109:陛下が俺をじっと見つめる。
「その者ら城の使用人にナッツタルトを渡され、リネージュのテーブルに運んだだけだと申したのか?」
「はい。死を前にしての告白ですし、嘘ではないと思います。フィッチャーも嘘は言っていないと申しておりましたし」
傭兵たちから聞いた内容を報告するために、陛下の執務室へとやって来た。
そこには宰相やエヴァンゼリン嬢の父上殿と、あとエーリヒ様とリネージュ様もいらしていた。
ロバート卿は部屋の前で待機してくれている。執務室の周辺でおかしな動きをする奴がいたら、すぐに捕まえてくれるそうだ。
「リネージュがナッツ類を食べれぬことを知る者は、そう多くはない。厨房係と娘専属の侍女やメイドたち。それと我が身内と公爵家の者ぐらいだ」
「しかし偶然にしてはおかしいですよね。昼食会のデザートメニューにはなかったといいますし」
「うむ……何者かがリネージュに恥をかかせる目的であったのは確かであろう。しかし……」
しかし?
陛下が俺をじっと見つめる。
な、なんだろう……何故か、突然寝室に呼び出された時のことを思いだした。
アッー!
「ディルムットよ」
「は、はい。何でしょうか、陛下」
「お主の錬金魔法は、いったいどこまでのことができるのだ? 素材の加工や形成を、魔力を使って一瞬で行うだけではないのか」
「えっと、錬金術で行えることは一通りできます」
素材の加工も、錬成も、錬金術の作業工程のひとつだ。実際の錬金術師だってやっている。
まぁ普通は『職人』と呼ばれる人たちがやってることも、俺は魔法でやってしまっているけれど。
そして、素材の成分抽出も、また錬金術師ならできる。
そのためにあれやらこれやらの薬品を投入するから、正確な成分抽出は難しいようだけど。
さらに言うと、さっきのタルトなら水や薬品に溶かし、成分を抽出するから元通りのタルトにはならない。抽出といっても実際に抜き出すのではなく、何が含まれているのか解析ができる程度だ。
俺がやっているのは、完全に反則技。
でもできるのだから仕方ない。そういうスキルを授かったわけだし。
「なるほど。我らが思っていたよりも、遥かに自由度の高い魔法であるようだな」
「お父様。もしかするとディルムット様なら、お兄様を救えるのでは!?」
お兄様を救う? 王太子殿下になにかあっらのだろうな。
この話の流れだと、毒を盛られて臥せっているとか?
「陛下。自分にできることがあれば、何でも仰ってください」
「頼めるか? いや、ダメ元だ。無理であっても責めはせぬ」
「はい」
そうして王太子殿下の部屋へ……と思われたが、向かったのは離宮の方。しかも王城の敷地内では一番奥まった場所に建てられたものだった。
しかも何故か全員、フードを被ってここまでやって来ている。
まるで、誰がここを訪れているのか周りに知られないようにしているようだ。
離宮の奥の部屋。
その扉の向こうには灯りもなく、室内は薄暗かった。
「エルフェルドよ。気分はどうだ?」
エーリヒ様が持つ魔法の灯りに照らされ、ベッドの上でもぞもぞと動くものが見えた。
「少し……マシ、です」
返事が返って来る。ただしその声は、若者らしさが微塵も感じられない、しゃがれた声だ。
「お兄様。もしかするとお兄様を救えるかもしれない方をお連れしたの」
「わたし、を? すくえ、る……高司祭、も、救えなかった、わたし、を?」
全身をシーツで覆い隠していた王太子が姿を見せた。
高司祭でも救えなかった、か。
は、はは。
これ、毒でもなんでもないぞ。
これは呪いの類だろ?
シーツから姿を現したのは、白目部分が赤く光り、頭部から角を生やした……絵に描いたような悪魔の姿。
「ディルムット。怖がらないでくれ。あの方はエルフェルド王太子殿下だ」
「承知しています。呪い、ですよね?」
エーリヒ様が頷く。
「二年前だ。突然、殿下があのような姿になったのは」
「姿だけですか?」
その問いにエーリヒ様は首を左右に振る。
「少しずつ自我も蝕われている。高司祭の話だと、本来なら数日と持たない呪いらしい。だが殿下は高位の聖属性魔法を得意としているお方だ。呪いを常に抑え込んでいるのだよ」
それは凄い。
「では、やってみますね」
「頼む。ディルムットよ」
「ち、父、うえ……その、少年、が?」
「そうだ。錬金魔法を神から授かったシュパンベルク辺境伯の子息だ」
「あぁ。エー、リヒが、言ってい、た」
エーリヒ様! いったい何を話しているんですか!?
「まずは殿下を錬金魔法の魔法陣で調べさせていただきます。失礼しますね」
ベッドがすっぽり入るサイズの魔法陣で、殿下を包む。
頭の中に流れてくる情報に……呪い、あった。
その呪いの種類も同時に頭の中に流れ込んでくる。
悪魔を憑依させるタイプか。
呪いの印が体のどこかにあって、その印から悪魔が殿下の体の中へ入ろうとしている。
つまり印が悪魔の出入り口になっているのか。
高司祭でも解けない理由は、印を施した者の魔力もそうだけれど、同時に悪魔の魔力にも勝らなければならなかったからだろう。
「な、何かわかったのか!?」
「はい。この呪いを解くのに二つの障害があります。ひとつは殿下の体の呪いの印を付けたものがいまして、神聖魔法で呪いを解くのならその者より魔力が高くなくてはいけません。もう一つは、その印を扉にして悪魔が殿下の体に憑依しようとしています。これまた呪いを解くためには、悪魔より高い魔力を持っていなければなりません」
呪いを付与した相手と悪魔、その両方に打ち勝つにはその二つを足した魔力に勝っていないといけないんじゃないかな。
大賢者。そんなレベルでもない限り、たぶん呪いは解けないだろう。
だけど俺は違う。
呪いを解くのではなく、取り除くのだ。
ただこの呪い、抽出した後どうするかだ。
すぐさま他の誰かを呪うかもしれない。それをまた抽出して、また誰かを呪って。
そんなイタチごっこをするぐらいなら、他の誰かに移した方がマシだ。
「結論から言うと、自分は呪いを解除することはできません。できるのは取り除くこと。もしくは他の誰かに移すことです」
「で、では、取り除いて、くれ」
「しかし取り除いたところで、呪いは誰かをまた呪うと思うんですよね。ですから、一番の方法は誰かに移すことです。何も善良な者に移せと言っているのではありません」
「罪人?」
そう尋ねたエーリヒ様に向かって頷く。
どうせ死ぬ運命にあるような罪人なら、後腐れないだろう。
「それと。殿下は強い聖属性魔法の使い手で、だから悪魔は簡単に憑依できなかったのでしょう。罪人に移した場合、たぶんすぐにでも体を乗っ取られると思います」
「わかった。バランシェットよ、今城内にいる者の中で腕の立つものを集めよ。宮廷魔術師、それから高司祭もだ」
「しかし殿下のお姿を……」
「う、うむ……」
そりゃそうだ。いくら家臣とはいえ、殿下が呪われて悪魔憑きになっている姿を見せるわけにはいかないだろう。きっとこの状況だって、外部には知られていないのだろうし。
「陛下。わたしが出ます」
「ヴァルドリヒ、頼めるか」
「もちろんです。エーリヒ、お前も手伝いなさい」
「はい、父上」
え? エヴァンゼリン嬢の父上殿とエーリヒ様が!?




