氷の塊が落下すれば割れもする。
砂の熱で溶け始めたソレを見て、蛮族たちはざわついた。
「どうなっている……まさかこの魔力は……壁の上部に凍結魔法が付与されているのか!?」
声を荒げる狩り部隊の隊長。
しかしこれは、彼らの完全な誤解である。
ディルムットが砂をブロック化するために込めた魔力であり、凍結はヴァルドリヒから貰った凍結が付与された魔石の効果で、範囲はそう広くない。たまたま砂トカゲが触れた場所にそれがあっただけ。
だが彼らは、壁一面にそれがあると思い込んでしまった。
こうなると……
「壁は越えられないのか……クソッ! こんな巨大な壁が、ずっと続いているわけがない! 探せ! 壁が途切れる場所を探すのだ!!」
砂トカゲに乗り込んだ彼らは、壁沿いに東へと進んだ。
壁の一番端は切り立った断崖絶壁。
それなら砂トカゲで越えられる。だが……
「た、隊長。まさかこの山肌も……」
「ま、魔力は感じないのだ。そんなはずは……」
と言ったものの、自らの言葉を信じることができない。
たとえ無事に越えられたとして、そのあとはどうする?
砂トカゲは中型モンスターで、蛮族ならひとりふたり乗せれば限界だ。獲物を担いだまま壁を這って登ることはできない。
砂漠であればソリを引かせ、運ぶことができたのに。
それにだ。
壁がある限り、ワームを繁殖させても北を目指すことはできない。
上にどう報告したものかと、頭を抱えるしかなかった。




