103:正当防衛、成立だ。
「わたしの息子はエーリヒただひとり! 君を息子にした覚えはないぞ!!」
ひぃぃぃ!
ラ、ラスボス現る!?
「お、お父様、止めてくださいっ。ディ、ディルムット様が怯えてしまいます」
こ、この声はエヴァンゼリン嬢?
あれ? やっぱり従妹かな、エリン嬢の声とそっくりだ。
けど……。
デンッと立ちはだかるラスボスのせいで、エヴァンゼリン嬢が見えない。
「エヴァ。怯えさせているのだよ」
わざとかよ!
「わたしが……わたしがいない間に、勝手に婚約を進めおって! エヴァの父親はわたしなのだ! おじい様の勝手は許さない。エヴァ、今からでも婚約破棄をしなさい」
「お、お父様!?」
はい、婚約破棄キターーーーー!
え? これって婚約破棄から始まる、異世界恋愛ものだったのか? 俺てっきり、辺境開拓スローライフ(できない)だと思っていたのに。
「わしが決めた婿のどこがわるい!」
「チッ。全てですよ、父上」
「なんじゃと!」
おいおい、裏ボスまで登場したぞ。
どうすればいいんだ、これ。
「ディルムットのどこが気に食わぬのだ! 顔よし、才よし、度量よし! これのどこが不服じゃ!!」
いや、あの……顔はそこまででもないと思いますが……。
「顔ならわたしのほうがいい!」
いや、あなた父親じゃないですか。たしかにイケメンだけど。
「このわからずやめ!」
「そっくりそのままお返ししますよ父上」
この親子、仲が悪いのか?
もう、逃げたい……。
そう思っていると、くいっと袖を引っ張られた。
見ると、すぐ隣に銀髪の令嬢が……でも……エヴァンゼリン嬢じゃ、ない。
太く、ない。普通だ。普通体形の女の子だ。
五年前に会ったエヴァンゼリン嬢とは、似ても似つかない体形をしている。
「こ、こちらに。ディルムット様」
「ははは。すまないね、うちの父上とおじい様が迷惑をかけて」
「い、いえ……あの」
「いっておいで。ここはわたしが適当にやっておくから」
いやそういう意味じゃなくって、この令嬢は誰!?
もしかしてまた従妹?
エヴァンゼリン嬢はどうするんだぁぁー!?
というわけで、名前も知らない令嬢に手を引かれ、昼食会の会場から抜け出してきてしまった。
俺は……いったいどうすればいいんだ。
婚約者がいる身だってのに、知らない令嬢と二人っきりだなんて。
こんなところをエヴァンゼリン嬢に見られたらどうする? 悲しませるんじゃないのか?
いや、そもそも……彼女は俺のことを、どう思ってくれているのだろう。
クリステーナ嬢から俺を守ってくれるために、婚約を承諾したようなものだ。
好きとか嫌いとか、そんな感情はないんだろうな。
やっぱり。彼女が望むなら、この婚約は……。
「きゃっ」
「令嬢!?」
小石でも踏んだのか、名も知らない令嬢が倒れた。
急いで駆け寄り、上着のポケットからハンカチを取り出す。
「これをお使いください。お怪我は?」
ん? なんか前にも、似たようなことがあったような。
「ら、らいじょう……大丈夫れ……はぁ、はぁ……」
「ほ、本当に大丈夫なんですか? どこか変に打ったりしたんじゃないです?」
面を上げた彼女の瞳は赤く、そして薄っすら潤んでいるようにも見えた。
やっぱりどこか痛むのか。涙を堪えているんだな。
だけど人前だから、泣くに泣けないのだろう。
今日、ここにいるってことは十歳ぐらいか。偉いな、我慢して。
ティファだときっと大泣きしているところだ。
「はわっ」
「ん? あっ。すす、すみません。い、妹のことを思い出してしまって、うっかり撫でてしまいました」
「ティ、ティファニーさん、をですか?」
「あれ? うちの妹をご存じなのですか?」
「え?」
「え?」
ん?
俺、何かおかしなことでも言ったかな?
いや、言っていないはずだ。
ティファは社交的で誰ともすぐ友達になれる。でも、辺境だと他の家門が訪ねてくるなんてことはない。
あるのはホーヘンベルク侯爵家ぐらいだ。
あ、先日、エーリヒ様とエリン嬢が訪ねてきたっけか。
「んぁ? おいおい、こんな所に坊ちゃん嬢ちゃんがいるぜ。ひっく」
「かぁ、ガキのくせに逢引きかよ。嫌だねぇ」
突然声がして振り向くと、へべれけに酔った男が二人、茂みから出てきた。ひとりはその手にワインのボトルを握っている。
身なりからすると、どこぞの貴族なんだろう。
ただ、貴族らしからぬ言動だ。それなりの教育を受けていれば、ボトル片手に飲み歩くようなことはしない。下級貴族だろう。
あと、見た目は三十過ぎのおっさんだけど、その手には結婚指輪がない。
つまり、売れ残りの貴族ってことだ。
将来の結婚相手を探すために、十歳以上の貴族も集まるとは聞いたが、いやいやいやいや。ロリコンだろ!
「うぃぃ。まったく、ムカつくぜ。こんなガキが逢引きとはよぉ」
「何を言っているのですか、あなた方は。逢引きなんて下品な言い方、しないでいただきたい」
「なんだと小僧!」
うわ、酒くさっ。
とにかくこいつらをどうにかしよう。この令嬢を守って差し上げないと。
だけどこっちから手を出すわけにはいかない。
となればだ。
「みっともないですね。いい年した大人が、昼間から酒を煽るだなんて。だから売れ残っているんですよ」
「な、なんだとクソガキ!」
ワインのボトルを手に持った方が、空いた手で俺の胸倉を掴んで突き飛ばした。
よし。正当防衛、成立だ。
くくく。子供を甘く見るんじゃねぇ、ぞ……あれ?
「ディルムット様を侮辱する方は、私が許しません!」
令嬢が短剣を手に、俺と酔っぱらいの間に割って入る。
あの、その短剣、どこから出しました? ねぇ?
いや、それよりもだ。
この既視感……あれ?
そういえばこの令嬢……髪型といい、顔といい、エリン嬢に瓜二つ……でも黒髪じゃない。
ま、まさか!?
この短期間で全ての髪が白髪に!?
いや、ないな。
でも、確信が持てる。
隙のない構え。勇敢に立ち向かうその姿。
やっぱり彼女は、エリン嬢だ!
少し痩せたのか。いや、きっと厳しい鍛錬で引き締まったんだろう。
「ははは。こいつは傑作だ。男が女に守られるなんてなぁ」
「随分気の強いレディーじゃないか。チビ同士、お似合いだぞ」
あぁ、そうだ。こいちらを先に片付けよう。
「令嬢。ここは俺にお任せください」
「ディ、ディルムット様」
「どうするんだ、小僧。ん?」
ニタリと笑う二人の男たち。
「お二人とも、少し頭を冷やされた方がいい。錬金魔法」
トンっと地面に両手をつく。
陛下。あとで元通りしますので、今はご容赦ください。
ズドンッと地面から突き出した梁が二本、男二人を持ち上げる。高さは五メートルほど。
「ひ、ひいぃぃぃ!?」
「なな、なんだこれはっ。お、下ろしてくれ!!」
「あははははは。暴れると危ないですよぉ。ポキッと折れるかもしれませんのでぇ」
実際には折れない。それだけの強度で錬成してあるからな。
でも、そんなことは本人たちは知らない。見た目はそんなに太くないしな。
「あとで衛兵を呼んで差し上げますので、そこで酔いを醒ましてくださいね」
醒めたあとで、ちょっかいかけた相手が公爵家の血縁者だと知ったら、今度は別の意味でぶっ倒れるだろうけどね。
さて。
「すみません、以前会った時と別人のように変わられていて、気づきませんでした」
「ぁ……そ、そうです、よね。あの頃から私、少しは変われましたか?」
「えぇ。髪を染められたんですね、銀髪に」
「……え?」
「ん?」
え、何その反応……あ、あれ?
もしかして、エリン嬢ではない!?
いやそれより彼女がエリン嬢だとしたら、何故髪を黒から銀髪に染めているんだ?
染める……染める……彼女は首筋にたっぷりと白髪になっていた部分があった。それを黒く染めて……。
あれって、白髪だったか?
むしろ銀……。
あれ?
エヴァンゼリン嬢と同じ、赤くて優し気な瞳で、公爵家と一緒にいて……ん?
ん? んん? んんん!
エヴァンゼリン……エリン……エヴェンゼリン……。
「あああぁぁぁぁぁぁ。エヴァンゼリン嬢とエリン嬢が、同一人物ううぅぅぅぅっ」
なんとも情けない俺の絶叫に対し、エヴァンゼリン嬢は、頬を染め、
「はい」
と答えた。




