【番外編:side of Jack】失恋
開かれた扉に先立って入り、一瞬部屋を見回した。
両隣には扉を開いた近衛騎士、表情、服装、剣、異変なし。
テーブル、イス、チェスト、キャビネット、乱れなし。
カーペット不審な汚れなし。
妃殿下、姫殿下、拘束などなし。
一歩横にずれ、目礼することで安全の確認が取れたことを示せば、王太子殿下が入られた。
ガラス扉の向こうではウズウズとした様子で姫殿下が立っていらした。
「おかえりなさいませ、おとうさま。ほんじつも、ごこおむ、おつかれさまに、ございました!」
「ただいま、小さなレディ。今日もいい子にしてたかい?」
スカートを摘まみ、淑女の礼をとった姫殿下に、王太子殿下が優しく笑いかけられた。
嬉しそうにパッと顔を上げ、パタパタと走って姫殿下が持ってきたのはナオミちゃんが描いたであろう絵だった。
「ごらんになって!これ、わたくしよ!すごいでしょう!?」
「これはまた…」
珍しく一瞬驚いたように表情を崩され、また笑顔で姫殿下の頭を撫でた。
「すごいね。よく描けている」
「おかえりなさいませ。本日も御公務お疲れ様にございました」
「ああ、いま戻った。この絵、アルフォードに無理させた甲斐があったな」
「ふふふ。素敵な絵ですわね。素性のわからない画家だと聞いていましたのに、居室にまで呼ぶと伺った時は正直少し不安でしたけれど」
「だから、わざわざアルフォードに調査から全部担当させただろう。あいつ酒場まで出向いて調査したらしいぞ」
姫殿下を抱え、妃殿下とソファーに座られたので、その手元は見えない。
覗き込むわけにもいかないけど気になる。どんな絵なんだろうか。
「それでも素性がわからなかったではありませんか。殿下が描いてもらうと譲らなかったから、隊長自ら担当するならと無理をして下さったのですよ」
嗜めるような妃殿下の声に対し、王太子殿下はとても楽しそうに笑われた。
「アルフォードは反対を決定付けるために酒場まで行ったんだと思うぞ。戻ってみれば『自分が担当するなら』に変わったんだから、信頼に足ると判断した何かをあの画家に感じ取ったんだろうよ」
テーブルに戻した絵を姫殿下が手に取られ、お立ちになった。
「ごらんになる?これがわたくしで、これがおかあさま。こちらがおとうさまよ。すごいでしょう?」
部屋に居る近衛騎士に順に見せて回り、俺のところにも来てくださった。
「そっくりに描けておりますね。花冠もよくお似合いで、陽だまりの中にいらっしゃるようです」
満足そうに微笑んだ姫殿下は、また違う騎士に絵を見せに行かれた。
すごい絵で、流石ナオミちゃん!と思うのと同時に、こんな絵どうやって描いたんだろうとも思う。
居室で謁見なんてあまりに異例で、警備が大変だったって愚痴ってた同僚がいたような。
だから中庭にすら行ってないはずなんだけど。
…ま、後は追跡監視が終われば、気兼ねなくデートに誘える。
そしたらこっそりナオミちゃんに聞いてみよう。
◇
「なぁジャック。特別依頼の黒髪の画家って、最初に見つけたのお前だよな?」
「ん?そうだけど…なんで?」
「それってヤバそうな奴だったか?」
え?ヤバい奴?ナオミちゃんが?
「どういう意味だよ?」
漠然とした失礼な質問に眉根を寄せる。
「調査部の奴らが追跡監視してんだけど、えらく長いらしいんだよな」
「え?なんで?」
「それがわかんねぇから、お前に聞いたんだよ。口が軽そうだとか、頭がヤバそうだとか、なんか原因があるのかと思って」
「失礼なこと言うな。…普通、の女の子だったよ。口も固そうだったし、受け答えもしっかりしてた」
特別依頼を受けた人間は、依頼を口外して回ることがないか一定期間監視がつく。依頼客の振りだったり、外食の時に近くのテーブルに座ったりして監視するのだ。
特別依頼の内容を話そうとする素振りがあれば、騎士が再度警告を行う。
実際は警告というより脅迫に近いけど…まぁ普通はそれでビビって口外を止めることがほとんどだ。
でも、ナオミちゃんは警告が必要な子には見えない。
「え~じゃあなんでだろ。依頼も結構前だよな?」
「ああ。報奨授与もとっくに終わったはずだし」
「あ、それ。報奨授与も隊長が行ったらしいぞ。あと、なんか服を見せろって言ったらしくて、それも隊長が持っていったとか」
「え?そんな雑用みたいなことまでシュビック隊長が?」
報奨授与は文字が読める奴が持っていくもので、王太子殿下からの礼状を持ってくならシュビック隊長でもまぁ理解出来る。
でも、服をわざわざ隊長が?
「そうなってくると噂が本当なんじゃないかって気がしてこないか?」
「あ~シュビック隊長がナオ…画家さんが馬車から降りるときに手を出した上、案内するのにエスコートしようとしたってやつ?」
「そうそう!気のある女じゃなきゃ手なんて出さないだろ?
実はシュビック隊長がその女に気があって、少しでも情報が欲しいとか!」
確かに手を出すのは誰にでもする行為ではないけど…噂であって欲しいと思ってる。シュビック隊長が本当にナオミちゃんに気があったら、比べるまでもなく俺が負ける。
…噂、だよな?
「まぁ、あくまで噂じゃないか?」
「つまんねぇなぁ。そうだったら面白いじゃねぇか」
面白くねぇよ!とは思うものの、ナオミちゃんに気があるのがバレたら絡まれて面倒だ。適当に聞こえるよう返事をした。
「はいはい、悪かった悪かった。じゃ、おれ帰るから」
「おう、お疲れ」
帰りに広場を通っていると、ナオミちゃんがベンチに座っているのが見えた。
まだ追跡監視は終わってないから積極的に接触は避けるべきだけど…知り合いに偶然会ったら話しかけるのも普通だよな。
うんうん。
話しかけてみれば、外国に嫁ぐ娘さんのお祝いに依頼された絵を、どう描くか悩んでいるのだと言う。
色々話していると、ナオミちゃんも国を離れるのに家族から反対されたんだろうなと親近感が湧いた。
でも、俺のために絵手紙を考えてくれたし、自分も仲直りしたいと思ってるんじゃないんだろうか。
力になりたいと思っていると、俺の話を聞いたナオミちゃんからさっぱりした顔でお礼を言われた。
よくわからないけど、ちょっと仲良くなれた気がして、気分よく寮に帰った。
◇
疲れたぁ。風呂入りたい。
今日は訓練だけで警備担当はないから、さっさと帰って…
あ、月の光亭行こうかな。
追跡監視もようやく終わったらしいし、ナオミちゃん居たら一緒に酒でも飲んで。
よしよし、そうしよう。
顔には出さないように王宮の廊下を急いでいると、前からシュビック隊長が歩いてきた。
端に寄って敬礼し、通り過ぎるのを待つ。
「ミルシー、勤務終わりか?今から寮に戻るか?」
「はい。只今訓練を終え、寮に帰るところです」
「じゃあちょうどよかった。これ持って帰って、いる奴で食ってくれ」
わざわざ俺の前で立ち止まった隊長が、布袋をくれた。
この袋の刺繍見たことあるな。確か菓子屋だったような。
「よろしいのですか?この前もシュビック隊長からだと、菓子を貰いましたが…」
「ああ…買ってから日が経ったんだよ。期限が短いもん押し付けて悪いが」
「すみません、違います!みんな喜んでます。ありがとうございます。ありがたくいただきます」
最近度々隊長からだと菓子が差し入れられるんだよな。
買うにはちょっと高いし、みんな喜んでるけど。
隊長が貰ったものの、食べきれないのかと思ってたけど、今の言い方だとご自分で買ってるのか?
「お疲れ様」
「ありがとうございます!失礼致します!」
ま、なんでもいいか。
さっさと帰ろ。
「これ、シュビック隊長からの差し入れ。食堂に置いとくから」
「お?菓子か?」
「そうそう。最近よく貰うよな」
「慰労のつもりなんじゃねぇの?第二だけ、巡回指示出てるだろ?」
「ああ!そうかもしれないな」
最近、広場や公園なんかの人が集まるところ中心に、騎士団の制服で通って帰るよう指示が出た。
防犯に効果があるか調査中とのことで、今は第二騎士隊だけが巡回している状況だ。
「はぁ、警ら団の管轄な気がするがな」
「シュビック隊長の指示だから、俺達じゃわからない意味があるんだろうね。ま、おかげでタダで菓子食えるわけだし」
ひょいっと菓子を一つ取って言えば、同意が返ってきた。
「確かに!たかが食い物と思うとちょっと高いんだよな。隊長は惜しみ無く買ってるが」
「俺達の給料から考えても、隊長には安もんなんじゃないか?」
「…はぁ。出世してぇな」
「あはははは!」
その菓子を持って月の光亭に行ったけどナオミちゃんはいなくて、結局自分で食べることになった。高い店の菓子なだけあって美味しかったけど、食べさせてあげたかったなぁ。
◇
ちょっと寒いし、巡回、面倒だなぁ。マントを羽織ったら少しは違うか。
今日の担当はあの公園だから、もう着くな、と思ったその時。
「止まれ!」
公園の方から鋭い警告が響いた。
聞き覚えのある声に、走って公園に入る。
ざわざわとした人の騒ぎがあるが、声の主は見当たらない。
「止まれ!」
どこかの路地からもう一度聞こえた警告は確かにシュビック隊長の声だった。
事件か?何があった?
「その人を離し、投降しろ!」
続いた低い声に当たりをつけ、何本かの路地を覗き込む。
金属同士がぶつかる音がする。
クソッ!どこだ!?
目の前の男性が、1本の路地を指差した。
剣に手をかけ、急いでその道を走っていく。
この道は行き止まりだったはず…!
「シュビック隊長!どうかされた……ナオミちゃん!?」
追い付いた先にはシュビック隊長がいて、なぜか倒れ込んだナオミちゃんもいる。
その周りには男が3人伸びている。
「ナオミちゃん、大丈夫?」
つい隊長じゃなくてナオミちゃんに話しかけると、隊長が鋭い声を上げた。
「ジャック・ミルシー!」
「はっ!」
反射的に敬礼を取る。
「窃盗しようとした男達を捕まえた。お前はこいつらを連れていき、警ら団に報告を上げろ。俺はナオミを送っていく」
「はっ!」
返事をしたものの、状況もわからないから俺が警ら団に報告上げるのは難しいのですが、とか思ったけど言える雰囲気じゃない。
とりあえず革紐を取り出し、倒れた男達を後ろ手に拘束し武器がないか確認する。
その背後では、聞いたことのない隊長の優しげな声が……
「ナオミ、立てるか?」
「あ、はい…」
しかも、今、ナオミちゃんのこと呼び捨てにしなかったか?
「ミルシー!マントを貸せ」
「はっ!」
また鋭い声で俺の名前を呼ばれ、素直にマントを差し出した。
振り向きもせず受け取った隊長は、さっとナオミちゃんをくるみ軽々と抱え上げた。
「お、重たいですから。歩けます」
「重たくない」
頬を染めるナオミちゃんに短く返答すると、目線だけで後始末しろと俺に指示して立ち去って行った。
……あれ?マジでシュビック隊長、ナオミちゃんのこと…?
……………ダメだ…勝てる要素がなにもねぇ……。
その背中を無言で見送り、くるりと振り返った。
「ほら!立て!自分で歩くんだ!」
八つ当たりのように3人に怒鳴り、警ら団に連れていった。
後日被害者であるナオミちゃんに報告しに行った時も、これ見よがしにシュビック隊長が横にいて、俺の淡い恋は終わったことを理解した。
その後、王宮では色々なことがあった。
第二王女殿下の縁談がまとまったかと思えば、王弟の反乱が起き、騎士の中に裏切り者がいたために寮に缶詰にされた。
ようやく解放されたかと思ったら、なぜかシュビック隊長のご結婚が決まっていた…。相手はもちろんナオミちゃん…。
なんでだ?カイド王国に行ってた時か?
でも、戻ってから王宮から一歩も出ないような生活してたよな?
うまくいかなかったのかとちょっと期待したら襲撃事件だったし。一体いつ………いや、よそう。
ナオミちゃんが幸せならいいさ。隊長ならナオミちゃんを幸せにするだろうし。
…………はぁ。なんでよりにもよってシュビック隊長だったんだろ。
◇
雲一つなく晴れ渡った青空に、温かな風が背中を押す。
シュビック隊長の結婚式ということで、すごい人数が集まることになった。
第一陣になった俺が月の光亭に着くとすでに結構な人数がいて、時間前には店は紺色の制服で埋め尽くされていた。
酔わない程度にちびちび酒を飲みながら待っていると、正装をしたシュビック隊長と、白いドレスに身を包んだナオミちゃんが現れた。途端にワァっと声が上がる。
「隊長!おめでとうございます!」
「シュビック隊長~!おめでとうございます!」
「アルフォード!美人な奥さん捕まえたな!」
口々にお祝いの言葉を叫ぶと、ナオミちゃんがちょっと驚いた表情をした。
その背中に手を伸ばすシュビック隊長…
「おい。おい!誰だあれ!?本当に隊長か!?あンな優しい顔見たことねぇんだけど!」
大きな小声で隣の奴から肘で小突かれ、溜め息をついた。
「逆に、なんでお前が優しい表情見せてもらえると思ってるんだよ!」
「たしかに…」
静かになったので目線を2人に戻せば、ナオミちゃんが隊長に笑いかけたところだった……。
やっぱり可愛いな。こんなむさい奴らに囲まれれば、緊張くらいするよね。
「シュビック隊長!ナオミちゃん!おめでとうございます」
少しでも緊張がとければと周りに負けないよう声をはりあげた。
声が聞こえたのか、ナオミちゃんはパッと顔を上げて、確かに俺の方を向いて小さく手を振ってくれた。
嬉しくなって大きく手を振り返せば、隣に並ぶシュビック隊長と目が合った。
その視線は今まで感じたことがないくらいの殺気を含んで、「俺のナオミに話しかけるな」と言っている。
一瞬で手を引っ込めた俺の笑顔は、たぶん引きつっていたと思う。
並んで座った2人に、みんなが祝福の声をかけていく。
ずっと笑顔を崩さず、丁寧お礼を言うナオミちゃんを見て、幸せになって欲しいと心から思った。
最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
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