111:おかしいだろ、あの辺りの人たち!
「お前の名はデュゼ、か」
「刑の執行は明後日じゃなかったのかよ」
男のさるぐつわは外したけど、目隠しはしたままだ。
「刑はこれより執り行う。お前の命が、ひとりの命を救うことになるのだ」
「は? 俺様の? はっ、俺はこれまで八人殺してきた。そんな俺が人助けだぁ?」
八人。それだけ殺していたのなら、罪悪感を抱かずに呪いを移せる。
「では、みなさんは少し離れてください。彼の手を取ってください」
後半は殿下に向けて言った。
だけど殿下が躊躇しているようだ。
俺と違って、罪悪感を抱いているのかもしれない。
「デュゼ、と言ったね」
「あぁ? ガキの声が聞こえるぞ」
「子供ですよ。ところであなたに家族はいますか?」
答えない。でもそれは答えになっている。
「その人はあなたのように悪党ですか?」
「関係ねぇ! 俺は俺だっ」
「でも八人も殺しているんです。どうしてあなたのような人間になってしまったのか、ご家族にも責任がありますよね?」
「お袋は関係ねぇ! 関係ねえんだ!!」
母親がいるのか。そして意外なことに、この男は母親を巻き込みたくないと思っている。
こんな殺人犯でも、親を大切にしようとしているんだな。
八人も殺している殺人鬼より、前世の俺の親は家族を大切にしようとしなかったなんて……。
いやいや、今世だけを考えよう。
「殿下。身代わりとなってもらう代わりに、この者の母親に謝礼をお渡ししてはどうですか?」
「謝礼?」
「で、殿下、そのようなもの必要ありません。この男は」
「よい。王太子の好きなようにするがいい」
陛下も殿下のお気持ちがわかったのだろう。
金の問題ではないけれど、それで少しでも罪悪感が和らぐのであればそうした方がいい。
「お、おい、殿下とか王太子とか、どういう意味なんだよ。おい?」
瞬く沈黙が続いた後、殿下が男の手を取った。
「わたし、の名は、エルフェルド・オルフォンス、だ。この国の、王太子」
「お、王太子、殿下……」
「すまない。わたし、の身に、かけられた呪いを、あなたに……移す」
「の、呪いだって? は、はは。それで俺があんたの代わりに死ぬってことか」
「そうだ。どちらにしろ、あなたは処刑される。その日が、早まっただけ、だ」
男が殿下の手を振りほどく。
「息子の命を救ってくれる礼として、そなたの母にはこの先不自由のない暮らしを約束しよう」
「あ、あんたは?」
男は声の主を見る。目隠しはしていても、声の聞こえる方角でわかるのだ。
「余はリッフェルド・オルフォンス。オルフォンス王国の王だ」
地下室が静まりかえる。
数分、いや一分にも満たないかもしれない。
その時間は長く感じられた。
男が手を差し出す。
「お……お袋は……足が、悪いんだ……」
「国一番の、医者に、診て、もらいます。医療施設で、暮らせるよう、手配も。します」
「た、頼み、ます」
男の声は震えていた。
呪いとは話したけど、どんな呪いかはわからないから怖いのだろう。
殿下が男の手を取った。
「錬金魔法」
ダンッと地面に両手をつく。
魔法陣が描かれ、頭の中に呪いの情報が流れ込んでくる。
呪いを――繋がった手を伝って、殿下から男へ移す。
途端。
「うぐあっ」
男が苦しみ始め、その肌がみるみるうちに赤黒く変貌した。
痙攣するように脈打つと、その体がぐんっと膨らむ。
「くははははははははっ。ようやく扉が開いたぞ。我は自由だ!」
一般的な成人男性ほどの大きさだったのが、倍のサイズに。その背中には蝙蝠の翼が生えた。
いや、生えたはずなのに閃光が走ったかと思ったらぼとりと落ちた!?
「ぐうおおおぉぉぉぉぉっ」
頭には角が生え、すっかり悪魔らしくなったその姿は、だけど苦痛に顔をゆがめて吠えている。
そこへ、母上の神聖魔法が炸裂。
悪魔の足元に魔法陣が浮かび上がり、光が悪魔を包み込んだ。
「ぐうおおおぉぉぉぉぉっ」
さらに父上殿の光魔法が縄となって、悪魔の体に巻き付く。
「ぐうおおおぉぉぉぉぉっ」
そして室内が冷気に包まれる。
悪魔の足元からピキピキと冷気が這い上がり、奴の下半身は完全に氷漬けになった。
「ぐうおおおぉぉぉぉぉっ」
悲鳴を上げる悪魔の頭上に、雷が落ちる。
あの、ここ室内なんですけど?
「ぐ、ぐうお……ぉ……」
息も絶え絶えな悪魔。
最後はロバート卿が剣を閃かせ、その首が飛んだ。
断末魔は、ない。
悪魔。一分持たなかった。
おかしいだろ?
悪魔ってこの世界のモンスターの中じゃ、上位にランクインする強さのはずなのに。
そりゃ下位のデーモンとかレッサーデーモンなら中位ぐらいになるかもしれないけど、それでも……この状況はおかしい。
「さすが、噂に聞くロバート卿だな。グレーターデーモンに気配を察知されることなく、奴の翼を切り落とすとは。だから貴公には北部守備隊に入ってもらいたかったのだが」
「もったいないお言葉ありがとうございます、ヴァルドリヒ様。しかしヴァルドリヒ様とて、ソードマスターではありませんか」
「何を言う。貴公は十七歳で王立騎士訓練学校へ入学した際には、既にソードマスターだっただろう」
「し、しかし自分は剣だけです。ヴァルドリヒ様は氷魔法の使い手。ご子息のエーリヒ様は雷の魔法をお使いになられるうえに、やはりソードマスターの素質があると聞きました。現公爵様もソードマスターの称号をお持ちなうえ、雷魔法をお使いになられる。公爵家ほど優れた人材を有する家門もございません」
ちょ、待って。
公爵様、ソードマスターだったのか!?
って、後ろで見ていたはずの公爵様も、いつのまにか帯剣しているし!
おかしいだろ、あの辺りの人たち!
「エルフェルド。エルフェルドよ」
そうだ! おかしい人のせいで忘れるところだった。
「錬金魔法で殿下の状態を確認します。呪いが残っていればわかるはずなので」
「ディルムットよ、頼む」
「はい。――錬金魔法」
近衛騎士に抱えられた殿下を、錬金魔法で見てみる。
呪いの痕跡は……なし。
「大丈夫です。呪いはあの罪人に全て移っていました」
「そうか……そうか……よかった。エルフェルドよ、よかった」
「父上……あの者に、感謝しなければ」
「あぁ、そうだな。刑務官に連絡をし、あの者の母親を探させよう」
ひとりの悪人が、ひとりの命を救った。
その命は、この国にとって決して小さくはない命だ。
殿下の罪悪感を少しでも軽くするためにも、あの男の母親を庇護するのは良いことだろう。
問題は。
何故殿下に呪いが付与されたのか、だな。




