17.あまーい!
朝起きると狭いベッドで、アルフォードさんに抱えられたまま目を覚ました。
アルフォードさんはもう起きていて、顔の近さにビックリしていると、おはようと言われ顔が紅くなる。ちょっと気まずい。
「おはようございます。あの、なんか、すみません…」
「全くだ。惚れた女にベッドで抱きつかれて、手が出せないなんて新手の拷問だ。今からでも手を出していいか?」
ふっと冗談めかして笑うと背中にあった掌が、お尻に向かって下りてきて焦る。
「だ!ダメですよ!ダメに決まって_痛ッ!」
バッと手が離れた。
「悪い!怪我をしていたな。大丈夫か?」
「大丈夫です。ちょっと痛かっただけですから」
申し訳なさそうに眉を下げるアルフォードさんは、それでもイケメンだななんて思う余裕が出てきた。
名残惜しいけどその腕から離れ起き上がった。
テーブルにはいつの間にかパンと鍋に入ったスープが置いてある。
アルフォードさんが買ってきてくれたみたいだった。
コンロでスープを温め、お茶を入れるのにお湯を沸かし、ダサい…いや、シンプルな寝巻きではあんまりだとワンピースに着替える。
クローゼットから出ると、ベッド側のテーブルに2脚のイスが置かれていた。1脚はアトリエ側のもの。
食事をするのに、アルフォードさんが運んだんだと思う。一緒に食事をするために並んだ2脚のイス。
ぼんやりそれを眺めていると、アルフォードさんがお茶ポットを持ってきた。
「2人で食事を食べるには少し狭いな」
「そうですね。…今までは1人で食べてて不便なかったんですけど」
「見習い騎士時代には調理も担当があったから、何でもよければ飯も作れるぞ」
「ふふふ。作ってくれるんですか?」
「もちろん、いつでも」
お店以外で誰かと食事をするのは少しくすぐったくて、でもとても幸せな時間だった。
返事はまたでいいから、ゆっくり考えてくれ、と言い残してアルフォードさんは帰って行った。
それから、何かが少しだけ変わった。
アルフォードさんとの世間話を楽しめるようになった。食事に誘われても断らなくなった。相変わらずお菓子をくれる。
たまに、私が家に招いて料理を振る舞ったり、アルフォードさんが作ってくれたりする。
「待つ」と言った言葉通り、軽口を言うことはあっても、紳士な態度を壊すことはなかった。
………デートにも行った。
買い物に行っただけだけどね!
◇
「バッグを買い換えよう」
私の部屋に来たアルフォードさんに、今日の予定は未定だと伝えたらそう言われた。
「でも、壊れもしなかったですし」
「破れなかったから、引き摺られたんだろう」
痛ましげな目をしてそう言われると辛い。
鞄を盗もうとした3人は捕まったと、ジャックさんが教えてくれた。
窃盗は認めたけど、私に怪我をさせるつもりはなかったと言ったらしい。こちらの国の鞄なら、引ったくる衝撃に耐えきれず普通は縫い目が破れるから、せいぜいが転倒するくらい。
今回もそうだと思っていたら、丈夫だけが売りの鞄は私の体重がかかっても壊れず。諦めるか躊躇したら、体格のいい男が猛スピードで追いかけてくるのでパニックになり、
結果、なぜか私を抱えて走るという行動に出た、と。
処罰はこの国の法によって決まると言われたので、それでいいと思った。傷も幸い残らなかったし。
盗まれるとリックさんから聞いてなお危機管理をしなかったのは私なのに、アルフォードさんは未だに自分がいながらと後悔しているようだった。
「紙がポケットから出せないから内バッグが嫌なんだろう?対応したものもある」
そう言葉を続けられて、お出掛けが決まった。
男性がしているように鞄が見えないように腰布で固定するのも、画材があると面倒だったし。
サラク通りに行くものだと思っていたら、紫瞳の猫通りに向かっているようだった。
着いたのは、おしゃれだけど扉に小さな看板があるだけのお店。
当たり前に入ったアルフォードさんに続くと、沢山の生地と女性型と男性型のトルソーが1体ずつあって、洋服屋さんだとわかった。
「シュビック様。お待ちいたしておりました」
迎え入れてくれたのは「美魔女」チックな女性店員さん。
「頼んでいたものを」
アルフォードさんが短く答える。
頼んでた?
「はい。こちらでございます」
美魔女店員さんが、奥から洋服を何着か出してきてそのうち1着をトルソーに掛ける。
撫子色のワンピースは腰回りに付いたリボンを前で留める作りになっていて可愛い。
…でも、鞄を買いにきたはずよね?
「こちらの紐をほどきますと、この部分がポケットになっておりまして___」
ワンピースはとても良くできていた。
紐をほどくとお腹のところは画材が入るくらい大きなポケットになっていて、やっぱり底布がない。同じ色の生地で前側スカート部分が2重になっているから、ワンピースの下に鞄を掛けて布と布の間に鞄を持ってくるとスカートの中は見えずに、荷物を取り出せる。
ポケットはぱっくり開くけど、取り出したら紐をリボン結びにするとポケットが隠れる。
ただのおしゃれリボンじゃないわけだ。
そんな工夫がされた服が5着。
…私は何を買いに来たんだったっけ?
美魔女店員さんに押し切られて、1着を試着するためにカーテンで区切られた一角に入った。店員さん付きで。
デートに合う服なんて持ってないから、いつも通りのシンプルワンピをもそもそ脱ぐとメジャーがシャッシャッシャーと私の体を計測していく。
測ってるのは店員さんだけど、早すぎてメジャーが勝手に動いてるみたい。
あっという間に測り終えたのか失礼しますと服を着せようとしてくれ、慌てて自分で着ますと断った。
仮縫いっぽいワンピースは、思った以上にサイズがぴったりだ。なぜだかはあまり考えたくない。
刺繍や装飾はないけど、布が…触っただけで高級品なのがわかる。安さに引かれたいつもの服とは大違いだ。
「まぁ!お似合いですわ!ささ、シュビック様にもご覧いただきましょう」
私の返事を待たずにカーテンが開かれた。
アルフォードさんと目が合う。
「ど、どうでしょう?」
「うん。よく似合ってる」
優しく目を細めるアルフォードさんのストレートな褒め言葉は、やっぱり慣れない。私が日本人だから?
恥ずかしくて頬が赤らむのを感じる。
「まぁまぁ お熱いことで!他のお服もご試着されますか?」
「いえ、大丈夫です。きちんと出来上がってからの楽しみにします」
「さようでございますか。大急ぎでお仕立てして、ご自宅にお届けいたしますわ」
もしかして私の返事を聞かないまま、5着の服は買われることが決定した?
そんなにお金を持ってきてないし、明らかに予算オーバーだ。
閉じられたカーテンの中で慌てて着替え、アルフォードさんに小声で耳打ちをする。
「あの、予算オーバー過ぎるんですけど」
「予算?安いもんだぞ」
アルフォードさんと私の「安い」の基準が絶対違う。
「いや、払えそうにないですよ」
「女の服が仕立てられないほど安月給じゃないから、安心しろ」
「え?」
「この服、気に入らないか?不便で普段着られないか?」
「可愛いと思いますし、普段から着れるくらい便利だとは思いますけど…」
まさか…?
「それなら、受け取っておけ。安全性が高くなって、ナオミが喜んでくれるならプレゼントのしがいもある」
満足気な顔でポンポンと頭を撫でると、美魔女店員さんと何かを話し、私の手を引いてお店を後にした。
え?プレゼントが高そうな服5着って何?
いやいや、ちょっと待ってちょっと待って。
そもそも鞄を買いに来た、よね?
「バッグを、買いに来ましたよね?」
「ああ。これから見に行く」
「それなら、なぜ服を?」
「バッグだけあっても、ワンピースを捲りあげる訳にはいかないだろう?」
まぁ 確かにそうだ。画材がポケットから取り出せないから、服の上に鞄を持ってたわけだし。
あれ?私が間違ってる?
よくわからなくなってきたけど、アルフォードさんはご機嫌な様子で私の手を引いている。
ん?手を、引いてる?私の?
ひぃぃ!聞いたことしかない手繋ぎデートだ!
ダメだ。いろんなことがキャパオーバーになってきた。
これ、離すべき?どうするのが正解?
「ほら、お望みのバッグを買うぞ」
「…自分で買える物を買いますよ?」
「惚れた女にプレゼントする楽しみを俺から取り上げるのか?」
「わぁ!道端で何言ってるんですか!?」
「道端でなければいいのか。覚えておく」
「そうじゃなくて!」
結局、鞄も私は支払うことなくお店を出た。
シンプルだけど、厚めの布を使い中の紙が折れたりしないよう工夫された鞄は私の好みドンピシャで、つい喜んだらアルフォードさんに押しきられた。
もうむしろ値段は聞きたくない。
手を離すタイミングも逃して、1日手繋ぎデートになった。
これは………まぁ 嬉しかったんだけど………。
◇
日常の日々を過ごし、日本に帰りたいと強く思うことが少なくなったある日。
ノックの音にドアを開けると、制服姿のアルフォードさんが立っていた。
「画家のナオミ・タグチ様に依頼がございます」
また高貴な方からの依頼を持ってきたアルフォードさんは、きっちりお仕事モードで挨拶をした後、段々と様相が壊れいつも通りの口調になっていった。
今回の依頼は、隣国カイド王国の第三王子の顔を描いてくること。ただ、隣国から正式に依頼されたわけではないので、建国記念に街中をパレードする王族を見てこっそり描いて帰ってくる必要があるらしい。
難しそうな依頼にちょっと躊躇する。
パレードってそんなに国民の近くに居続けることはないよね。
目で見られるのなんて数分じゃないかな。さすがにそれじゃ描けない。
断ることも可能かと聞くと、出来れば受けてほしいと言われた。
カイド王国は友好国で、シュリシュから旅行に行く一般人もいる位平和ではあるけど、母国語のカイド語で通じる地域が少ない。正解には方言がきつく、こちらの意図は理解してもらえるけど、相手が何を言っているのか理解するのが難しいのだそうで。
パレードは首都と近隣の街で行うけど、言葉が通じる首都では人が多過ぎてまともに顔も見れない可能性が高い。出来れば近隣の街でパレードを見て絵を描いて欲しいけど、カイド語が話せる画家は少ない。
そこで、言語が通じる可能性が高くて、しかも写実的に絵を描ける私に依頼を受けて欲しいと。
もし描けなかったとしても、お咎めはなく旅費は出してくれるという。
カイド王国までは片道2日、建国記念パレードは5日、合計で約10日かかるので、その間にかかる費用は依頼者が負担。
今回も王太子殿下ですかと聞くと、高貴な方だ、と返ってきた。守秘義務というやつか。
馬車や宿の準備も手配してくれると言われたので、依頼を受けることにした。
ちょっと旅行気分なのは内緒にしておこう。
出発は明後日だという。また急な依頼だな。
受けていた仕事は近衛騎士団の方が断りに行ってくれると言われたけど、明日まで待ってもらえるようにお願いした。
自分で断れる限りは直接赴いて断るのが筋だと思う。
準備が大変そうだと言うと怪訝な顔をされた。
「描くもので足りないものがあるのか?こちらで手に入るものか?」
「いえ、画材はありますよ?正直、こちらの文具では今の絵は描けないと思いますし」
「では、何の準備がいるんだ?」
ん?2週間旅行するのに、なんで準備が要らないと思ってるんだ?
女にしては荷物は少な目だと思うけど、それでもたぶんそこそこの量になるんじゃないかな。
「服とか、石鹸とかですよ。タオルは宿にあるんですかね?」
「旅費は全部出るぞ?道中は貸馬車じゃないから、乗り換えることもないし」
出た。この噛み合わない感じ。
何度か聞き返して、衝撃の事実がわかった。
「旅費全額負担」の中には、宿や馬車はもとより、食べる物や消耗品、果ては着るものまでぜ~んぶ!含まれてるらしい。
買ってくれた物は、依頼が終われば(今回は上手く描けなくても)そっくりそのまま私の物。
だから、当日着る服だけあればなんの準備も要らないんだって。
無駄なお金使いすぎじゃないのか?日本ならそんな国会議員いたら叩かれまくると思うんだけど。
でも、シュリシュではそれが普通だと言われれば、私は長いものには巻かれる日本人。全部無料で旅行万歳!
貸し切り馬車に、案内人も付くから不便を感じることはないと思う、と言い残してアルフォードさんは帰って行った。報告があるんだって。
次の日は大忙しだった。
まずは余裕を持って先3週間分の依頼の延期をお願いして回った。
せっかくの依頼なのに、怒られて断られたらどうしようとの不安は全くの杞憂に終わった。
「近衛騎士団の方から依頼を受けまして、大変申し訳ないのですが、日程を延期して欲しいのですが…」
「近衛騎士団から!?それって高貴な人からの依頼ってことよね!?あなた、前にもどなたかの依頼を受けてなかった?すごいわ…。もちろん延期で大丈夫よ。でも、必ず描いてちょうだいね!きっとよ。近衛騎士団から何度も依頼を受ける画家さんに描いてもらえるのね。はぁ…自慢になるわ」
どなたもこんな具合。
ゲルハルトさんにも留守の予定を伝えると、お客さんが来たら伝えておいてやるよと言ってもらえた。
月の光亭とかの心配してくれそうな人がいそうな所にも顔を出した。
何件かお留守で延期を伝えられなかった方は、騎士さんにお願いしよう。
ようやく帰りついて、明日の服を迷う。
カイド王国の情報をほとんど聞けなかったので、季節感もわからないんだよね。
シュリシュは日本でいう初夏から晩秋位までの気温差しかないらしく一年中薄い長袖の服で、今の時期に羽織物を着るくらい。
だからそもそも夏冬なら服はないんだけど。
う~ん。せっかくだしな。
明日着る用にアルフォードさんが買ってくれた撫子色のワンピースを準備した。
だって、2週間も会えないし。こう、アルフォードさんを感じれるものを持っておきたいというか。
きゃ~~~!!
……………バカなことやってないで、画材とかの荷物まとめなきゃ。
あ、もしかして、あれ使えるんじゃ?
よし。一応入れていこう。
明日に備えて、早めにベッドに入った。




