118:かわいい大人だな。
魔導具のお披露目を終え、その設置は……こちらは公爵邸と繋ぐだけでいいだろうってことになった。
公爵邸から王城への転送が可能だし、それを使わなくても馬車で一時間の距離でもあるからだ。
というのも、王城の転送部屋に空きがない……。
さらに、転送部屋から出入りしているのを見られれば、俺が転送の魔導具を錬金したことが漏れてしまう。
だからここは。
――レトン商業国の懇意にしている評議員から、中古を売ってもらった。
という体にすることに。
レトンなら中古の魔法陣を取り扱うこともあるという。
実際、転送部屋にある魔導具のひとつは中古らしい。
ゼナスはレトン国と個人的な取引も行っているし、岩塩の件でもそのことは国内に知られている。
他の貴族も納得するだろう。
ということで謁見の間を出て、魔導具を再錬金することになったわけで。
ヴァルドリヒ様にミスリルをちょこっといただくために、今度は宮廷魔術師のおじいちゃんの研究部屋へとやってきた。
「本来であれば大公が北部の国境警備にあたるはずだったのだ。北部領主としてな。なのに理由を連ねて拒否したせいで、わたしが行く羽目になったのだ!」
「まだ根に持っておるのだのぉ、ヴァルドリヒ卿は」
「エヴァは三歳だったのですよ。一番かわいい時期を……いや、エヴァはいつだってかわいい時期だが」
ふと、俺が尋ねたのがキッカケだった。
ヴァルドリヒ様は大公と不仲なのか、と。
その問いにヴァルドリヒ様は「嫌いなだけだ」と即答。
何故?
その答えがこれだ。
「理由って、なんだったのですか?」
「奥方が病に倒れ、危うい状況だから、と。半年だけ、代わってくれと頼まれたのだ」
「……七年間、北部にいらしたんですよね?」
「半年の間に奥方が懐妊された」
え……。
病に倒れってことは、寝たきりだったってことだよな?
そ、そんな奥さんと……ごにょごにょしたってこと? え?
「お前のいいたいことはわかる。わたしも思ったさ!」
「つまり奥方かわいさに、北部へ行くのを先延ばしにしたかったのだろうと、当時は美談として語られたのぉ」
「何が美談だ! わたしとて愛する妻とかわいい二人の子を置いて、北部にいったのだぞっ」
うわ。今「愛する妻」って言った。
あ、言ったことに気付いて、今頃顔を赤くしているぞ。
かわいい大人だな。
「えっと、それで……赤ん坊が生まれるまで、守備隊長の代行を続けてくれみたいな?」
「「その通り」」
「で、その後も何か理由を付けて代行の続投を頼んできた?」
「「その通り」」
そりゃ嫌うはずだ。
「誕生したご子息が体も弱く、北部の気候には耐えられそうにもないと仰ってのぉ」
「五年前から療養と称して、東のゼラート王国へ行っておった。二月前、ようやく正式に北部領主として守備隊を引き継ぐと。もっと……もっと早くそう言ってくれていれば。くそっ」
「ご子息が大きくなられて、体も丈夫になられたんですかね? あ、魔導具完成しました。よろしくお願いします」
「うむ。では――」
アデルード様が転移魔法の呪文を詠唱しはじめる。
「ずっと他国にいたからな。ご子息の噂はまったく耳にせん。ミスリルの鉱脈が発見され、これから採掘をというタイミングだったのだ。引継ぎ作業がどれだけ大変だったか」
「本当につい最近、発見されたんですね。大陸の情勢がかわりそうだ……戦……大丈夫ですよね?」
そんな俺の質問に、ヴァルドリヒ様が……まさかヴァルドリヒ様が柔和な表情を浮かべるなんて!?
「心配するな。発見された鉱脈は、元々我らオルフォンス王国が所有している鉱山だ。少し前に小さな地震があってな。坑道が崩落し、代わりに別の空洞が発見された」
「お父様がお手紙に書いてあった、モンスターのでる迷宮ですよね? 大発見だと仰っていたのは、それだったのですか?」
「うむ。まぁ迷宮を見つけたのも大発見ではあるのだがね。まさかその奥にミスリルの鉱脈があるとは、わたしも思わなかったよ」
鉱山の中に迷宮が。その迷宮の中にミスリルが、か。
それなら、採掘権はうちの国で主張を通せそうだ。
あとは、その主張を無視して略奪しようとする国が現れないことを祈るばかり。
◇◆その頃、城内のとある場所で。
「どういうことだ?」
誰もいない廊下でそう呟いたのは、王弟ことバルファルク・オルフォロス大公その人。
謁見の間で見せた温厚な表情とは裏腹に、彼は今、焦っていた。
確かに【呪い】は完了したと術者から連絡はあった。
しかも召喚された悪魔の痕跡が、現世に出現したのと同時に消滅している。
それは即ち、悪魔が討伐されたという証拠。
それ自体は驚きもしない。
呪いの種類がわかっていれば、その結果に対処することはできる。
悪魔が召喚されるのなら、それを迎え撃つために手練れを用意すればいいだけのこと。
そして城内にはそれを可能にする騎士や魔術師だっている。
悪魔は、王太子の肉体に降臨するようにしていた。
だから悪魔が討伐されたということは、王太子が死んだということ。
(なのに奴は何故、平然としていたのだ)
奴=腹違いの兄であり、王のこと。
それとも、平然を装っているだけなのか?
せっかく、絶望に打ちひしがられた貴様の顔が拝めると思ったのに。
それとも、奴は思ったほど子に愛情を抱いていなかったのか?
そうだな。あの男――先代国王と同じ血の流れた人間だ。
我が子への愛情など、欠片もないのかもしれない。
先代王が俺に対してそうだったように、な。
だが王太子が死んでいることに間違いはないのだ。
リネージュまで失えば、少しは奴も動揺するだろう。その時が見ものだ。
そんなことを考えていたその時だった。
「きゃっ」
どんっと小さな影にぶつかった。
その影が後ろへ倒れる直前、バルファルクが腕を伸ばす。
「おっと。大丈夫かな、レディー?」
暗い影のある表情から一変、その顔は慈しみすら感じる、穏やかな笑みに包まれていた。
「ご、ごめんなさい。よそ見をしていて……」
そう答えた少女の顔が凍り付く。
「ん? どうしたのかね? もしかしてどこか痛めたか」
「ティファ、大丈夫?」
少女の隣には、よく似た顔の少年もいた。
「ジ、ジーク。うん、大丈夫。あ、あの、大丈夫です。ぶつかってごめんなさい」
「いや、こちらこそすまない。少し考え事をしていてね。お互い気を付けよう」
「はい。本当に申し訳ありませんでした」
ジークは深々と頭を下げ、それにつられてティファニーも頭を下げる。
二人はこの人物が、王弟だとは知らない。
バルファルクは二人の頭を撫でると、その場を後にした。
「さ、ティファ。兄上を探そう。ほんっと、どこに行ったのかなぁ。……ティファ?」
男が立ち去ったあとも、ティファニーの表情は固まったまま。
心配になってジークが覗き込むと、彼女はぼそりと呟いた。
「あの人……悪い人だわ」
「あの人? さっきぶつかった人かい?」
「うん……」
だがジークは首を傾げる。
「凄く優しそうな人だったけど……。確かにティファは、良い人か悪い人かを見抜く勘みたいなのがあるけど、でも勘だけで判断しちゃダメだって僕は思うよ」
「……うん、わかってる。でも、凄く怖かった。背筋がぞくぞくってしたもん」
「はぁ……兄上もよく言ってたでしょ。貴族なんて大半が意地の悪い人だって。あ、でも意地悪でも、良い人になった貴族もいるじゃないか。この前のグランシュ子爵とかさ」
グスタフの父親のことだ。
子爵もまた、ティファニーは幼い頃に「悪い人」と言っている。
もっとも、幼い頃のティファニーによって、ただ意地悪なだけの人間と本当の意味での悪人とに区別がなかった。自分や家族にとって害になる存在は、総じて悪い人扱いだったのだ。
「ほら、行こう」
「うん。兄さま探さないとね」
こうして双子はディルムットを探し、城内の騎士に教えてもらいながらようやく見つけることができた。




