18.楽しみなりょこ…お仕事
確かに私は王室からの依頼を受けた。
そのために隣国へ旅行に行くことも了承した。
2週間近くかかることも事前に説明があった。
でも!
アルフォードさんと一緒だなんて聞いてない。
説明があってしかるべき事柄だと思うのに説明はなかった。
なぜ当然だろうって顔で座ってるんだ!
◇
朝告げの鐘で目が覚めた。
興奮であまり眠れなかったのに目覚めはすごくいい。10日は長いけど、旅行…あ、いやいやお仕事ね。
ぐふふふ。わくわくする~!!
起き上がって身支度を整える。火は万が一を考えて使わなかったので、お茶もない食事は冷たい。
カイド王国ってごはん美味しいのかな。美味しいといいな。
撫子ワンピの下には特注バッグ。
エプロンバッグっていうのかな。腰回りにつけられる大きなバッグ。
スケッチブックを入れると歩きにくいけど、今回はコピー用紙とブロックメモを必要な分だけ入れたので歩くのに不便はない。
準備が済んでイスに座り直すと、本当にこんな手ぶらでいいのかかなり不安になってきた。
でも、いいって言われたしな。
ん?洋服ってまた普通のワンピースかな?
ペンケースとか出しにくい?
やっぱり自分の荷物持った方がいいかな。
クローゼットの中でがさがさしているとノックが鳴った。
返事をして扉を開けると、アルフォードさんがいて驚いた。
お見送りに来てくれたのだろうか?
思わず顔が綻んだ。
「お見送りに来てくれたんですか?」
「いや、案内だ。道具は持ったか?大通りに馬車が停めてある」
なんだ。お仕事か。
ちょっと残念に思いながら、2人で並んで大通りまで歩く。
特に装飾のないしっかりした造りの馬車が停まっていて、運転手さんと思われる女性が立っていた。
「おはようございます。ナオミ様。御者として同行致します、シンディ・クロートと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「おはようございます。こちらこそよろしくお願いいたします」
女性の運転手さんって普通なのかな?と思っているうちに、扉をアルフォードさんが開けてくれた。
そして自然な様子で片手を差し出す。
手は繋いだけど、これはまた違う恥ずかしさがある。
やっぱりちょっとだけ指先を乗せて、ササッと馬車に乗り込んだ。
車中は向かい合った長椅子2列で、1つだけでも上半身を横にして寝るくらい出来そうな広さがある。
ふかふかクッションと膝掛けまであって、ほんのり暖かい車内には、居ると思っていた案内人はいなかった。
途中で合流するのかな?なんて思っていたら、アルフォードさんも馬車に乗ってきた。
扉を閉めると、前の小窓をノックしそれを合図に馬車が動き始めた。
「あれ?途中まで見送ってくれるんですか?」
「いや」
「ん?じゃあどうして?」
「途中まで見送ったりしない」
「???はぁ」
「この依頼の間、案内人は俺だ」
「………………………は!?」
返す言葉が見つからずぽかんと口を開けてしまった。
アルフォードさんは悪戯が成功した子どもように、クククっと楽しそうに笑った。
騎士隊長なのにいいのかと聞けば、なんとなくごまかす雰囲気だったから本当はダメなんじゃないだろうか。
これから2週間、朝から晩までアルフォードさんと一緒。
うわぁぁぁ…!なんか、なんか恥ずかしい。こうなるとこのワンピース着てきたのも恥ずかしい。
ちらりと様子を伺えばまだニヤニヤしてる。
全く!昨日の私の健気な(?)気持ちを返してほしい!
「先に言ってくれてもよかったじゃないですか!」
「そうしたら、ナオミのそんな顔が見れなかっただろう?」
「そんな顔ってどんな顔ですか!」
「俺と居れて嬉しいけど、素直に喜べない恥ずかしそうな顔」
カァッと顔が熱くなる。え?え?そんなに私顔に出てる!?
俯いてペタペタと顔を触ると、アルフォードさんがまた笑った。
「よかった。喜んでくれてるんだな」
ハッとして顔を上げた。
うぅ~人のことからかって!
ツンとそっぽを向く。
「あぁ、怒った顔も可愛いな」
うっとりとそんなことを言われ、そっぽを向いてるのも恥ずかしくなる。
ああ、私、旅の間心臓もつかな。
◇
馬車は思ったより快適だった。街中を走るときより随分スピードが出ているようで、段々と王宮が小さくなり、建物の数が減ってきた。
それに併せて緑や土が増えていく。
「気分は悪くないか?」
窓を開けて、変わっていく景色を眺めていた顔をアルフォードさんに向ける。
「大丈夫です。揺れとか少ないんですね」
「遠出用の馬車だからな。車輪なんかの造りが街用のよりしっかり造られてるんだよ」
「へぇ 目的毎に馬車の造りが違うんですか」
「一般的だと思うがな。ニホンでは全ておなじなのか?」
時折、こうしてアルフォードさんは日本について聞くことがある。郷愁の気持ちはあまり湧かず、知ろうとしてくれる態度がむしろ嬉しい。
ただ、元の世界を遠く感じることにまだ少し罪悪感があるけど。
「そもそも移動手段としての馬車がないですね。車という…鉄の箱?をハースベみたいな燃料でタイヤを回して走るものが一般的です」
「ん?馬は使わないということか?ハースベでタイヤを回す?」
その後頑張って説明したけど、車の作りを私が知らなすぎて上手く説明出来ないままだった。
ピストンを動かすんだったけど蒸気じゃないしな。
こういうの多いんだよね。普段何気なく使ってたけど、構造を説明出来ない物。
そんな話をしながら順調に進み、お昼ごはんを食べて満腹になった私はうとうとし始めた。
まだ話をしていたかったけど、舟を漕ぐ私を見たアルフォードさんが笑いながら「道中はまだ長いから」とクッションや膝掛けで寝る体勢を整えてくれたので、お言葉に甘えて上体を横にするとすとんと眠りに落ちた。
「ナオミ、もう着くから」
大きな手が私の頭を優しく撫でる。
慣れない触れ合いが心地よくて、薄く目を開けるとアルフォードさんが穏やかに微笑んでいた。
まだカタカタと揺れているので到着はしていないんだな、とぼんやり思う。
「起きられるか?」
手の温かさが離れ、寂しく感じる。
小さく頷いて上体を起こした。
「よく眠れたか?」
「はい…」
アルフォードさんはふっと笑って、布で出来た水筒からカップに水を注いで渡してくれた。
首を下げるだけでお礼を言うと、もらったお水を飲み干す。
「ありがとうございます」
喉の乾燥がなくなって、ようやく言葉がすんなり出る。
「もうすぐ、今日の宿に着く。寝惚けた顔も可愛いが、俺以外の奴に見せるのはやめてくれ」
ふいな甘い言葉に一気に目が冷めた。きっと顔も赤い。
「ちょ…!……アルフォードさんって、は、恥ずかしくないんですか?」
「なにがだ?」
「なにが…え~その、か、可愛いとか、その…」
「惚れた女性に『愛してる』も『可愛い』も言えない、下らんプライドがある方が恥ずかしい」
「サ、サヨウデゴサイマスカ」
うわぁ 聞くんじゃなかった!むしろこっちが恥ずかしくなった!
「ナオミ、愛してるよ」
優しく目を細めてそう言われると、せっかく落ち着きそうだった顔がまたボッと赤くなる。
思わず顔を手で覆って俯くと、堪えきれないといった笑い声が聞こえた。
「アルフォードさん…?からかってますね?」
「本心を言っているだけだが、恥ずかしがるナオミも可愛くて好きだ」
笑いを含んだ声なのに、そんな言葉にも私は嬉しいと感じる。
せめての抵抗にじろりと睨んでみたけど、アルフォードさんは気にする様子もなく笑顔で私を見つめる。
「ほら、着いたぞ。機嫌を直せ」
カタンと小さな揺れで馬車が止まった。
コンコンっと前の小窓がノックされ、アルフォードさんが扉を開けて外に出た。
私も続いて降りようとすると、すっと手が差し出される。
ちょんっと指先を乗せて馬車から降りた。
「馬車の乗り降りって、女性は手を貸されるのが普通なんですか?」
「普通というか…夫婦や恋人なら差し出すのは当然だな。まぁ そうでない場合、気がある女性に好意を示す手段でもあるし、その手を取るのも女性からの好意を示す1つでもある」
つまり、今アルフォードさんが手を出してくれたのは、私へのアピールの1つということ……
は!私が手を出したのもアピールってこと!?
うわぁ!恥ずかしい…恥ずかしいんだけど…!
でも、手を乗せないのは好意がないってアピール?
た、対応が難しすぎる…
クククッとアルフォードさんが笑ったことに気付いて顔を上げる。
あれ?もしかしてからかわれた?
そういえば、最初の依頼の時にはすでに手を出してたような。
「アルフォードさん!」
「ナオミは可愛いな。ほら、荷物も持ったから入るぞ」
「……はい」
なんか、いつにもまして甘すぎない?言い合ってもムダな気がする。
気にしないことにして空を見上げれば、もうすっかり暗くなっていて、なんとなく田舎、といった様子の町並みが家の灯りにぼんやり照らされている。
促されるままに宿屋さんだろうお店に入った。
中はふんわりいい香りに満たされていて、1階はごはん屋さんのようだった。
シュリシュの宿屋さんはどこも同じなのかな?
「ナオミ、部屋へ一度上がるぞ」
アルフォードさんから声をかけられ、一緒に階段を上がる。
「あの~運転手さんは?」
「御者は1階の厩の隣にある部屋に泊まる。馬車の管理があるからな」
「なるほど」
2階の角部屋に入ると、アルフォードさんが扉を後ろ手に閉めた。
部屋の中にはベッドが2つある。
繰り返します。ベッドが、なぜか、2つあります。
……………え?
「ベッド、2ツ、ナゼ?」
瞬きも出来ずにベッドを見つめ、平坦な声で聞けば
「同じベッドの方がよかったか?」
と、明後日な返事が返ってくる。
絶対わかってて言ってるな。
「そんなわけないでしょう!なぜ、同じ部屋なのかと聞いてるんです!」
「ナオミと同じ部屋に居たいからだ」
「…アルフォードさん?」
にやりと笑ったアルフォードさんをジト目で見ると、ぽんっと頭を撫でられた。
「護衛のためだ。手を出したりしないから安心しろ。
来る時に言ったことは覚えてるか?」
「はい」
今回の依頼はカイド王国にもシュリシュ国の人たちにも秘密で、王子を描くときも堂々と紙を広げて描くのは避けてほしい。
画家だとバレることはまぁいいとしても、王族を描くために来たのではない体を徹底し、あくまでも旅行者として行動すること。
なぜかは説明されなかったけど、それが依頼内容というなら特に言うことはない。
「旅行者の男女は、周りから見たらどういう関係に見える?」
「…恋人か夫婦か、ですかね」
「ああ。だから、同じ部屋に泊まった方が自然なんだよ」
なるほど、と思いこくりと頷く。
アルフォードさんと同じ部屋なんて恥ずかしいし、ちょっとだけ気まずいけど、そういう理由なら仕方ない気がする。
私が嫌がることはしないだろうし。
「ベッド1つにしなかったのは、さすがに俺の理性にも限界というものがあるからだ」
「またそういうことを!」
「ははは。さ、下に飯でも食いにいくか」
手を引かれて、1階に下りていく。
恥ずかしいけど、これも恋人のふり。怪しまれないため。
………だと思う。
まだここはシュリシュらしくて、国境の町なんだって。
だから、出てきたのは慣れてきたシュリシュの料理だった。
とても美味しかったけど、カイド王国に行ったら、お米があったりしないかな?
インディカ米でもいいから、いい加減お米が恋しい。
ごはんを食べ終わって部屋に戻る。
ちらりとアルフォードさんを見ると、大きな布袋の中を漁っている。
お風呂に入らなきゃなんだけど…どうしよう。
アルフォードさんに先に入るように勧めるべき?それとも私が先に入るべき?
「ナオミ」
「はい!」
考えてるところに話かけられ、勢いよく返事をする。
「?ほら、これがナオミの着替えだ。明日の服も入ってるはずだ。あと良くわからないが、石鹸の類いはこの袋だと」
「あ、ありがとうございます」
差し出されたのは布に包まれた洋服とかだった。
アルフォードさんに背を向けて中を確認すると、タオルや洋服が入っている。
袋の方には石鹸や歯ブラシ…あ!洗顔石鹸も入ってる!高いのに…
さすが全部支給って言い切るだけあって、一通りの物が本当に揃ってて感動する。
すごいなシュリシュ。
「疲れてるだろうから、先に風呂に入ってくるといい」
勧められるままにお風呂場に行けば、もうお湯が沸いていた。
アルフォードさん、仕事が早い。
長湯も気まずいかなと、パパッと入って上がると、アルフォードさんはイスに座って難しい顔で腕組みをし、考え事をしているようだった。
「上がりました」
「ああ。早かったんだな。ゆっくり入ってもよかったのに」
こちらを向いたら顔はいつも通りで、思わず口を開いた。
「大丈夫ですか?」
「…ん?なにがだ?」
「なにがって訳でもないんですが。難しい顔してたので」
「いや、なんにもない。…どうやったらナオミに手を出す許可がもらえるか考えてただけだ」
ふっと笑ったアルフォードさんに、これ以上聞かれたくないんだなと思っていつも通りに答えた。
「もう!許可なんて出ません!アルフォードさんもお風呂に入ってきてください!」
「それは残念だ。眠たいなら、先に寝てていいからな。眩しいならランプも消して構わない」
「わかりました」
アルフォードさんがお風呂場に消えて、振り返って2つのベッドを見る。
ヤバイな…緊張する。気まずい。
言われた通り、もうベッドに入ってしまうべき?
でも、お風呂上がって起きてないのもどうかと思われる?
ああどうしよう。
意味もなく画材を整理してみたりしているうちに、お風呂場の扉がカタンと鳴った。
いやぁ!上がって来ちゃったよ。
「まだ起きてたのか?疲れてないか?」
「ああ…はい。もう、ベッドに入ろうかなと」
「一緒に眠るか?」
「いえ、結構です!大丈夫です!1人で眠れます!おやすみなさい!」
慌ててベッドに潜り込むとアルフォードさんの失笑が聞こえ、おやすみとランプが消された。
ごそごそとアルフォードさんも隣のベッドに入る音がする。
色々考えちゃダメだ。
目をつぶって、眠ることに集中しよう。
そうしているうちに移動疲れか、午後寝っぱなしだったのにすぐに眠ってしまった。




