117:なんかムカつく。
「本当に錬金してしまうとはな……」
怖い顔で待っていたヴァルドリヒ様が、他の素材も準備してくれて無事に魔導具は完成。
さらに宮廷魔術師も呼んでくれて、転送魔法を付与。
で、実際に起動するのか実験をしたわけだ。
椅子で。
さすがにいきなり人ではねぇ。
ハエが入ってきて、混ざってしまったりとかいうネタは怖いし。
「ディル様、凄いですわ!」
「これでゼナスと公爵邸を繋げられますね」
そう言うと、エヴァ嬢が頬を赤らめた。
え、なんで? 行き来できるようになるって言っただけなのに。
ただ、これからはお会いしやすくなるだけ……あ、うん。
嬉しいね。
「……アデルード殿。この件は」
「ふぅむ。陛下にご報告せねばのぉ」
ん?
転送魔法が使える宮廷魔術師のおじいちゃん、アデルード様とヴァルドリヒ様が渋い顔をしている。
「エヴァ。転送の魔導具のこと、誰にも話してはいけないよ。エーリヒにもだ」
「お兄様にも?」
「考えてもみなさい。転移の魔導具を作れる者は、この大陸にも二人しかいない。しかもひとつ作るのに数カ月もかかるのだ。それを一瞬で錬金する者が現れたら、どうなると思う?」
その職人の仕事がなくなってしまう。
それは……避けなきゃな。
「素材にミスリルが必要じゃからのぉ、まぁおいそれとは作れぬなぁ。今は」
「今は? あ……」
アデルード様が言った、今はっていうのは。
ミスリル鉱脈が発見されたことは、今はまだ、一部の人間しか知らないってことだろう。
ヴァルドリヒ様、秘密って言おうとしてたし。
遥か昔に採掘された分しか存在しない。そう思われていたミスリルが、新しく採掘できるようになる。
国境にある山脈は、どの国にも属さないと土地だ。
他国がこれを知ったら、領土権を主張するかもしれない。ヘタをすれば攻めて来るかも。
「金儲けはできんぞ」
「それは……まぁ別にいいんです。もとはと言えば、エヴァ嬢と気軽に会えるようにと思って錬金したものですから……えっと、王都と行き来できるようになれば、いろいろと便利でしょうし」
ヴァルドリヒ様の顔が怖かった。
その後、陛下に魔導具の件を伝えるために謁見の間へ。
人払いがされ、中には俺とエヴァ嬢、ヴァルドリヒ様、宮廷魔術師のアデルード様、それから公爵兼宰相閣下と陛下の五人だけ。
ここで転送の魔導具を実際に起動して見せる。今度は俺が実験台になった。
ハエ、いないよな?
転送を起動した瞬間、扉を開ける音が聞こえた気がする。
謁見の間の右から左に転送。
そして振り返ると、扉の前に驚いた顔をした中年のイケメンが立っていた。
「バルファよ。ノックもせず入って来るとは、何事だ」
「も、申し訳ありません、兄上。北の国境へ発つため、挨拶に参ったのですが……軽率でした」
兄上?
そういえば、王様には腹違いの弟君がいたんだっけか。
「しかし何故、転移の魔導具を謁見の間で?」
人の好さそうな笑みを浮かべ、王弟――大公だったよな? その大公閣下がやってくる。
「ん? エヴァがここに?」
「大公閣下にご挨拶申し上げます」
「やぁ。少し見ないうちに、立派なレディーになったな、エヴァ」
エヴァ嬢が頬を赤らめる。
なんかムカつく。
「そうか。君がゼナス辺境伯のご子息、ディルムットだな。噂には聞いている。凄い錬金術を、いや、錬金魔法を使うとな。なるほど……もしやあの転移の魔導具は……」
大公の目の色が変わったように見えた。
「バルファ。わかっておろうな?」
「えぇ、わかっていますよ兄上。内密、なのでしょう? 魔導具を錬金できると知られれば、魔導具職人は廃業確定ですからね」
「それに、他国からも注文が殺到すれば、ディルムットは領地開拓どころではなくなるからの」
「はは。朝から晩までずっと魔導具だけ錬金し続けるのは、あまり楽しそうではないですね」
ロボットならヨシ!
「そうか。転送の魔導具を……何人まで転送できる?」
「え……それは起動するときに消費する魔力次第なので」
「あぁ、なるほど。従来のものと同じと言う事か」
そりゃそうだ。まったく同じものを錬金したのだから。
転送できる人数は、たぶん最大でも三人が限界だろう。魔法陣が展開された時、そこに入っていないといけないからな。
その魔法陣のサイズは固定。
錬金魔法で解析した限り、魔法陣のサイズを弄れる部分はなかった。
なんて考えていると、大公閣下が俺の前で身を屈めた。
「大人数を転送するための魔導具は、錬金できるのか?」
「いえ。今ある魔導具を、そっくりそのまま複製しかできないのです」
「ちっ」
ん? 今、舌打ちした?
「そうか。ならよかったよ」
気のせい、か。人の好さそうな柔和な笑みは、さっきと同じだ。
大人数を転送できる魔導具が作れないことがよかったというのも、それが可能になればクーデターを起こされた時に王城を容易に陥落させられる危険があるからだろう。
陛下も大公閣下とは仲が良いようだ。
最初こそ注意したものの、今は弟を見つめる優しい兄の顔をしている。
けど、この場にいるひとりだけが、大公閣下に対して敵意を向けていた。
ヴァルドリヒ様だ。
「そうだ、兄上。その魔導具、ぜひ譲っていただけないでしょうか?」
「そなたに? おぉ、そうか。北部の砦に設置するのだな」
「はい。そうすれば万が一の時にも、すぐ王都へ知らせを届けられますので」
「うむ……ディルムットよ。魔導具は他にも錬金できるのか?」
「あ、はい。素材はなんとかありますので、大丈夫です。大公閣下、どうぞお持ちください。むしろこれまで北の国境にはなかったのですか?」
ヴァルドリヒ様はどうしていたんだろうか?
年に数回しか戻ってこれないと言ってたけど、それは転送の魔導具がなかったからなんだろう。
「魔導具が世に出始めてからまだ百五十年ほどしか経っていない。それは知っているかな?」
「えっと、勉強不足で知りませんでした、閣下」
「そうか。当時、この国の北の国境は、今よりもずっと南にあった。現在はオチェラランド伯爵領がそこにあたる。そして伯爵領には転送の魔導具があるのだよ」
「なるほど。百五十年の間に、確か国境線は二度、北に移動していますよね」
大公閣下は頷き、馬車で二、三日の距離ならばと魔導具を動かさなかったと教えてくれた。
まぁ結果的には、今の砦から伯爵領まで一週間の道のりになってしまっているけれど。
直線距離だとそうでもない。ただ北の国境は山の中なので、距離に対しての移動時間が長いんだ。
「くっ。わたしが着任中にお前がいれば」
「は、はは。申し訳ありません、ヴァルドリヒ様」
「はっはっは。そう責めるな、ヴァルドリヒ。これからは愛娘とずっと一緒にいられるだろう」
大公閣下がそう言うと、ヴァルドリヒ様はあからさまに不満そうな表情を浮かべる。
あ、そういや王太子殿下の呪いを解くとき、王弟殿下が帰国したから、やっと国境警備の任を解かれたとかいってたっけ。
もしかして、本来は大公が行くはずだったとか?
それが、何かの都合でヴァルドリヒ様が代わりに。
エヴァ嬢が三歳の頃だ。そりゃ側にいたかっただろうな。
それで大公閣下を恨んでいる……そんなところだろう。




