19.もう旅行だよね
朝告げの鐘で目を覚ますと、知らない天井が目に入る。
ああ 旅行中だな、とぼんやり思っていると
「ナオミ?起きたのか?おはよう」
とアルフォードさんの低い声が聞こえて思わず飛び起きた。
「お、おはようございます…」
布団を顔半分までゆっくり持ち上げ、髪を手ぐしで整える。
私、今どんな状態なんだろ?
ボサボサのよれよれだと思うんだけど、どの程度のボサボサかわからない。
寝坊したわけではないはずなのに、アルフォードさんはすでに服も着替えて準備万端に見える。
「俺がいたら準備しにくいだろう?先に下に行って、御者と今日の予定を話してくるから。準備が出来たら下に降りてきてくれ。一緒に食事にしよう」
「わかりました」
私に鍵を渡して、アルフォードさんは部屋から出ていった。
着替えたいしトイレに行きたいし、ちょっと気まずいなと思っていたのでほっとした。
出来るだけ急いで準備をして1階に行くと、アルフォードさんが運転手さんとテーブルについていた。
「ナオミ!」
私に気付いたアルフォードさんが笑って手を上げる。
「シンディさん。おはようございます」
「おはようございます、ナオミ様」
運転手さんに挨拶をする。
昨日は気付かなかったけど、ラフな格好から覗く体つきはしっかり筋肉がついていて、騎士さんなのかなと思う。
アルフォードさんの同僚の方なのかな。
2人が今日の工程を話すのを聞きながら朝ごはんを飲み込み、すぐに出発となった。
また馬車に2人でゆられていると、国境を越えたのかシュリシュとは形が違う建物がちらほら見えるようになってきた。
少しの期待を込めて、アルフォードさんにカイド王国の料理を聞いてみると主食はパンと麺だと言われ、お米は夢に終わった。
あからさまに落胆していると、探してみておこう、と言われたのでお願いします!と強く返した。
順調に進んでいるとのことで、お昼ごはんはカイド王国の料理。
うどんより細くて素麺より太い小麦の麺は、澄んだスープにゴマ風味で美味しかった。
パスタ以外の麺を久々に食べた気がする。醤油だしならなお嬉しかったのに。
また馬車に戻り、これからの予定が説明された。
今日は午後も移動で、明日パレードが行われる街に泊まる。
明日からはパレードを追い掛けるように、移動とパレード見学(描画)を繰り返して、5日目に首都でのパレードを見たら首都に泊まる。
次の日の朝出発で同じ道をシュリシュに向かって帰ってくる。
という流れらしい。
「街中を動く時は俺がいるし、何かあったらクロートを頼れ。あいつも騎士だから、ナオミを守るために動く。ここはもうシュリシュではないから、気を付けるんだぞ」
アルフォードさんの顔が真剣で、ちょっと怖いと思いながら頷く。
そんなに怖い国なの?
あ、でもエリーゼさんがカイド王国のこと話してた時はそんなに治安は悪くないって言ってたような?
ああ、でも今は依頼で来てるから、私に何かあると騎士さんの責任問題になるのか。
大人しくしておこう。
外に見える建物や人が段々と増えてきて、それを眺めているのが楽しい。
民族衣装なのか、女性はワンピースにベスト、お腹のところには前紐のコルセット?みたいなのを着ている。ワンピースは薄い色、ベストが明るい色、コルセットは濃い色、といった感じ。
男性はズボンに前開きの長い上着、太いベルトといった服装だ。
「明日からはナオミもあの衣装のはずだ」
「え?そうなんですか?」
アルフォードさんの言葉に振り向く。
だから服なんかも全部依頼者が準備してくれるのか。
「黒い髪はカイド王国でも珍しいから、どちらにせよ多少目立つことになるが、シュリシュの服で黒髪よりは目立たなくなるだろう」
「はぁ なるほど。目立たない方がいいということですね?」
それなら、ムダな行動はしない方がいいな。
「まぁシュリシュからの旅行者もいるとは思うがな。どうかしたか?」
う~ん。迷って一応言ってみることにした。
カイド王国に行くとわかった時、トムさんが思い浮かんだんだよね。
エリーゼさんのお家を訪ねて、絵が描けたらなぁと思って。
「家がわかってるなら、訪ねる位の時間は取れると思うぞ。パレードの時以外は特に出来ることもないしな」
「え?そんなことしていいんですか?」
「カイド王国に旅行に来て、シュリシュで知り合った人の家を訪ねるのは普通にあり得ることだろう」
確かに。旅行で来てても、私は訪れたと思う。
「それに、旅行で来ることも出来るが実際には中々遠いからな。依頼者を大事にするナオミはすごいと思う」
「いや、すごくはないですけど。でも丸2日は確かに遠いですね」
「いや、普通は馬車を乗り換えながら行くから、2日じゃ着かないぞ。早くても1週間はかかるはずだ」
「1週間!?」
「ああ」
行って帰るだけで10日かかるってこと?
わぁぁ エリーゼさん本当に遠くにお嫁にいったんだな。
絵を描いて帰れるといいんだけど。
その後カイド王国についての話を色々聞いているうちに今日の宿屋さんに着いた。
賑やかな街中にある宿屋さんで、降りて周りを見ればシュリシュとは雰囲気の違う建物が並んでいる。
屋根の形や色、窓の造りが違うだけで材料はあまり変わらなそうなのに。
1階は馬車置き場になっていて、2階に受付があった。
「えっと、だから食事は外で食べるから大丈夫です」
「ごはんはわかったってば!部屋には風呂がないから、外に入りに行ってくれって言ってて、その場所がぁ!」
シンディさんが受付でなんだか困ってる様子だ。
「クロート、どうした?」
アルフォードさんが助けに入ったけど、受付の人と話が噛み合っていないようで同じ話を繰り返している。
「あの~お風呂が部屋にはないから、外に入りに行って欲しいそうで、その場所を説明してくれてるみたいですよ」
みかねて私も会話に混じる。
「すみません、お風呂の場所が、前の道を左に出て?」
「ああ、やっと通じる人が出てきたね。左に出て真っ直ぐ行ったら飯屋があるから、そこを__」
「ナオミ様は本当に言語が達者なんですね。私もカイド語は話せるのですが…」
シンディさんから感心した声をかけられるけど、カイド語なんて話したつもりはない私は曖昧な笑顔でごまかした。
2階に運転手さんの部屋もあるそうで、3階以上が客室、私…たち、が泊まるのは最上階の4階。
階段を上がって部屋に入ればやっぱりベッドが2つ…。
「食事は店に食べに行かなければいけないから、服を着替えてから出かけよう。風呂も外だから、この袋以外でいるものがあるなら持ってくれ」
昨日と同じように布に包まれた服を渡され、石鹸が入った布袋はアルフォードさんが持った斜めがけのバッグに入れられた。
カイド王国は外に鞄持ってていいんだな。
バサッと上着を着替えてベルトを留めるアルフォードさんの後ろで、私は迷っていた。
ワンピースごと着替えないといけない感じだけど、どこで着替えるべき?
脱衣場がなさそうだし、トイレに入る?
キョロキョロ部屋を見ていると、アルフォードさんがクッと笑った。
「部屋の外で待ってるから、ゆっくり着替えて出てきてくれ」
「す、すみません…急いで着替えます」
コルセットが留めにくくて悪戦苦闘しながら、急いで着替えて扉を開けると、アルフォードさんは腕組みをして難しい顔で壁にもたれていた。
「ああ 似合うな」
上げた顔はいつも通りの笑顔で、どうかしたんですか、大丈夫ですかと喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。
「ありがとうございます。ちょっとお腹が苦しいんですけどね」
「締めすぎか?緩めないと夕飯が入らないぞ」
「大丈夫です。そうなってから緩めますから」
笑いながらシンディさんと合流し、近くのごはん屋さんに行った。
カイド王国のごはんは中華風で美味しかった。
肉まんみたいな具入りのパンに、ゴマ風味の野菜スープ、香辛料が効いたお肉。
コルセットがきつくて食べづらかったけど、満腹までしっかり食べてお店を出た。
その後お風呂屋さんに向かうと、なんと温泉ということが判明した!
家族風呂がたくさん並んだような造りの建物で、シンディさんが一緒に入るだけとのこと。
「私と一緒で申し訳ありません。お一人ですと大浴場しか利用できないもので」
「いえ、こちらこそ。温泉に入れるなんて嬉しいです」
こんこんと湧き出る温泉のお湯を思う存分に使って体を洗い、深めのお風呂に浸かる。
これよ!日本式のお風呂とはこれ!
「ナオミ様のお国でも温泉はあったんですか?」
同じ湯船に浸かって(遠慮してもう上がるというので、ぜひにと勧めた)、シンディさんと世間話をする。
「ありましたよ。私が住んでいたところは特に多かったので、よく入ってたんです」
「お湯が豊富に使えるとは、便利な土地だったんですね」
本当、温石を使うシュリシュに比べ、水道を捻ればお湯が出るってなんと贅沢だったことか。
お風呂上がりもぽかぽかで、3人で宿屋さんに帰った。
起きてても気まずいのは昨日でわかったので、ささっとベッドに潜り込む。
「おやすみ、ナオミ」
「おやすみなさい」
さぁ いよいよ明日は絵を描く。
頑張ろう!




