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背信 武と悠一  作者: マーチン中井
3/6

その三

 入学して暫くは、『村上は一番で入ったそうだ』と言う噂が囁かれていた。入試の順位だと錯覚していた連中も結構いたそうだ。

担任と親しくなってから、教えて貰ったんだが、合格者最高点は、やはり悠一だった。

悠一とは大抵一緒につるんで居たから、二人で笑いあったものさ。何しろ一番同士には違いないからな……。

とは言え、悠一の名誉の為にも、皆には、実際の所を伝えなければとは思ったがね。ちなみに俺は、どうやら、ギリギリ入学、最下位当たりだった様だ。

まあ、俺が何もしなくても、すぐ馬脚は現れた。なにしろ、学区内の中学のトップクラスばかりが集まっているんだ。たちまち、俺は授業について行く事さえ困難になった。

幸い、俺と悠一は同じクラスになれたので、中学以来の指導を受ける事が出来た。俺が言うのもナンなんだが、悠一の我慢強さは脱帽ものだ。アホが理解するまで根気よく教えてくれるんだ。留年もせず卒業まで漕ぎ着けたのは偏に悠一のお陰だよ。

高校時代、俺はサッカーだけが、取り柄のスポーツ馬鹿。

悠一は此処でも大車輪の働きでね。水泳や陸上の運動ばかりでなく、三年の時には生徒会長もやった。華と言う言葉はアイツの為にある程の輝きだった。

さすがに、いくら馬鹿でも、人生で最も活力のある年代だ。俺も、人生や恋愛について、いっぱしの意見くらいは言うようになっていたよ。時々、淳平も交えて、三人で他愛もない話に(うつつ)を抜かしたものさ。

 三人でと言えば、悠一も淳平も女性経験を済ませていた。俺は高三になっても童貞だった。中学の時の佳奈の件がトラウマになっていたのかも知れないが、トンとご縁がなくってさ。

それでも、17、8ともなれば、話しは、着くべきところに行く。悠一が「お前の筆おろしは玄人がいい」なんて言い出して、三人で、信太山って言う所へ連れて行ってくれた。

「彼は初めてだから、誰々がいい」なんて、指名までするんだ。こんな所でも大人なんだと正直、恐れ入ったよ。やっぱり、みんなが言うように、俺より、遥かにテキヤっぽいよね。あとで聞いたんだが、ウチの息のかかった店だったんだから、ホント、情けないわね! 

とにかく、俺の童貞喪失は、玄人のおねえさん。何度か、通ったおかげで、ガキの恋愛沙汰に惑うことはなくなった。

大人にして貰ったのも悠一って事になる。


 あれだけ才能に恵まれ、社交性も抜群なのに、なぜか、悠一に特定の相手はいなかった。常に冷静で、何につけ、のめり込むと言う事がなかった。17、8の年齢で、不思議だと思わないか? 精神的にも肉体的にも、嵐と大波の世代だろう。名声や賞賛に恬淡としていられる年代じゃない。

やることなすことが大人びていたから、みんなの眼には、テキヤの息子の俺なんかより、よっぽど、テキヤらしくて、尋常でない度胸の持ち主のように映っていたと思うが、いつも一緒につるんで居る俺は、少しばかり違う見方をしていた。

彼奴は、決して(のり)を越えなかった。常識の範疇内にいた。誇るべき時に驕らず、威丈高にもならなかった。だからこそ俺は、不思議でならなかった。あの業績で、有頂天にならないで居られる奴なんか考えられない。


俺は悠一に訊ねた。

「好きな奴はいないのか? 」

アイツはニコッと微笑んで答えたよ。

「いるよ! お前や淳平」

「そういうんじゃなくて、恋愛感情の有る奴! 」

畳み掛ける俺に、悠一は、視線を遠くに飛ばしながら、(つぶや)いた。

「いるよ……。お前の知らないやつ……」


あの容姿で風俗店にまで顔が利くんだ。俺の知らない所で、遊びまくっているのかも知れない。俺に見せている、悠揚迫らぬ印象とは別の顔を持っているのか。


「俺には紹介してくれないのか? 」

「そいつはね、純粋で、天真爛漫なんだが、奔放で捉えどころのない奴なんだ。俺自身、まだよく理解できていないんで……、そのウチに……」


俺の様な脳タリンが理解できる筈もないが、

『倫政』の授業で習ったプラグマティックな生き方で、着実に成功を収めていく悠一の別の一面を見たような気がした。形而上の話しでも交わせる、レベルの合う誰かとでも付き合っているのか。比喩か暗喩か。

俺は理解するのをあきらめた。

とにかく、あの時の口振りには、文学的と言うか、哲学的と言うか、俺の世界とは、凡そ、かけ離れた精神世界に、心を飛ばせているような響きがあった。

「ナンか、高踏過ぎて、俺には分からない」

としか言えなかった。

そんな俺を、バカにする風でもなく、悠一は、いつもの様に薄い笑いを浮かべたまま、俺の眼を見据えていたな。



公立高校の貧弱な水泳部に属しながらも、インターハイで優勝するなど高校水泳界に華々しい実績を残して、悠一は国立大医学部に進学した。今度ばかりは一緒と言う訳にはいかない。俺も、意外と、そこそこ有名私大に合格した。

そして、淳平は創成館水泳部から、悠一のあとを襲って大阪代表として国体を制して、推薦で東京の体育大学に進んだ。


悠一は学業に専念すると言って、水泳をやめた。オリンピックでの活躍も期待視されていた超一流スイマーの引退宣言に落胆する声も多かった。

「学業と水泳、両方じゃ、お前と遊んでいる時間が取れない」

悠一、一流の言い回しだとは思ったが、アスリートとしての友の活躍を誰よりも望んでいた俺としては、嬉しさと戸惑いの両方を感じたものだ。


 政治的信条も、私学の体育会系でのスポーツ三昧の根性も持ち合わせていなかった俺の大学生活は遊び一色となった。ここに来て、百年続くテキヤのドラ息子の境遇を利用し始めたと言う訳だ。オヤジのコネで祇園や宮川町辺りに出没する様になった。置屋などが家屋内に設けたお座敷バーなどにも、ちょくちょく顔を出す。今と違って、何しろ一見(いちげん)お断りの世界だ。カネは必要ない。村上興業へ請求が行くだけの話しだ。

餓鬼の頃には嫌悪でしかなかった舞踊や三味(しゃみ)が武器になる。『若いのに大したもんだ』なんてね。京都には、いまだに魑魅魍魎が跋扈する地域があるのさ。

悠一と違って、目的も将来も定かでない俺には時間だけは腐るほどあった。背伸びする時期と、それを許す環境が、俺を放埓な、ならず者にする筈だった。それを阻止してくれたのも、又、悠一だった。自堕落な生活に埋没する前に、絶妙のタイミングで、悠一が俺を現実世界へ引き戻す。俺の行動にメリハリを付けてくれるんだ。

 悠一とはよく飲んだ。圧倒的な存在感を発揮するイケメンの医者の卵は、何処へ行ってもたちまち場を席巻したね。ホステス、舞子、芸妓は言うに及ばず、たまたま知り合った歌舞伎役者の若いのなど、男女を問わず、好きになる連中が続出さ。本人は涼しい顔をしていたが、相談を受ける俺は捌くのに苦労したよ。華を売る商売の連中より、悠一は華があった。190を超える、水泳で鍛えた、しなやかな肢体に、男らしい凛々しい眼差しながら、若々しい甘いマスクが乗っているんだ。

人の気を逸らさぬ話し方、豊富な知識と話題。

親友の俺でもウットリ眺めている自分に気付く事があったぐらいだもの。

 大学に入ってからの俺は、大分、悪知恵が付いてさ。と言うより、知らず知らずのうちにと言う方が当たっていると思うんだが、何処かで、悠一の仕草や話し方を真似る様になっていたんだと思う。その所為かどうかは分からないが、語学クラスやゼミなんかでは結構、人気者になっていたんだ。

ゼミの同級生に柴田芳樹と言う奴がいて、これと一番気が合った。飲みに行こうと言う事になって、奴が、面白い所へ案内するってんで、二人して、大阪まで行った。阪急裏あたりの飲み屋に行ったんだが、これがゲイバーでね。

デビューだったからだろうが、チヤホヤされて、俺も悪い気はしなかった。随分、言い寄られて閉口したが、ナニ、冗談みたいなもので、お定まりの遊びなんだと、すぐ気が付いた。曖昧にいなしていれば、結構楽しめる。俺と芳樹はカップルってフリをしていたから、しつこい茶々入れもなかった。何軒かハシゴして、その日は別れた。芳樹とは、その後しばしば飲みに行った。おかげで、アッチの世界の事も、それなりに理解したよ。言葉も色々覚えた。風俗で女遊びをしている俺は、ノンケって事になる。ところが驚いた事に、その方がゲイに持てるんだ。まあ、持てるに越したことはない。玄人としか遊んだ事のない俺にとっては、例え男たちでもチヤホヤされるのは悪い気はしなかった。二十歳(はたち)の世間知らずが、そっちの方を覚えるのも時間の問題だっただろうよ。

 そんな時に、解剖の実習で忙しかった悠一からお呼びがかかった。久しぶりに祇園辺りで落合って飲んだ。それで、ここ暫くの行状を白状させられた。

悠一の怒るまい事か……。

普段から、温厚で、感情をを露わにしない悠一が本気で怒った。そんな悠一を見るのは、あとにも先にも初めてだったから、俺は正直ビビったね。

「お前みたいなのが、一番、危ないんだ。連中は、チャラチャラ、遊びのように見せかけているが、本当は、真剣なんだぞ! 男女のあいだより、よっぽど激しい色恋沙汰になっちまうぞ。つまらねえ遊びなんか続けるって言うんなら、俺がお前の男になってやる。尻が裂けても構わねえのか! 」

めずらしく、酒にでも酔ったのか、頬が紅潮していた。端正で柔和な表情しか見た事のなかった俺は震えあがったよ。それでも、ガキの頃から15年の付き合いだ。

「お前なら、構わないよ」

余裕かまして言ってやった。悠一はギロッと俺をねめつけた。そして陰にこもった凄味の利いた声で吐き捨てる様に言ったものだ。

「武っ、これ以上、冗談言いやがると、ぶっ殺すぞ……」

俺は、今度こそ、本当に縮み上がった。

そう言う訳で、この時も、悠一のメリハリで、大学生らしい健全な陽の光の中に引き戻された。

芳樹とは、なんだか疎遠になって、気が付くと、奴は、ゼミに出て来なくなり、そのうちに退学して行方(ゆくえ)知らずになってしまった。


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