186:断じて俺はヒロインじゃないんだ!!
「実はその……ちょっと考えていることがあって」
「考えていること、ですか?」
エヴァの誕生日祝いのパーティーが始まってしばらく経った頃。
彼女もあらかた挨拶回りを終え、会場はもう誰の祝いで開かれたパーティーなのかもわからない程賑やかになってきた頃合いを見て、エヴァを庭園へと誘った。
まぁ誘ったと言っても彼女の家の庭園なんだけどさ。
「へ、変な話なんだけどさ……ティファニーはフィリクス様を慕っていて、まぁ恋が実って結婚するとしよう」
「ふふ。叶うといいですね」
「うん。フィリクス様は良い人だしね。兄としてもあの方に嫁げるのなら、凄く安心するよ。で、フィリクス様はホーヘンベルク家の嫡男だから、ティファニーは侯爵夫人になるよね」
「はい、そうなりますね」
で、シュパンベルク家の嫡男は俺だから、爵位を継ぐのは俺になる。
「ん、んっ。そ、それで、君がその……」
「ひゃ、ひゃい」
「き、君が俺に嫁いできて、夫人になって」
「はわわぁ」
あ、暑いな。王都付近で九月だってのに、ゼナスより暑いじゃないか!
ふー、ふー、ふー。
「そ、そうなるとジークはどうなるのかなって」
「ジークくん……そ、そうですね」
「ルシェット嬢はフィリクス様の妹だから、ホーヘンベルク家は継げないし、ジークも次男坊だからシュパンベルク家を継がないし……」
兄である俺の補佐役として領地経営をするって道はある。
ゼナスは南北に長い領地だから、宿場町あたりをジークに任せてもいい。
でも。
「覚えているだろうか? シュパンベルク家がゼナスに来ることになった理由を」
「理由……あ、侯爵家夫人のネックレス、ですよね。陛下からゼナスで功績を得て、他の貴族からの信頼を勝ち取れば男爵領に戻れると……でもその男爵領は」
「うん。今はグランシュ子爵が領主だ。それはもういいと思っている。父上もそう考えているみたいだしね。それよりも、旧シュパンベルク伯爵領だよ」
今は前ハルテリウス公爵様のご親戚である侯爵家が統治してくださっている。その方は男がひとり、女がひとりの、合わせて子供はふたり。侯爵家がもつ領地は既にご長男が領主だし、娘さんも他所の家門に嫁いでしまっているそうだ。
「あの領地はサウル様へお返しするために、今は大叔父様が代わりにいてくださるだけだし……」
「陛下からもそう聞いてる。だとすると、俺も旧伯爵家を継ぐことになるよね」
「そう、ですね……でもゼナスはどうなるのでしょう? ディル様が頑張ってこれから新しく作る町を、他の方が治めることになるのでしょうか」
「そこなんだよね。俺のこの魔法は、辺境開拓にこそ必要だと思うんだ。旧伯爵領では必要ないと思うし、開拓するのは俺にとっても楽しいから」
できればずっとゼナスにいたい。
だから考えてみたんだ。
「シュパンベルク家はジークに任せて、俺はゼナス伯になろうかなって。ゼナス開拓の功績を認めてもらって、独立した辺境伯という爵位をいただけないかなってさ」
「きっと、きっと陛下はディル様の希望を叶えてくださいます! サウルおじ様も男爵ではなく、侯爵になられるんじゃないですかね」
辺境伯から侯爵に……。爵位としてはほぼ同等だけど、思えば最初は男爵だったんだ。大出世だよな。
それが叶えば、ジークも貴族として残れるし、領地も持てる。ルシェット嬢に苦労を掛ける心配もなくなるな。
「だけど、そうなるとエヴァには……その……ゼナスでの、ちょっと不便な暮らしを……」
「ディル様……」
「ゼナスは暑いし、緑は少ないし、いや最近増えてきたけど。そ、それに蛮族だって」
蛮族だっている。
そう話し終える前に、エヴァが俺の手を取った。
「ディル様がいらっしゃる所なら、どこへだって一緒に行きます」
「エ、エヴァ……」
ドラマや漫画の世界で聞くようなセリフを、彼女はサラっと口にする。
俺……こんなに幸せでいいんだろうか。
「それに、ディル様ならきっと、ゼナスへ残ると思っていました。そのために私、蛮族に負けないぐらい強くなろうって決めたんです!」
「……う、うん。エヴァなら強くなれるよ。うん」
単身で蛮族を倒すヴァルドリヒ様の子供だしね。
「ディル様のことも、お守りしてみせます!」
「お、俺にも守らせて欲しいなぁ……なんちゃって」
待って。もしかしてこれ、俺がヒロインポジなの!?
くっ。こうしてはいられない。帰ったら町錬金の合間に、ロバート卿から稽古をつけてもらわないと!
断じて俺はヒロインじゃないんだ!!




