20.文明の利器万歳
民族衣装で外に出ると、街中がお祭りムードに包まれていて意味もなく楽しくなってくる。
シンディさんは馬車の関係で一緒には来ていないので、アルフォードさんと2人だ。
「はぐれないように気を付けるんだぞ」
キョロキョロしながら歩いていると、アルフォードさんが手を繋いでくれた。
デートみたい。んふふふふ。
パレードまでは出来ることもないので、お店に入ったり、出店を覗いてみたり思い切り楽しんでいる。
途中でコーヒーを見つけ、多めに購入した。
みんなにお土産を買った方がいいかな、なんて考えているとアルフォードさんの笑い声が降ってきた。
「今日だけで描くのは無理だろうから、どうせ明日からも街中を見て回れるぞ。買いたいものがあるなら、首都に行ってからにしたらどうだ?」
「すみません、つい。買い物なんて付き合わせても楽しくないですよね」
「いや、ナオミが隣に居れば俺はなんでも楽しいぞ」
また恥ずかしげもなくそういうことを言う!
「私も…アルフォードさんといるの、楽しいです、よ?」
頑張ってそう言えば、アルフォードさんは少し驚いた顔をした後蕩けるような笑顔を浮かべた。
「ナオミ、愛してるよ」
赤くなった顔を片手で隠し俯いていると、更に言葉を続けた。
「でも、男は俺だけじゃない。ナオミは魅力的だから、俺がいなくなっても、変な男に捕まらないようにな」
不穏な言葉にバッと顔を上げれば、アルフォードさんは笑って私の頭を撫でた。
「もしも、の話だ。そんな難しい顔をするな」
なんだろう。違和感を感じる。
でも、聞いても答えてはくれないように思う。
言葉がでないまま、アルフォードさんから違う話題を振られてあやふやにされた。
「もうすぐ来るぞ」
パレードが通るという道の両脇に壁が出来るほど多くの人が集まっている。
一応道側の1番前を確保して、ブロックメモと小さな鉛筆を隠し持つ。
押されるくらいすぐ後ろに人がたくさんいるので、不用意に描くのは憚られる。
まだ見えない前方の方で歓声が上がった。
私は掛けていたバッグからこっそり携帯を取り出し、電源ボタンを押す。
こっちに来て、使えないとわかってから電源を切ったままにしてたんだよね。
もう充電ないかな?カメラ機能が使えれば、その写真から絵を立ち上げられるんだけど。
真っ黒だった画面に光が灯った。
ついた!
しかも充電まだ3つもある!
歓声が近づいてきて、馬が何頭か見える。
「来るぞ。前から3台目の馬車に乗っている。赤い上着に金色のベルト、赤銅色の髪の男が第三王子だ」
言葉の通り、3つ目のオープンカーみたいな馬車に男性が乗って、優雅に手を振っている。
胸の前に組んだ手に携帯を隠し、カメラを立ち上げカシャカシャと何枚も写真を撮る。
機械音は歓声でかき消され、小さな電子機器に気付いた人はいない。
「アルフォードさん、急いで馬車に戻りましょう」
充電が切れる前に描いてしまわないと!
「ああ」
迷いなく進むアルフォードさんに付いていくと、シンディさんと馬車が見えた。
「お疲れ様です」
頭を下げて、シンディさんがサッと開けてくれた扉から馬車に入れば、中はお願いしていた通りに調えてくれていた。
床には座り込めるように膝掛けが敷かれ、座面には大きな木紙が置いてある。
窓も扉も全開にされているので、絵を描くのに不便はないくらいの明るさだ。
紙を取り出し、木紙とクリアファイルを下敷きに、携帯を見ながら絵を描いていく。
アルフォードさんとシンディさんは馬車に入らずに、覗かれたりしないように周りを警護してくれているようだ。
私は一心にシャーペンを動かしていく。
ちょいちょい画面が消えるのが面倒だ。
服はどうでもいい。何となくの体格はあった方がいい?
あ、やばい充電が1個減った。
この携帯古いからすぐに充電がなくなるんだよね。
「出来た!」
危なかった。充電あと1つしかなかった。
「ナオミ?」
「ナオミ様?」
外から2人の声がかかった。
携帯を隠し、返事をする。
「お2人ともありがとうございました。出来ました」
「お疲れ様。少しは描けたか?残りはまた明日_」
「あ、いえ描き上がりました」
満面の笑顔でそう言うと、2人が眉を寄せた。
「は?」
「え?」
「描き上がりました。どうですか?」
ピラッと描いた絵を見せると、今度は目が見開かれる。
シンディさんはその目のまま、アルフォードさんに顔を向けた。
「…シュビック隊長?」
「……間違いなく第三王子だ」
私はもう一度にんまり笑った。文明の利器って素晴らしい。
今日の宿に向かうためまた馬車に揺られる。
「ナオミは、一瞬見ただけの人間をあんなにそっくりに描けるのか?」
「いえ、無理ですよ。今回は特別です」
「特別?」
「はい、日本はこの世界より進んだ文明があって、人の姿を一瞬で絵にする技術があるんです」
わからない、といった風な表情を見て、補足する。
いつもの絵とは別物であること。
今回使ったことでその道具はもう使えないこと。
「あまりよく理解出来ないのが申し訳ないが…とりあえず描き上げてくれてありがとう」
「いえ、無事に描けてよかったです。今日は泊まって、明日には帰りますか?」
「いや…このまま予定通り首都のパレードまで見てから帰って欲しい」
見てから帰ろう、じゃなくて見てから帰って欲しい?
「アルフォードさんは?」
「え?」
「見てから帰ろう、じゃなくて見てから帰って欲しい、って言いましたよね?
アルフォードさんは?見て帰らないんですか?」
「あ…」
言い淀んだところを見ると、無意識だったんだな。
やっぱり様子が変だ。
カタンと鳴って馬車が止まった。
コンコンと前の小窓がノックされる。
何も言わないまま、アルフォードさんが先に降りた。
私も続いて降りて、気まずい雰囲気で受付を手伝う。
部屋で服や布袋を準備して、ごはんに出かけようとしたアルフォードさんを呼び止めた。
「大丈夫ですか?」
「…何がだ?」
「…………」
無言で見つめると、アルフォードさんが深いため息をついて、口を開いた。
「大丈夫だと信じているが、大丈夫じゃないんじゃないかと不安なんだ」
「どういう意味ですか?」
わけがわからず聞き返しても、困ったように眉を下げるだけで、答える気はないようだった。
「では、どうしたら不安じゃなくなりますか?」
「どうしたら…?」
「はい。さっき『見て帰って欲しい』って言いましたよね。私が予定通りの行動をしてからシュリシュに帰れば、不安じゃなくなりますか?」
考え込むアルフォードさんに、言葉を続ける。
「では、私が予定通りだとしたら、アルフォードさんはどう行動したら不安じゃなくなりますか?シュリシュに先に帰られますか?」
「…先に帰る…?」
「シンディさんも一緒に先に帰る方が安心ですか?」
「いや、クロートにはこのまま馬車を走らせてもらったほうが」
「シンディさんには。ってことは、やっぱりアルフォードさんは帰りたいんですね?」
「あ、いや…」
あ~もう!まどろっこしいな!
「押し問答のこの時間が勿体ないです!アルフォードさんはどうしたいですか?私にどうして欲しいですか?」
腕を組んで考え込むアルフォードさんの返事を待つ。
少しして、ゆっくりと迷うように話始めた。
「…ナオミには、このままあの馬車で予定通り移動して欲しい。俺は…出来れば夜半に出てシュリシュナに帰りたい」
「今すぐに帰り始めなくていいんですか?」
「ああ。夜半の方が目立たないからな」
「わかりました。シンディさんには、アルフォードさんが話してくれますか?私はシンディさんとあと4日パレードを追い掛けて、それからシュリシュに帰ります。では、帰るまではまだ夕飯と温泉がありますから、そこまでは一緒に楽しんでください」
笑顔でまとめれば、アルフォードさんが少しほっとした顔をしているように見えた。
「ナオミ、ありがとう」
下に下りてシンディさんと合流し、アルフォードさんがシンディさんに説明を始めたので、私は聞こえない位置に下がる。
シンディさんが神妙な顔で頷いて話が終わったようだ。
3人でお店にごはんを食べに行き、また家族風呂のような温泉にシンディさんと入り宿屋さんに戻った。
「まだ出なくていいんですか?」
「ああ。ナオミが寝て、真夜中になったら馬で帰る」
「馬、乗れるんですね」
「騎士だからな」
驚いて聞き返した私にアルフォードさんがふっと笑った。
そうか、そうだよね。
移動手段が馬なんだろうし、そもそも騎士って馬に乗って戦う人だったかな。
「はぁ このままナオミと居たいな」
そう言って自然に体に回された腕に、嬉しいけどやっぱり動揺する。
これ、慣れる時って来るのかな。
「だ…ダメですよ」
「ダメなのか?」
「え?いや、ダメ、じゃないですけど…。
いや そうじゃなくて!帰らなきゃいけないし、この絵も持って帰るんですよね?」
「そうか、ダメじゃないか」
声色でからかわれてるのがわかる。
「アルフォードさん!」
恥ずかしいのをごまかして軽く体を押すと、ぎゅうっと力が込められた後ゆっくりと体が離された。
「仕方がない。同じベッドで寝ることも出来なかったが、先に帰るか」
「何日いても、寝ませんでしたよ!」
「ナオミ?」
「はい?」
「ありがとう」
そうしてベッドに入り、うとうとしているとアルフォードさんが側に来た気配がして、頭がさらりと撫でられた。
翌朝目を覚ますとアルフォードさんは居なくなっていた。
少し寂しさを感じながら、準備を済ませて馬車に向かう。
シンディさんと待ち合わせし損ねたから、それが1番わかるかなと思って。
同じ考えだったのか、シンディさんがすでにいて、馬の毛並みを整えていた。
「おはようございます、シンディさん」
「ナオミ様、おはようございます。今日からは、私が案内することになっています。不馴れですがよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そこからは、女子旅のようにムダにはしゃいでカイド王国を満喫した。
馬車に1人は寂しくてシンディさんの隣に座らせてもらうと、意外に風が強くて寒かった。
エリーゼさんの所に行くとご夫婦で歓迎してくれ、旦那さんと、カイド王国の服を着たエリーゼさんが笑っている絵を描いた。
エリーゼさん情報を元に、お土産も買った。シンディさんも買っていて、外国での買い物は楽しかった。
お互いアルフォードさんの名前は出さなかった。
泊まる宿はすべてベッドが2つあって、シンディさんは馬車の近くの部屋に泊まる必要があるとかで、1人でその部屋を使うのが少し寂しかったくらいで、他は予定通り進み約2週間でシュリシュに無事に帰って来た。
この時はまだ、すぐにまたアルフォードさんに会えると思っていた。
籠った空気を入れ替えるのに窓を全開にした。
部屋を通る風が気持ちよくて、ああ 家に帰ってきたなと実感する。
「こちらでよろしいですか?」
「はい、そこに置いておいてもらえれば自分で片付けます」
行く前よりずいぶん増えた荷物を馬車から運ぶのに、シンディさんが全部持ちますと言ってくれたけど、半分だけお願いした。
「ありがとうございます。助かりました」
「ナオミ様もお疲れ様でございました。ゆっくりお休みください」
頭を下げたシンディさんを見送った。
荷物片付けるのは明日でいいや。
ちょっと疲れたな。
アルフォードさん、大丈夫だったかな。
ベッドに潜り込むとすぐに眠った。
次の日からいくら待ってもアルフォードさんに会えなくなった。
今まではアルフォードさんが会いに来てくれていたから、会えていただけだったと実感したのはすぐだった。
騎士隊長である立場では、それがどんなに大変だったかを考えたこともなかった。
携帯やメールはおろか、電話すらないこの国では会いたい時に会えるとは限らないんだ。
帰ってから会えないまま、報奨を全然知らない騎士団の隊員さんが持って来た。
いくつかの箱を部屋に入れ、書状をくれたその人にアルフォードさんの様子を聞いてみた。
だけど、
「隊長の動向を、一般の方にお話するわけには参りませんので」
とすげない返事が返ってきただけだった。
それからまたしばらく経っても会えなくて、もしかしたら会えるかな、と思って騎士寮にも初めて行ってみた。
くるりと柵で囲われた大きな寮で、正門の受付の人にアルフォードさんをお願いすると「どんな関係者か」と聞かれ迷う。
「知人です」と応えると明らかにため息をつかれ「名前だけは伝えておきますね」と言われて帰された。
ジャックさんも見かけないし、積極的に営業に行く気にもなれず、部屋で過ごすことが多くなった。
それでもアトリエに依頼に来てくれる人はいて、描いている間だけは集中できるから、片っ端から依頼を受けた。
すれ違いが恐くて、アトリエで描けるものばかりだったけど。
ジリジリと不安や焦燥感を感じながら、お仕事だけはこなす日々を送った。
お仕事が忙しいだけだ。
それとも何かあった?
……私、旅の間何かしたかな…。
いやもし嫌いになったなら、そう伝えてくれるくらいの誠意は持ってる人だ。
アルフォードさんに会いたいということしか考えてなかった私は、判断を誤った。
きちんと営業に行き、いつものように色々な所で情報を収集すべきだった。
そうすれば、もう少し早くアルフォードさんの状況に気付けたかもしれない。
直接会えなくても、手紙を書いて渡すとか他の方法を取れたかもしれない。
それは、寝耳に水の出来事だった。




