21.会いたい人
その日はどこに行っても同じ話題が、少しずつ違う内容で何度も繰り返されていた。
「国王暗殺未遂」
共通するところだけを拾えば、それは昨日の晩のこと。
隣国の王家との婚姻をよく思わない王弟派が、国王をはじめ王太子を含む王家の者を暗殺しようとした。
近衛騎士団の働きによって未遂に終わったが、犯人達の中には逃げた者もいて全騎士団を挙げて捜索している。
◇
夜告げの鐘が鳴ってから、月の光亭に行った。
「リックさん!ルドルフさん!」
お目当ての2人をカウンターに見つけ、隣に座る。
「よう ナオミちゃん」
「あの、事件のこと何か知ってますか?」
挨拶もそこそこに聞きたかったことを切り出した。
リックさん、ルドルフさん、そしてエドワードさんは顔が広くかなりの情報通だ。私の知りたい情報も知っているんじゃないかと期待する。
「あぁ 気になっちゃいるんだが、不確かな情報が多くてな。とりあえず、王族に怪我人はでなかったし、王弟は捕まったらしいぞ」
答えてくれたのはリックさんだ。
「あの、近衛騎士団の方は?」
「門番や外警備の奴らが何してたかはわからねぇが、王宮内にいた騎士達で私兵を食い止めたって話だな」
「騎士団の方に怪我とかは…?」
「街の医者も王宮に呼ばれたって言ってたから、そこそこ出てるだろうな」
「死者も出たらしいぞ」
「え!?ほんとか!?」
ルドルフさんの言葉に背筋がぞくりとする。
「なんで…そんな…」
どうして事件が起こったのかを聞かれたと思ってか、ルドルフさんが話を受け継ぐ。
「ちょっと前に第二王女様がカイド王国の第三王子と結婚するって話が決まっただろ?輿入れするのか婿に貰うのかははっきりしなかったが。結婚して男が産まれりゃ王弟より継承権は上になるからな。今しかねぇって焦ったんだろうな」
「ああ つい先日までお祝いムードだったのにな。なんでも、扮装して外交に来た第三王子を王女様が見事に見抜いて、それからトントン拍子に話が進んだって」
「え?」
私が依頼を受けたのは、第三王子の顔を描くことだった。
「あれ?それも知らねぇのか?カイド王国から外交団が来ててな。第二王女様が謁見をしたんだよ。で、その時第三王子として挨拶した男がいたんだけど、王女様はそいつを無視して補佐官に丁寧な挨拶をした。
『失礼だ』とうちのお偉いさん達が嗜めるなか、王女様は『王族に挨拶をしない方がよほど失礼でしょう』ときっぱり言い切った。
蓋を開けてみりゃ、本物の王子は補佐官で、王子を名乗っていた奴が補佐官だった。王子は驚くわけだよ。そりゃそうだな、バレねぇと思ってたんだろうから。
『なぜ気づいたんだ』と問う王子に、『以前お会いしましたから、覚えているのは当然です』って微笑んだ。
しかし、だ。その会った以前っていうのは王女様が10歳だか位の幼い時の1回きり!すげぇだろ?そんな時のことを覚えてくれてるんだぜ?
それに感動した第三王子はトントントントンっと!結婚を決めたわけだよ」
嬉しそうに身ぶり手振りで説明してくれたリックさんの話しに、足元がぐらりと揺れた。
たぶん、私が依頼されて描いた絵を見て王女様は王子様の変装に気づいた。絵を見ていなければ気づかなかったんじゃないだろうか。
そして、気付かなければこんなに急に結婚話が進むこともなく、暗殺未遂なんて起きなかったんじゃ?
「ナオミちゃん?大丈夫か?顔が真っ青だぞ」
ごはんを運んできてくれたエドワードさんが驚いたように声を上げた。
「大丈夫、です」
「いや、大丈夫じゃないだろ。今日は帰った方がいいよ」
「だいじょうぶ…。あの、他には何かわかってますか?」
「え?ええっと…逃げた奴らもいて、近衛騎士団が警ら団と一緒に追ってるって話だな。カイド王国との結婚話にも影響はなし、このまま進むと思う。ナオミちゃん、帰った方がいいよ」
リックさんは早口にそう言って、私に帰るように促した。
何かわかったら、必ず教えて下さい。とお願いしてお店を出た。
足は動いているけど、グラグラする。
息がしにくい。視界が揺れる。
どうにか部屋に戻り、ベッドに倒れこんだ。
カイド王国に行った時、アルフォードさんは様子がおかしかった。
可愛いとか、好きだとか、いつもより多かった気がする。
難しい顔で考え込むことが多かった。
描き上がった途端、早く帰りたがった。
シュリシュに戻ってきてから会えていない。
王女様はカイド王国の王子様と…私が絵を描いた王子様と結婚が決まった。
そして、今回の事件…。
騎士団の人は怪我をしたり……
カイド王国でのアルフォードさんの言葉が頭に浮かぶ。
「男は俺だけじゃない。俺がいなくなっても」
強く首を振って、考えないようにする。
だって、だって。
もし、この言葉が今回の事件を想定して言ったんだとしたら?
自分がいなくなる可能性を考えていたとしたら?
枕に顔を沈め、大声を出す。
くぐもった声にしかならないうなり声を上げ、胸の苦しさから逃れようとする。
息が出来なくて苦しい。胸が締め付けられて痛い。
辛い。辛い…!
アルフォードさんがいない。
私に向ける優しい目が。
目を細めて笑う優しい顔が。
そっと伸ばされる手の温もりが。
…返事もしてないのに…
待ってると言ってくれた言葉を信じてたのに。
違う。大丈夫。
アルフォードさんは騎士隊長だもの。
逃げた人の追跡とか、何かの後始末とか、忙しいだけ。
そうだよ。私がひったくりにあった時も3人相手だったのに、あんなに強かったもの。
大丈夫、大丈夫。
◇
それから何日たっても、アルフォードさんには会えていなかった。
泣き暮らすにも情報が無さすぎて、もて余す感情をごまかしながら、日々を送っていた。
月の光亭に行っては続報を期待する。
でも、教えてもらえる情報は王族の情報ばかりで、騎士団の、しかも個人の情報は全くなかった。
逃げていた人たちは全員捕まったと聞いたのに、ジャックさんも他の騎士団の人も見かけない。
死者や怪我人が出たのはほとんどが王弟の私兵側で、騎士団の被害は少ないんじゃないかと言われてるけど、本当はどうなっているのかわからない。
夜ベッドに入ると、アルフォードさんのことしか思い浮かばない。
なぜ、私は返事をしなかったんだろう。
突飛のない異世界転移話も、全く疑うことなく信用してくれた人なのに。
真っ直ぐにずっと私に想いを伝えてくれた人なのに。
ただ側に居てくれるだけでいいと言ってくれた人なのに。
…側に居たいと思った人なのに…。
◇
事件の話もあまり話題に上がらなくなってきた。
王都はいつもの時間を取り戻している。
私も依頼を受け、絵を描き、ごはんを流し込んでベッドに入る単調な毎日をこなしている。
夕方扉がノックされ、急いで扉を開けた。
そこに居たのはトムさんだった。
ため息や落胆が顔に出ないように、にっこり笑った。
「こんばんは。どうされました?」
「こんばんは。ナオミちゃん、今日の夜は仕事があるか?」
「いえ、なにもないですよ」
「そうか。じゃあ、宝箱まで付き合ってくれないか?」
「大丈夫ですけど、どうかしたんですか?」
「いや、りんご酒をご馳走しなきゃいけないのに、全然会えてなかったからさ。時間があるなら飲もうぜ」
断りきれず宝箱に向かうと、ケントさんが迎えてくれた。
「ナオミちゃん、久しぶり!トムの絵見せてもらったよ。エリーゼちゃん、向こうでも幸せそうでよかった」
ケントさんにそう言われ、帰ってすぐトムさんに渡して、そのままにしてたことを思い出す。
騎士団の情報が知りたくて月の光亭にばかり行ってたな。
ちゃんと他のお店にも顔を出さなきゃ。
「はい。とっても幸せそうでしたよ」
「絵の代金は払うって言ってんのに、ナオミちゃんからの結婚祝いだって言って受け取ってくれないから、りんご酒奢り続けなきゃいけなくなったぜ」
トムさんが隣に座った。
「まぁ 安心出来たがな」
ポツリと言うトムさんに笑いかける。
「なぁ、ナオミちゃん。俺からするとナオミちゃんも自分の娘くらいの歳なんだよ。心配くらいさせてくれ」
突然そう言われ、ごまかそうかと思ったけど、トムさんは真剣な様子で、ごまかすのも失礼だなと思う。
どうしようかな。
「シュビック隊長は関係してるか?」
急に出たアルフォードさんの名前にどくりと心臓が鳴る。
「え?」
「あ~気を悪くしないでくれ。街中で一緒にいるのを見かけたり、俺を含めなんとなく気づいてた奴はいるんだよ。でも、娘の恋愛に首突っ込むような野暮な真似はしたくなくて、皆何も言わずに見守ってて」
言われてみれば、街中で手を繋いだり、一緒に食事したりしてたんだから気づく人は気づくよね。
私が頷いたことで、トムさんは話を続ける。
「んで、今街中で騎士団の人間をあまり見かけないんだろ?
ナオミちゃんは無理してるのがわかるくらい元気がないし。
だから、シュビック隊長関係かなと思ったんだが」
「…そうですね。会えていなくて、とても心配なんです」
「ナオミちゃん、あの角にいる白髪の男」
目線の先にはお酒を1人で飲む男性がいた。
「あの男に、トムから話を聞くように言われたって話しかけておいで」
「え?」
「話しかけたらわかるから」
にっこり笑って立ち上がったトムさんは、そのまま帰っていった。
よくわからないけど、トムさんを信用して男性に話しかける。
すると、他言無用だと念押しされて、私が1番欲しかった情報がもらえた。
今、近衛騎士団の人間を見かけないのは、全員精査されているから。
事件の日、一部の騎士が裏切ったために王宮内深部への侵入を許してしまったため、他に密偵がいないかを調べている。
そして、騎士の中で出た死者はその裏切り者で、他の人は怪我人はいても死者は出ていない。
「話せるのはこんなもんだ。言いふらすんじゃないぞ」
と残して男性も帰っていった。
…よかった。少なくとも、アルフォードさんは生きてる。
会いに来れないのか、会いに来ないのかはわからないけど、それでも生きてる。
浮かんだ涙を手で拭って、ケントさんに声をかけて帰ろうとしたら呼び止められた。
「少しはいい情報が聞けたんだろ?飯だけは食っていきな。俺がご馳走するから。元が細いのに、食べないと体が持たないぞ」
色んな人に心配をかけていたことを反省して、ありがたくご馳走になった。
◇
少しだけ心が落ち着き、またしばらく日がたったある日。
ノックの音に扉を開くと、アルフォードさんが立っていた。
諦め気味だったところでの突然の出来事に呆然とする。
「…また夢?」
「俺は、いい加減夢以外でナオミに会いたい。連絡も出来ずすまない。入れてくれるか?」
柔らかな声に頷いて、扉を開いたまま体を横に寄せる。
部屋に入ったアルフォードさんはパタンと扉を閉め、そっと私を抱きしめた。
私もその背中にそっと手を回す。
布越しに伝わる温かさ。規則正しく響く心臓の音。石鹸の香りがふんわりと漂い、夢ではなく現実なのだとじわじわ実感が湧いてくる。
「会いたかった」
「私も、です。…待ってたんです…心配で…」
「心配をさせてすまない。待っていてくれてありがとう」
回された腕にぎゅっと力が入った。
嬉しくて私もぎゅっとし返せば、アルフォードさんがビクッと強張った。
え?なに?
「…アルフォードさん?」
「……ちょっと、な」
ゆっくり離れようとした体に、顔を預けるようにくっつけばまた腕が背中に回され温もりが戻ってきた。
「ちょっと、なんですか?」
「…あ~背中に、少しだけ怪我をしてな」
言いにくそうに言葉を詰まらせるアルフォードさんを、じろりと見上げる。
「いや、大したことはないんだがな」
珍しく視線をさ迷わせるアルフォードさんに、心配で色んな言葉が浮かぶ。
でも、それを飲み込んで私はまた顔を埋めた。
怪我は心配でたまらない。痛がり方からいっても少しの怪我じゃないのは予想出来る。
それでも、生きて、会いに来てくれた。
それで十分だ。
「会いに来てくれて、ありがとうございます」
ぎゅっと抱き締められる。
「………好きです」
「え?」
恥ずかしい。けど、言わずに後悔するのはもう嫌だ。
体を少しだけ離してアルフォードさんを見上げた。
「アルフォードさん、大好きです」
「………っ!」
にっこり笑えば、アルフォードさんの耳が少し赤いのに気付いた。
「ナオミ…!」
苦しいくらいに抱き締められる。
私も肩に添えた手に力を込める。
そっと体が離され、アルフォードさんの顔が近付いてくる。
どうしていいかわからず、きゅと目を閉じた。
「ナオミが、俺の妻か…」
感極まったように言われた言葉に、思わず目を開けて手で顔を止めた。
え?今なんて?
「え!?」
「ん?」
超至近距離にアルフォードさんの顔がある。
イケメンだな。…いや、そうじゃなくて。
「今なんて?」
「ん?ナオミが俺の妻になるのか、と」
んん?妻?
いや、アルフォードさんは好きだけど。
アルフォードさんからも好きだと言われたけど。
あれ?妻?
「結婚はしてくれないのか?」
「好きだとは言われましたが、結婚、ですか?」
「好きだと言ったんだから結婚だろう?」
お付き合い、とかではなく結婚?
あ、こっちの国ではそれが普通ってこと?
いや、確かに好きだし特に別れる予定とかはないけど…
「まだ日本に帰りたいか?」
少し不安気な目線が降ってきた。
「いえ、日本には…正直あまりもう未練はなくて。
アルフォードさんに会えなかった間、たくさん考えたんです。
日本に今、帰れたとして。
アルフォードさんがいない世界で昔のように生活をするのと、日本に帰れなくてもアルフォードさんが居てくれる国で生活するのと、どちらがいいか。
そうしたら、目をつぶって浮かんだのはアルフォードさんでした。
日本の便利な暮らしや、仕事や友人や…父親ではなく、アルフォードさんが1番に浮かんだんです」
そう。日本に帰れなくても、アルフォードさんが居てくれるならそれでいい。
「ナオミ…ありがとう」
嬉しそうに笑うアルフォードさんの顔が直視出来ず、そっと下を向く。
「でも、それならばなぜ?俺と結婚するのは嫌か?」
「それは違います!日本では…告白をされたら、まずはお付き合いするんです。そこからプロポーズされて、結婚、という流れなので…なんか…えーっと…」
「よくわからないが、結婚の前になんらかの期間があるということだな?」
「そうです!」
「それは、なんのために?」
「え?え~お互いをよく知るため?」
「告白する前によく知り合うべきだろう」
「いやそうですけど…え~っと…」
「…ナオミは、俺と結婚するのは嫌か?」
「いえ、単に…その、心の準備というものが…」
モゴモゴと口ごもると、アルフォードさんが少し困ったような顔をした。
「随分、待ったと思ったんだがな…。
ナオミ、中に入っていいか?」
「あ、はい、もちろん」
手を繋がれて、短い廊下を抜けるとアトリエのソファに座らされる。
座った私の前にアルフォードさんが跪いて片手を出した。
「ナオミ・タグチ嬢、私を夫としナオミ・シュビックとして生涯を共にしてもらえませんか?」
うわぁぁぁぁ!!プロポーズだ!アメリカンスタイルだ!
ヤバい、アルフォードさんめっちゃ似合う!
映画のワンシーンのような光景に、心の中は大興奮だ。
顔を赤くして口をパクパクするだけで返事をしない私の手を、アルフォードさんが掬った。
その手を両手で包み込み、見上げるように目を合わせた。
「ナオミ、急かして悪いとは思う。だが、今回のことでわかったんだ。俺はナオミの側にいたい」
真剣な目に吸い込まれる。
「ナオミ、俺と家族になってくれないか?」
その言葉は、胸にすとんと落ちた。
さっきのプロポーズも格好よかったけど、私はアルフォードさんと家族になりたいと思った。
でも…家族と聞いて引っ掛かったことがある。
「私もアルフォードさんと家族になりたいです。でも…私は子どもを持つのが怖いです。きちんと育てられる自信がありません」
普通に子どもに愛情を注いで育てるということが、私に出来るんだろうか。
母に注がれた愛情の記憶はあるけど、もうそれも記憶に遠い。
「俺は子どもが欲しくてナオミと結婚したいわけじゃない。ナオミが笑って側に居てくれるだけでいい」
「でも…子どもが出来たら?」
「子どもが出来たら…悪いが産むまでは頑張って欲しい。
産んでナオミが育てられないなら、世話は乳母を雇って、俺が2人分の愛情を注ぐ。ナオミの子どもならきっと可愛いだろう」
「そんなの、可哀想ですよ。片親からの愛情しか感じられないなんて。ダメですよ…」
産みました、育てません。なんて…ダメじゃない?
片親からの愛情しか感じられないなんて、子どもが可哀想だ。
「ダメじゃない。誰にもダメなんて言わせない。
乳母を雇うくらいの稼ぎはあるし、無理に母親になろうとしなくていい。
ナオミが友だちの子を見るような対応でも、俺が可哀想な思いなんてさせない。約束する。
ただ、俺の側に居てくれるだけでいいんだ。それ以上のことは何も望まない。
ナオミ、俺と家族になってくれ」
小さな子どもが嫌いなわけではない。アルフォードさんは嘘をつかない。
子どものことは不安だけど、私はこの人と家族になりたい。
アルフォードさんの真剣な眼差しに、こくりと頷いた。
「私、アルフォードさんと家族になりたいです」
アルフォードさんは優しく目を細めて、ぎゅっと抱き締めてくれた。
近付いてくる顔に今度は静かに目を閉じると、そっと口に柔らかいものが触れた。




