16.告白と告白
精神的ネグレクトのような表現があります。ご注意ください。
異世界の日本という国に住んでいたこと。
そこはシュリシュに比べて文明が進んだ国であること。
その日も私は普通通りに生活をしていたこと。
ヒキラ公園に落ちてから、周りが有名な画家だと勘違いしているのをわかってて利用したこと。
こちらの生活に馴染んでいるのは自覚があるが、日本に帰るのも諦めきれてないこと。
うまくまとめられず、長くなった話をアルフォードさんは静かに聞いてくれた。
「そうか。大変だったんだな」
「すみません。信じられないとはわかってるんですが」
「いや、突飛もない話だが、ナオミがそう言うなら本当だろう。ナオミは今まで、話を逸らすことはあっても、嘘を言ったことはなかったから」
「え?」
「ん?気付いてないのか。俺以外にも、どこから来たのかとか、どんな国かとか聞かれたことがあるだろう?」
「ありますね」
「その質問に、答えなかったことはあっても、ヒスリヤ国出身だとか適当な嘘でごまかしたことはないんだよ。騎士の何人かが代わる代わる調べていた時も、今聞いた話と矛盾することは何一つ報告になかった」
なんか結構恐いこと言われてるけど、とりあえずはわかった。
確かに「どこから来たの?」に「あなたはずっとこの国に住んでるんですか?」とかごまかしたことはあるけど、嘘はついてない気がする。
私は日本出身で、それを嘘ついてしまえば、本当に私という存在がなくなってしまう気がして。
「ただ、それならば不思議に思うことがある。突然知らない世界に来たわりに、その…あまり帰りたい様子がないというか、シュリシュに馴染んでるように見える」
「そう、ですね…。漠然と帰りたいとは思っていますが…」
自分でも整理がついてない話をしてもいいんだろうか。
ちらりと見れば、私が話すのを静かに待ってくれている。
「悪い。話したくないか?」
言葉に詰まった私に、申し訳なさそうにそう言うアルフォードさんは、きっと何を話しても受け入れてくれる気がした。
こちらに来てから1度も話すことが出来なかった日本での自分の話をしたことで、心の蓋が緩んでいたのかもしれない。
元の世界でも話したことのなかった妬み嫉み、心の蟠りを誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
「楽しい話ではないですよ?」
「ナオミのことなら、どんな話でも構わない」
その言葉を信じ、ゆっくりと思い出しながら話し始めた。
◇
私が小学校に上がる前、母が亡くなった。癌だったと後から聞いた。
いつも笑ってて、怒ると恐くて、どんなことも一緒に楽しんでくれる人だった。
母が入院するようになっても、幼かった私はいつか今まで通り母と暮らす日々がくるものだと信じて疑わなかった。
日中は保育園に行き、迎えに来てくれたベビーシッターさんに連れられ母のお見舞いに行く。母と面会時間いっぱいまで話をする。
保育園で遊んだこと、友だちとの内緒話、他愛のないその話を楽しそうに聞いてくれた。
そこに父がいることもあったけど、また仕事に戻ることが多く一緒に帰ることはほとんどなかった。
シッターさんが家に送ってくれ、シッターさんが作ったごはんを一人で食べて、バタバタとお風呂に入れられ、時間が来ると布団に入れられる日々が続いた。
母はいつ帰るのかと聞けば、みんなが「直美がいい子にしてたらすぐだよ」と言う。
だから、早く帰ってほしくて嫌いな食べ物も我慢して食べた。ママと一緒に寝たいとわがままも言わなかった。
一時して、母が家に帰って来た。朝から晩まで一緒に過ごし、私の好きなものを作ってくれ、楽しく話ながら食事をして、お風呂に入れば髪を洗ってもらい、同じベッドでくっついて眠る。
いい子にしててよかったと、とても喜んだのを覚えている。
以前は私が起きている時間には家にほとんど居ななかった父が、家にいるようになった。
元通りに戻ったと思っていたのは私だけだった。
すぐに、母がまた入院した。私が病院に行ってもベッドに横になったままの時が増えた。寝ている時も増えた。父が病室にいることも増えた。
それでも帰って来ると信じていた。大好きなママだった。
その日、保育園にいつもより早く珍しく父がやって来て病院に連れていかれた。母はぼうっと起きていて、私を見ると「なおちゃん、大好きよ。ごめんね」と涙を浮かべた。
母が泣くのを初めてみた私は「私もママ大好きよ。泣かないで。いい子にするから、またおうちに帰ろう」と言った。
母は優しく微笑んで私の頭を撫でた後、目を閉じた。
いつもは帰る時間になっても病院にいて、父が買ってきたお弁当を食べた私は眠たくて眠った。
次の日、起きると母は帰らぬ人となっていた。
「ママは、もう起きないんだよ。帰ってこないんだ」
そう言った父の言葉で大泣きしたことを覚えている。
それからは母が帰ることなのない家での、シッターさんに最低限世話をされながらの生活が始まった。
夜寂しくて大泣きしても、風邪を引いても、父が家にいることはなかった。
夜中に物音で目覚め、帰って来た父に「パパ!」と飛び付いたことがある。父は私を避けることもなかったが、抱き締め返してくれることもなく「起きてたのか。早く寝なさい」と広い布団に私を戻しただけだった。
小学校に上がっても生活は変わらず、中学に上がってシッターさんが来る頻度が週2回になった。それも、家事をし、夕飯を作って帰るだけ。
冷蔵庫に入っている食事をレンジで温め、一人で食べて寝る。
不登校になってみたこともある。夜中帰ってきて、起きている私に気付いていただろうに、それでも父は反応しなかった。私に学校へ行けと言ったこともなければ、まして学校に先生に会いに行くこともなかった。
担任も義務的に週に一度家に来て帰っていく。
田舎過ぎて出掛けるところもなく、母と過ごした家で一人で過ごす時間が増えるだけの状況に耐えきれず、結局3ヶ月程で学校へまた行くようになった。
グレなかったのは「ママがきっと空から見守っていてくれるから」とかの夢みがちな理由ではない。
不良らしい不良がいるような学校でもなく、どこに行くにも車がいるような田舎で行くところもなく、万引きをしてもどうせ父は来ないことを悟って、ただただグレようがなかっただけ。
高校受験前の三者面談にも案の定来なくて、勝手に決めて受験した。書類を置いておいたら受験料等は用意してくれていた。
専門学校も同じく勝手に決めたが、受験料も授業料も払ってくれた。
一人暮らしをすると手紙を置いておいたら、50万が入った通帳が手紙の代わりに置かれていて、賃貸契約のサインなどもしてくれた。
その通帳に毎月仕送りもくれた。
同じ学校には「美術なんて、と親に反対されて大変だった」と言っている子もいて、何とも言えない気持ちになったこともある。
でも全ての生活費を父に面倒みてもらっているのは理解していたので、「愛情なんてないんだわ!」なんて騒げるほど子どもにもなれなかった。
まだ、父は心では私のことを好きでいてくれていると、信じたかっただけのかもしれないけど。
一人暮らしを始めて少したった頃、たぶん初めて私の携帯に父から連絡があった。
会わせたい人がいるから、実家に帰ってこいと。
指定された休みの日に実家に行った。
居間に入ると、そこには温かな空気が漂っていた。
ソファーに座る父、キッチンでの作業の手を止めて挨拶をする女性、父の前にはお茶が置かれ「普通の家庭」がそこにはあった。
何一つ変わらない、模様替えされたわけでもない家。
でも、空気が違った。
ソファーに人が座っているのなんて、何年ぶりにみただろう。
父が昼間家にいるのはいつ以来?
お茶を出してくれた女性が、自然な様子で父の隣に座った。
「再婚をしようと思うので、その報告をしておこうと」
女性がいる時点でそれは予想はついていた。
そして聞かなければよかったのに、つい聞いてしまった。
「いつから付き合っていたのか」
と。
答えは2年程前からとのことだった。
2年前、私が高校2年の時。帰ってくることはないと諦めたつもりで、それでももしかしたらと思っていた時。家に帰る時間はなくても、この人とは会っていたのだ。
一人でテレビを流しながら温め直した食事を摂っていたテーブルで、今は父とこの女性が二人で食事を食べるのか。
やるせない気持ちはあった。
文句を言うのもよかったのかもしれない。
でも、その時思い出した。小さな頃父から感じていた愛情は、全て母を通してのものだった。
「パパはママとなおちゃんが大好きだから、私達のために働いててくれているのよ」
言葉を変え、いつも言われていた母からの言葉に愛情を感じていただけだったんだ。
父は確かに母を好きだったと思う。
忙しい仕事の合間を縫ってでも母には会いに来ていた。
でも、私に対しては…。
文句を言っても響かないと思った。
無駄なことはしたくなかった。
「お幸せに」
と言葉を作り、一人暮らしの家に帰った。
不思議に涙も出なかった。
温かな空気が流れるあの家は、私と母の思い出の家ではなくなった。
それ以来実家に行くことはなかった。
父から連絡が来ることもなかった。
友だちがいなかった訳でもないけど、就職してからあまり連絡を取らなくなった。
仕事は5年続けていたけど、誰でも代わりがいるであろう仕事だった。
◇
口に出して話してみれば、漠然と帰る気だった日本に、思いの外未練がないことに気付く。
「と、まぁ そんな感じで。何がなんでも日本に帰りたいとも思ってないのかもしれません」
相槌を打ちながらただ静かに聞いていたアルフォードさんが口を開いた。
「触れてもいいか?」
こくりと頷くと、大きな腕がそっと私の背に回った。
手をどうすべきか迷って、アルフォードさんの肩に触れる。
こうして人に抱きしめられたのなんて初めてじゃないだろうか。
女の子同士で軽いハグくらいしたことがあるけれど、男性らしい広い背中や力強い腕にドキドキする。
重なる呼吸。聞こえるのは自分のではない規則的な心臓の音。
体温が溶け合うような感覚が心地いい。
「ナオミの気持ちを理解できる等と簡単に言うことは出来ない。ただ、俺はナオミに側に居て欲しいと強く望んでいる。何かしてほしいわけでもなく、ただ側にいるだけでいいんだ」
ポロポロと涙が溢れた。
悲しいのか寂しいのか、嬉しいのか悔しいのかわからない。
ただただ涙が溢れる。
それに気付いたのか、大きな手が頭を撫でる。
アルフォードさんはそれ以上何も言わず、私も何も言わなかった。
長い間泣き続け、疲れきった私はいつの間にか温かな腕の中で眠りについた。




