107:そのナッツをお皿に練り込ませる。
はぁ……昼食会って、こんなに疲れるイベントだったのか。
前回もクリスティーナ嬢の登場で疲れたし、今回もまた。
しかもエヴァンゼリン嬢のこともあって、前回より疲れた気がする。
ようやく会場が落ち着き、小腹も空いたのでデザートでもいただこうかとテーブルに着くと。
「ふふ、お疲れ様です」
「リネージュ様っ。あ、いや……ははは」
「でも仕方ないですわ。私だって驚いていたもの。見るたびに痩せていくあの子を見て、ね」
「あ、リネージュ様はお近くでご覧になっていたのですね」
「えぇ。私のひぃおじい様と前ハルテリウス公爵が兄弟で、公爵家とは昔から仲がよかったの。公爵様は宰相でもあるでしょう? エヴァも王宮にはよく来ていたのよ」
数少ない友人のひとり、か。まぁ親戚だしなぁ。
「でも……しばらくエヴァもエーリヒ様も、王宮には来られなく……」
「え? 何故ですか?」
「……ううん。なんでもないの。気になさらないで」
いやいや、気になるって。
「やぁ、二人で何の話だい?」
「エ、エーリヒ様。エヴァンゼリン嬢」
「ふふ。私も今座ったところですわ。お二人もどうぞ。あ、いいですわよね、ディルムット様」
「もちろんです。何か飲み物を頼みましょうか。すみません、そこの方」
給仕を担当している城のメイドを呼び、飲み物を四つ持ってきてもらう。
同時に小腹も空いたのでデザートでもとお願いをすると、思ったよりもすぐに運ばれてきた。
タルトか。何のタルトだろう?
あ、よぉく見ると、小さなナッツが入っているな。どうせなら上にたっぷり乗せてくれればいいのに。
でもナッツは子供の多い昼食会では、ちょっと珍しいかもしれない。
エヴァンゼリン嬢はダイエットを頑張ったようだし、今更だけどデザートはどうなんだろう?
彼女を見てみる。
ん? 暗い表情をして、エヴァンゼリン嬢が王女殿下を見ている。
その王女殿下は、どこか青ざめたような顔色だ。
ピリピリした空気……なんだ、これ?
どこかわからない。だけど、何者かがこちらを見ている気がする。
少し離れた場所にいるロバート卿に目配せをする。
彼は気づいて頷いた。
タルトを見て顔色を変えたエヴァンゼリン嬢と王女殿下。エーリヒ様も周囲を気にしている様子だ。
もしかすると。
俺はそっと自分の目の前に置かれたお皿に触れ、錬金魔法を発動させた。
抽出――ナッツ。生地に練り込まれたナッツの成分も全部だ。
そのナッツをお皿に練り込ませる。
うん。ナッツ皿か。
グラスを持って。
「王女殿下、せっかくの機会ですので、ぜひ、乾杯させてください」
「え? え、えぇ」
リネージュ様がグラスを掲げると、俺が王女の前に自分のグラスを差し出し、そして。
「あぁ、申し訳ありません殿下っ。ジュースが殿下のタルトに……わたしの皿と交換いたしましょう。まだ手を付けていませんので」
「あ、き、気になさらないで」
「いえ。せっかくのナッツタルトです。どうぞ、お召し上がりください」
お皿を持って席を立ち、リネージュ様のそれと交換する。その際、小さな声で「ナッツは取り除きました。お皿と合体していますので」と告げた。彼女にだけ聞こえるように。
目をぱちくりしたリネージュ様は、フォークでタルトを少しだけずらす。
そして、笑った。
リネージュ様はきっと、ナッツアレルギーなんだろう。
だから食べられない。
しかしこの世界では、食べ物に対するアレルギーの知識があまりなく、場合によっては「好き嫌い」で片づけられることも。
一国の王女がナッツを好き嫌いしている。
そんな風に見られるだろう。
ただ。
好き嫌いだとして、王女殿下が嫌いなものをわざわざ王室が用意するのもおかしい。
「ディルムット様。あの」
「殿下のタルトからナッツを取り除きました。よかったんですよね?」
「はいっ」
「でもどうしてナッツのタルトなんか」
「メニューにはありませんでした。誰かが勝手に変更したのだと思います」
勝手にって、王室主催だぞ?
そんなことできる人間は限られているだろうに。
俺とエヴァンゼリン嬢が小声で話し合う間、リネージュ様は安心したようにタルトを召し上がっている。
「リネージュ、美味しいかい?」
「えぇ、エーリヒ様。あなたも召し上がってみてください」
二人の会話を怪し気に聞いている奴らは……。そうだ。
「本当に美味しいですね。王室で作られたものでしょうか? それとも王都で買えるものかな?」
「どうでしょう? 私は、外から持ち込まれるものを食したことがないので」
「いやぁ、また食べたいなぁ。ゼナスではこんなにおいしい物はなかなか口にできませんし、でもナッツなら栽培できそうだ。領民にも食べさせてあげたいなぁ」
王室で作られたものか、それとも外部で作られたものか。
すると。
「あ、あの。小辺境伯様。私、このタルトに心当たりがあります」
「え!? 本当ですか? えっと」
「も、申し遅れました。私、アッテム伯爵家のフェミニアと申します」
「フェミニア嬢ですね。心当たりとは?」
ロバート卿、それからこちらへとやって来るフィッチャーに目配せをする。
「はい。王都にあるベリーズ菓子店のタルトです」
知らない。
だが、他の令嬢からも「そういえば」「似ていますわね」という声が上がっている。
「おや、ベリーズ菓子店と言えば、ホーン通りのでしょうか?」
「え? あ、あの」
割って入ったのはフィッチャーだ。菓子店を知っているのか。
「フェミニア令嬢、この者はわたしの領地で専属商人として仕えてくれている、フィッチャーという者です」
「フィッチャー様……フィッチャー商会の会長様ですか!?」
おっと。そういえば王都にはフィッチャーの店があったな。
貴族向けの商品に限り、フィッチャーの店で限定販売している。流行に過敏な令嬢なら、知ってて当然か。
「令嬢。ぜひお店のことをお聞かせください。もしよろしければ、次の新作簪をプレゼントさせていただきます」
「え……あ、あの」
令嬢は何故かエヴァンゼリン嬢を見た。
「お、教えて差し上げてください。わ、私も、あまり詳しくないので。よろしくお願いします」
とエヴァンゼリン嬢が頭を下げる。
「そ、そんなっ。私でお役に立てるのでしたら! そのお店は、会長様が仰ったホーン通りではなく、サンフラワー通りにあるのです」
「あの、よろしいでしょうか? この子の姉のエレニアと申します。ベリーズ菓子店は四年前に一度閉店しているのですが、一年半前にサンフラワー通りに再出店しているのです」
フィッチャーを見ると、何か考えている様子だった。
「店舗移転ですか。よっぽど人気だったのでしょうね」
「それが……実はタルトは凄く美味しいのですが、他のスポンジケーキは好みがわかれるところでして」
「しっとりした生地がお好きな方には、合わないんですよ」
なるほどねぇ。さっぱり系ってことかな?
俺は前世でもケーキなんてほとんど食べたことないし、よくわからない。
姉妹の令嬢にお礼を言い、彼女らの好みを聞いてメモしておく。ちゃんとお礼をするためにだ。
その間に。
「四人、ですねぇ」
「ふぅん。ロバート卿は?」
「確保してはりますよ」
ロバート卿とフィッチャーが、怪しい奴を見つけてくれていた。




