206:その応接室にいたのは――。
エヴァは一泊二日のお泊りの間に三回も温泉に入った。気に入ってくれたようだ。
なんだったらその後も温泉に入るため、転送の魔導具を使って遊びに来ていたし。
一週間後には公爵夫人、つまりエヴァのお母様までいらして……。
「お肌が綺麗になると聞いてね」
にこにこ顔でそう言って、温泉へとやってきた。
これは……エヴァの宣伝効果抜群だぞ!
夫人が気に入ってくれれば、さらに宣伝大使になってくれること間違いなし!
貴族用スパで用意する飲み物や、マッサージも体験してもらおう。
「ディルムットさん。マッサージに使うオイルばどんなものをご用意したの?」
「オ、オイルですか? 実はその辺りのことは、うちの商人に任せていまして」
「そうなのね。王都で流行っているオイルは一通り用意しておくといいわよ。それから、ここは暑いからさ爽やかな香りのものとかいいのではないかしら」
なるほど。清涼感か。
清涼感って、どんなの?
「他の夫人方と入浴というのも、そうあるものではないし。きっと面白い試みになると思うわ」
「ありがとうございます、公爵夫人」
「あら、お義母様と呼んでくれないの?」
「え……」
「お、お母様! にゃ、にゃにをおっひゃるの!」
おおお、お、お義母様!?
「ふふ。エヴァったら、恥ずかしがっちゃって。呂律が回っていませんよ」
「お母様!」
感情が高ぶると、ふにゃふにゃになるのは相変わらずなんだよな。
「んんっ。えぇ……お義母様。他に何か気付かれたことはありますか?」
「あら。うふふ、そうねぇ」
こうしてお義母様という強い味方を得て、オープン前に再調整を行った。
その過程で。
「あれ? 泥だ」
源泉の地下をもう少し深く掘ってみようと魔法陣で地下の様子を鑑定してみると、数メートル下の層に泥があることが判明した。
ただ直下ではない。もう少し南に掘り進めた場所だ。
ちなみにドワーフ族の採掘は、南には掘らず東へ進むことにしたようだ。
驚いたことに、ドワーフはガスに対する抵抗力があって、硫黄のニオイも「臭い」とは感じるけど、それまでらしい。まぁこの前の坑道のアレはかなり濃度の低いもので、俺もすぐにどうこうはなかったけど。
一応硫化水素だからな。濃度が濃かったら死んでたぞ。
まぁ薄いのがわかってたから、親方も俺を呼びにきたんだけどね。
さて、この泥だが……。
「美肌効果と、治癒!? 泥にも効能があるのかよ。え、しみ消し? ソースとか油の染み?」
そういや、前世でも泥パックなんてものがあったな。もちろん、やったことないけど。
有毒ガス対策で水を流し込みながら、泥の層まで掘っていく。泥が出てきたらブロックにし、代わりに石を錬金して敷いていった。
水は汲み上げて、砂漠にぽい捨て。水に溶けた硫化水素は、気化して空気中に拡散されて消えるだろう。
さぁ。この泥の効果はいかに!?
「素晴らしいわ、ディルムットさん。お肌のはり艶が、二十歳の頃のようだわ」
「おぉ! そんなに違いますか?」
今回もエヴァママにお願いして、泥パックを試してもらった。
この世界にもパックはある。俺は知らなかったけど、パックは白い布みたなものではなくどろっとした液体のものばかり。だから泥パックにも抵抗がなかった。
「あなたは若いからわからないでしょうけどね、このパックは本当に素晴らしいわ。ね、あなたにもわかるわよね?」
「えぇ、どの通りです公爵夫人。仕事をしながら肌のお手入れもできるんですもの、この仕事をやらせてもらって感謝しかありません!」
夫人に泥パックを塗っていたマッサージ師のお姉さんまで、うっとりした瞳で泥を見つめている。
温泉、マッサージ、泥パック。
貴族夫人たちの新しい憩いの場になること間違いなし!!
フィッチャーの笑いが止まらないだろうなぁ。
そしてゼナス温泉高級リゾートスパのオープン前日。
「宿ヨシ! 従業員ヨシ! 温泉ヨシ!」
一般のスパは管理用の従業員がいるだけ。マッサージ師もいるけど、有料だ。
逆に高級スパは「基本マッサージ」は無料。ただし入館料がバカ高い。泥パックも別途、追加料金が発生する。
一流の料理人だって何人も雇った。新鮮な砂漠モンスターの肉もある。俺は食べ飽きたけど、蟹味のサソリとかね!
「さぁ、みなさん。ついに明日、オープンです!」
「「はい!」」
「大変だ、ディルムット!」
従業員の皆さんと気合を入れようとしたら、父上殿が血相を変えて部屋へと飛び込んできた。
「父上、どうなさったのですか?」
「とにかく、今すぐ応接室へ来なさい」
「応接室? お客様ですか?」
頷いた父上殿は直ぐに俺専用の執務室から出て、応接室の方へ向かおうとした。
随分と慌てているな。
後のことはフィッチャーに任せ、父上殿の後を追って俺も出て行く。
その応接室にいたのは――。
「ア、アルテシア王妃様!?」
「ふふ。ごきげんよう、ディルムット。エリザベートから聞いたわ。大浴場、温泉といったかしら? とっても素敵だそうね」
オルフォンス王国の王妃様が満面の笑みを浮かべてソファーに腰を下ろしていた。




