177:ハーレム計画……。
「煙が見える! 船長、急いでください!!」
蛮族が率いるワームを撃退し、それでもしばらく柱に振動を送ったりして様子をみた。もうワームはいないと確信して船を走らせたのは三十分後。そこから全速力でキャット・ルー族の里へと向かった。
胸騒ぎがしたんだ。奴ら、南から来たわけだし、道中には里があったんだからな。
煙が見える。釜戸や焚火の煙じゃない!
里に到着して、胸騒ぎが的中してしまったと実感する。
「お前ぇら、怪我人の手当てをしてやれ!」
「「おう!」」
族長……族長は無事なのか!?
あぁ、クソ。母上がいてくれたら……。
「ディルムット殿! 何故ここへ」
「その声は――族長! よかった、無事だったんですね」
「あぁ、見ての通り、ちぃっとばかし怪我はしたが無事だ。娘は?」
「ゼナスにいます。いったい何があったんですか?」
まさかワームに襲われた?
「モンスターの群れがやって来たんだ。ありゃあ普通じゃねえ。サンド・スコーピオン、デザート・リザードマン、バジリスク……種族の違うモンスターが集まった群れなんて、聞いたことがねぇ」
「ワームは?」
「いや。里は地面が土でできた場所にあるんだ。ワームは入って来れねぇ。だが」
だが、遠くでワームを見たらしい。
「そのワームに蛮族が乗っていませんでしたか?」
「何!? 蛮族の仕業だってのか? いや、遠くだったからな、さすがに誰か乗ってたかどうかまでは見えなかった。おい、誰かワームの背中に何か乗ってるのを見た奴はいるか?」
族長が大きな声を張り上げるが、応える人はいなかった。
だけど可能性としては、蛮族だよな。
「族長、何か手伝えることはありますか?」
「まぁこんな状態だ。できれば女子供、怪我人が安心して休める場所が欲しいところだが」
辺りを見渡せばいくつもの家屋が燃え落ちているのが見える。
木材のストックはそれほど多くない。二、三軒は錬金できるけど……足りないな。
それに、ここにいればまたいつ襲われるか。
クソ。予定より蛮族の動きが早い。
あいつら、何年も前からオルフォンス王国襲撃を企てていたんだろう。
真正面から攻撃をしてこず、王弟を使って内部分裂させ、疲弊したところで攻勢に出る。そんな計画だったんだろうな。
でもそうなると、失敗したのに南の蛮族が北上してきているのはなんでだ?
南北に分かれた蛮族……案外、ほうれんそうができていないとか?
「おぅ、坊ちゃん。難しい顔をしてどうしたんでぇ」
「船長。いえ、ここ最近、蛮族をよく見るようになったもので……。ワームを飼育し始めたって話は聞きましたが、それが終わるのは数年先だろうって聞いたものですから」
「あぁ、この前船を襲ったあいつらか。いや、そこまで心配はいらねぇと思いますぜ」
心配しなくていい? いったい、何で。
「人型の何かが乗っていたあのワームな、他より小さかったんだがよ。あれじゃいいとこ、二、三人しか乗れねぇ。それに、見張りの奴が注視していたが、あんま言うこともきいちゃいなかったようだぜ」
「まだ完全には使役しきれていない?」
「あぁ。その証拠に、そのワームには浮きがついてたそうだ」
浮き?
「砂に潜らせねぇためのだ」
「あぁ……潜られると背中に乗ってる蛮族が、砂で窒息するからですか」
砂船を襲ってきたワームは、野生のワームだろうって。そして奴らは雄。半端に使役されていたのは雌だ。
雄は雌の言うことを聞く。雌が「あの船を襲って」と頼めばほいほい身をくねらせ、言うとおりにするんだとか。いやぁ、ミミズの世界でも雌至上主義とはねぇ。
「元々ワームどもに性別はねぇ。雄ばっかなんだよ。必要にかられて雌に転換する奴がいて、転換しなかった連中は必死になってその雌を射止めようとするんだ。なんともいじらしいじゃねえか」
「……え」
「蛮族どもが飼育するワームは、最終的に全部を雌にして野生のワームを従えさせるのが目的だ」
ハーレム計画……。
なんてはた迷惑な!
でもそうなると、あの逃がした一体……あれを仕留められていたら。
はぁ。過ぎたことは仕方ない。今はキャット・ルー族の里だ。
「族長。ゼナスまで砂船で五日かかりますが、避難されるのであれば受け入れます。どうされますか?」
故郷を出ることに躊躇う人は多いだろう。でも今は、女性や子供、怪我人の安全を第一に考えれば――。
「おぉ、そうしてもらえるか!?」
ん? 思っていた反応と、違う。
「しかしここを捨てていけば、奴らに利用されかねんな。砂漠横断の拠点にされるだろう。よし、お前ら! 必要な荷物を最小限かき集めろ。他は全部燃やせ! 水も奴らに残してやるなよ。汲み上げて砂漠を濡らしてやれ」
「「おぉぉぉぉ!!」」
ん? んん?
別に故郷を捨てるのに、思うところはなさそうな?
「ディルムット殿。砂漠の民は実は定期的に里を移動しておるのですぞ」
「アスデローペ卿。移動、しているんですか?」
「左様。まぁ定期といっても数十年だったり、百年以上も定住することもありますがな。オアシスが枯れれば、別の所へ移住なんてのは、砂漠で暮らす者にとっては珍しいことではないのですぞ」
あぁ、生きるために絶対必要な水がなくなれば、別の場所を探して暮らすってスタイルか。
話を聞くと、いくつかの場所を周回するようにキャット・ルー族は暮らしているそうだ。
一つの水場が枯れて別の場所へ行く。数十年もすると、以前の水場に水が溜まって、またそこで暮らせるようになる。そうしてやりくりしているのだとか。
さすが、砂漠の民は逞しい。




