198:これダメージなのか?
「本当によかったのかい、エヴァ?」
「はい。高速船があるとはいえ、また一カ月近くお戻りにならないのでしょう? 王都でディル様を待っているだけなんて、嫌……です」
嫌ですなんて真っ赤な顔で言われたら、そりゃ一緒にいるしかないでしょ!
そして今はまさに正月!
ゼナスでも正月の三が日を「絶対働いてはいけません日」にした。これは父上殿にお願いしてのことだ。
ただし、屋台なんかは別。楽しみたいしね。
屋台を開いている人たちも、ちゃんと交代で楽しんでもらう様にして【午前】【午後】で交代するよう義務付けてある。
そんな日に俺たちはどこへ行くかって言うと……。
「砂船に乗ってしまえば、本当に一カ月戻ってこれないからね?」
「はい。お父様のお許しはちゃんといただいていますからご安心ください」
よくヴァルドリヒ様が許してくれたよなって思わなくもない。
これから砂漠にいって、砂を錬金してブロックで南方を囲む計画を始める。
高速船に乗り込んでしばらくして、エヴァが南を見つめてぽつりと漏らす。
「蛮族の支配する国……どんな国なのでしょう」
「さぁ、どんな国だろうね。これまでかの地に足を踏み入れた人間はいないと聞くし」
「国を築くほどの知性があるのに、どうして話し合いで解決できないのでしょうか」
「モンスターとしての本能と、無駄に高い知性。もうそれだけで人間との平和的共存が望めないのは目に見えてるよ」
弱いモンスターにとって人間は、恐怖の対象であり、同時に餌でもある。
強いモンスターにとって人間は弱者である、同時に餌だ。
どちらにしろ、モンスターにとって人間、というより同じモンスターを含め他の生き物は餌なんだ。
餌に「平和に暮らしましょう」と言われれば、家畜になってくれるのかって思うだろうね。
この関係は覆らないよ。
「ところでディル様。蛮族は何故、この砂船を利用しないのでしょうか?」
「そう、そこだよ! 俺も気になっていたんだ。砂船があればワームを使わずに砂漠を渡れるのにさ。で、砂漠の民に聞いてみたんだ。そしたら意外と簡単な答えでね」
砂船を操舵するオルマンさんに視線を向ける。
族長は体重が結構あるので、少しでも軽くするためにオルマンさんが操舵を務めてくれている。
船員は彼を入れても五人。他の乗船者は俺とエヴァ、それからロバート卿だ。
船員にはフォックス・リー族とキャット・ルー族の女性がひとりずついるので、エヴァがむさ苦しい男に囲まれることもない。
「蛮族どもが砂船を知らないのです。そもそも、砂船の利用自体が五十年ほど前からでして」
「まぁ! 意外と最近なのですね」
「俺も驚いたよ。もっと昔からあると思っていたからさ」
砂船を知らない蛮族が徒歩で砂漠を横断することはまずない。移動手段はもっぱらワームに頼っているらしい。
「ワームを従順に従わせるには時間がかかります。しかし魔法で一時的に強制従属することはできるんです。まぁ魔法をずっと使い続けるため、術者が砂漠を横断するまで魔力が持たないのでしょう」
「だから複数人の魔物使いの蛮族で交代して一体を従属するらしい」
魔法がプツンと切れた瞬間、背中に乗っていた蛮族がワームの餌になる。
これがあるから複数人のテイマーが一体のワームに交代で従属魔法をかけ続けないといけないらしい。人間の国を攻めようって時には、テイマー以外の戦士も運ぶ必要がある。そのうえ、何十体というワームを強制的に従えさせるには、テイマーの数が足りない。
だから生まれた時から従属させ続け、強制魔法も必要ないほど身に沁み込ませた個体が必要なんだ――と。あとはまぁ、従属した雌のワームがいれば、野生ワームの雄を従えることもできるってさ。
生まれた時から従属と、強制従属の中間ぐらい……の従属率らしいけど。
北上するのも命がけなら、大人しく南に引き籠ってればいいのに。
「だから砂漠で奴らを見かけた場合、術者だけを倒すんです。そのために火矢でワームを攻撃します。砂漠は暑くても、火はありません。野生のワームは火を見たことがないから、火矢程度でも怯えるんですよ」
そうして暴れたワームから蛮族が振り落とされれば、その瞬間に魔法が解ける。
解ければ蛮族もワームの餌に早変わりだ。
もし奴らがワームを再び従属したとしても、同じことの繰り返し。
もしワームを倒せたとしたら、南へ引き返すかどこかの里へ向かうか、それとも北上するか。
どれを選ぶにしろ、徒歩で砂漠を渡ることになる。
まぁ死ぬわな。
「もしその時に砂船を見られていれば、追尾して疲れたところで奴らをやります」
「だから本国の蛮族は、砂船の存在を知らないのですね」
見たことがなければ知りようがない。
蛮族の支配する大地は、外界から隔離されたように高い山々で囲まれていると聞く。そうなると海も見たことないだろうし、水に浮く船の存在もしらないだろう。
砂船だって五十年以上前にはなかったから、当時はラクダでの移動が主だったって。
今でも砂漠の民はラクダを使っている。
前回、雌のワームに乗った蛮族を取り逃がしたけど、そいつは死体で見つけている。
今度また砂船を見られた時には、確実に仕留めないとな。
見つからないことが一番だけど。
「さぁ、目的地までだいたい一週間だ。張り切って行こう!」
「はい!」
一ヵ月分の水と食料の他に、一ヵ月分の風呂も一時保存で持ってきてある。
大きめの浴槽の形に錬金した石に、直接水を入れ、零れないよう石で蓋をし溶接錬金もした。
火の魔石を投げ込めば、ぬるま湯ぐらいにはなる。
もちろん、船の上でこんなこの出したら船底に穴が開いてしまうし、そんなスペースもない。
砂の上に出し、周りはその砂でブロックを作り囲ってしまう。砂漠の露天風呂だ。
いやぁ、俺って天才!
「まるで新婚りょ……いえ、なんでもありません」
「ロバート卿!?」
「しし、し、新婚!? はぅん」
「エヴァ! エヴァアァァァァァ」
ロバート卿の一言が、エヴァに大ダメージを与えてしまった。
いや、これダメージなのか?




