110:え? 俺のせい?
「ディルムット。お前にわたしの気持ちがわかるか?」
「え? き、気持ち、ですか?」
ロバート卿と陛下直属の近衛騎士が呪いを移す人材を探しに行っている間、それを行うための場所を錬金する。
離宮には地下室があって、捨てるに捨てられないような家具が置かれていた。
断捨離、しような?
十数点ある家具をいったん全部外へ出し、それから床を掘り下げて天井までを高くするのが目的の錬金魔法だ。
その作業の間、何故かエヴァンゼリン嬢の父上君が俺の後ろにぴったりとくっついている。
「わたしは七年前、エヴァが三歳の時から北部の国境守備隊に就くことになり、それからというもの、年に一度、良くて二度しか王都には帰ってこれなかった」
「北部の国境守備隊!?」
北部の国境と言っても、実際にはその北側にあるのは巨大な山脈だけ。
北の国はその山脈の向こう側にある。
どこの国にも属さない山脈だ。
いや、モンスターが支配すると言っても過言ではない山脈だ。
辺境のゼナスと違って、北部に蛮族はいない。
まぁだからこそなのかもしれないけど、モンスターは何者にも統率されずに人里を襲う。
それを防ぐため、北部の国境守備隊の存在が欠かせないのだ。
守備隊の士気を上げるためにも、守備隊隊長は代々、王家に連なる者が就くことが多い。
だから公爵様のご子息が北部に、か。
「ようやく……ようやく王弟殿下が帰国なされて、ついに守備隊の任を解かれこれからずっと娘と過ごせると思ったのに、目に入れても痛くない程かわいい娘に婚約者ができていたのだと! 娘を持つ親の気持ちが、お前にはわかるか!?」
「あ、すみません。僕、十三歳なので、わかりません」
何を真剣な顔をして言っているんだ、この人は。
「ぶふっ。た、確かに。あはは。父上、子供に、子を持つ親の気持ちなんて、わかりませんよ」
「笑うなエーリヒ!」
「あは、あははははははは」
エーリヒ様のツボを刺激したようだ。
まぁ前世でも子供はおろか、結婚も、なんだったら彼女すらできたことない俺にわかるわけないけど、でも。
七年も離れて暮らしていて、寂しかったんだなっていうのは理解できる。
父親っていうのは、娘がかわいいものっていうのはよく聞いていたしな。
「ところでディルムット。君は……その錬金魔法というのは何かおかしくはないか?」
「え? どうしてですか?」
「どうしてって……わずか数分で、地下室の床をこんな風にしたのだぞ! 普通に工事をすれば数ヵ月はかかるだろうっ」
こんな風にとは、元々の床から三メートルほど掘り下げたことだろうか?
最初に、錬金魔法で床石を一本の柱に錬成。
次に、むき出しになった土を圧縮して、土壁として四方に寄せていった。
これで少しぐらい悪魔に暴れられても、鉄のように固くなった土壁は崩れないだろう。
それを繰り返して、元々天井高二メートル半ぐらいだった地下室は、五メートル半に。
その代わり、部屋の広さ自体は少し狭くなったけどね。
あとは階段を錬成して完成っと。
「ヴァルドリヒよ。こやつの【錬金魔法】は、錬金の常識を逸脱しておる。魔法陣にさえ入れば、どんな風にでも形を変えられる。そういうものなのだと納得せねば、頭を痛めるだけだぞ」
「へ、陛下……」
俺の錬金魔法のせいで、なんか申し訳ない気がするのは何故だろうか。
え? 俺のせい?
「エルフェルド様、こちらで休まれてください」
部屋の中央よりやや入口寄りに椅子を一つ置く。王太子殿下にはそこへ座っていただき、身代わりとなる人物の到着を待った。
しばらくしてロバート卿と近衛騎士たちが目隠しとさるぐつわをした男をひとり連れてきた。
父上殿と母上も一緒だ。
それと。
「ディルムット様。私もお手伝いいたします」
「エ、エヴァンゼリン嬢!?」
「エ、エヴァ! ダメだ、エヴァ。これは遊びではないのだぞっ」
「お父様、そんなことわかっています! 私は、ディルムット様をお守りしたいのっ」
十歳の女の子に守られる十三歳男って、どうよ。
普通は逆なんじゃないでしょうか?
「エヴァ、父の言うことを聞きなさい!」
「嫌です!」
「エヴァンゼリン嬢、聞いてください。ここにいては危険です」
「それはディルムット様だって!」
まぁそうなんだけど、俺がいなければそもそも呪いの分離もできないし。
「ふぅ……。エヴァ。よく周りを見てください。ここはそれほど広くありません。悪魔と直接対峙するのは、たぶんロバート卿でしょう」
「はい、お任せください。グレーターデーモンぐらいでしたら、戦ったこともありますので」
え、あるの?
グレーターデーモンって、上位個体だよね?
おかしいだろ。
「と、とにかく。ロバート卿が直接対峙して、エヴァの父上とエーリヒ様、うちの父上母上がサポート要員。そして殿下ご本人と、陛下も見届けると仰っています。そうなると近衛騎士が護衛につきます。この、広くもない部屋でこの人数なんです。正直なところ、少しでもロバート卿が剣を振るえる空間が必要ですから、これ以上の戦力は逆にお互いが邪魔をするだけな気がするんです」
ここは敢えてエヴァと呼んだ。きっとその方が俺の言葉を聞いてくれそうな気がして。
実際、彼女は部屋を見渡し、それから自身の手を見た。
きゅっと小さな手が握られる。
「わかり、ました……ディルムット様っ、必ずご無事でお戻りくださいっ」
「もちろんです。大丈夫ですよ、ここにはきっと、王国でも指折りのつわものたちが集まっているはずですから。それとお願いがあります」
「お願い、ですか? なんでも仰ってください!」
「弟と妹は事情を知らないと思うので、父も母もここにいますし、終わるまで面倒をお願いできますか?」
その問いに彼女はにっこり微笑んだ。




