罪は流れ、思いだけ
処刑場というのは野良だと思っていたイワは、驚いた。
きちんとした室内であったのだ。
「おいおい、丁寧だな」
とイワが幾分うれし気に言うと、処刑吏がでかい鉈をふりまわし、イワを膝をつくように指示する。
イワは茣蓙の上に膝立ちになった。
下の木床は茶色の染みがつき、鉄の匂いが充満している。壁紙はなぜか茶色のまだらで、あんなところまで血が飛ぶのかとイワを感心させた。鉄の扉は爪でのひっかき傷がある。
処刑場は小さかったが、天井が長く、二階部分から白い布が落ちてきている。皇太子と皇太子妃が見学してるのだろう。どう頑張っても、こちらから様子はうかがえない。
アイはイワの次に処刑される予定で、律儀に膝建てで待っている。
「なあなあ、俺の骨はどうなるんだ。ちゃんと俺の生まれ故郷の犬街に返してくれるんだよな」
とイワがいうと、刑吏はふんと鼻を鳴らした。
「なあなあ、冷たいこと言わないでな」
とイワがねこなで声で言うのと同時に、アイが立ち上がった。
「俺を先に殺してください」
と震える声で言った。「俺は、この人にお世話になりました。この人は何も悪いことはしていません。だから、この人を殺さないで……」
刑吏にひざまずかされる必要はなかった。アイは血の付いた地面に顔をくっつけ泣いていた。
イワは不真面目な表情をなおし、ふっと真剣な悲しい苦しそうな目で、小さく息をついた。
「俺が先だ」
そのまま目をつむった。刑吏が鉈をおもいきり掲げる。
その瞬間、イワは顔を上げ、「ごめんな」といった。泣き笑いの表情で「ごめんな」と続ける。
鉈が振り下ろされる瞬間、「もし、処刑がされれば呪いでここを破壊します」
とアイが低く言った。
刑吏の手が止まる。すると上から声が降ってきた。
「その心配はない。この子供は破壊を起こさない。この子供の働いて劇団のものにきいたところ、どんなに怒っても破壊をしたことはない」
という。皇太子の声は低く朗々としていた。死ぬほど色ぺえ声だ、と感心する。
そのときイワは笑った。けたけたと、笑う。
「アイ、すべて壊しちまえよ。ここは生まれたての可愛かったお前を全力で憎めるような、そんな輩の巣だ。なあ俺が殺されてやるから、お前はこいつらを本気で憎んで、殺せ」
イワは手を広げ、まるでアイが駆け寄ってくるのを待つようにじっと穴が開く暗い顔を見つめた。
「なあ、殺してくれ」
とイワはひときわあだっぽく媚びる。
アイは立ち上がった。その姿勢は這う這うの体であり、傷つけられた人間の最後の姿勢だった。最初の劇、同情すべきあの少年のように。
そして瞳には、あの血まみれの女領主を庇う兵士の冷たい激情が輝いている。
「イワ……あなたが俺に教えてくれた。貴方がその片手を犠牲に、俺に力を制御する方法を教えてくれたんじゃないですかっ……」
イワはその顔から、不真面目さを一切とりはずす。
「じゃあ、この場の、この面々の前で、俺の腕を犠牲にした本当の理由を述べてみろ。力を制御したかった理由を。お前は何を得たかったのか」
アイは顔を手で隠し、その隙間から「ただ会いたかったんだ……。ただただ会いたかった。呪いの力を制御できたら、きっと俺は、あえると。
一度抱きしめてもらえたらそれでよかった」
アイの歯から、嗚咽が漏れてくる。
「俺は母さんに抱きしめてほしかった」
じゃあ、とイワは冷たい声で言う。
「これはなんなんだ。俺たちは必死に、あんな襤褸の劇団で、お前の母親が迎えに来てくれるのを、待っていた。お前が呪いの力を制御し、そして俳優として有名になれば正々堂々会える日が来ると、俺はな、それをかなえてやりたかった!
どうして、そんな俺らが本人に殺されると、どうしてこんなことがありえるんだ!」
アイは手を取り払った。ゆっくり顔をあげる、その顔はただ赦しだった。最後、王女が荒野をさまよう、その顔だった。
「イワ、俺はそれもまたそれでいいと、そう思うんです。俺たちは全力を尽くした。そして敗れて、首を斬られ、血に打ち捨てられる。俺は、俺を産み落としてくれた母親が、それで良しとするなら、もう文句は何もない。何もなく何も考えず、ただ穏やかに、母さんに見られながら死にたい」
赦しの顔が涙で濡れ、それでもと口を震わせた。
「おれは、本当に愛してたんですけどね。だから、母さんが困ってることもよくわかるから」
アイはうなだれて、首をさらした。
「おれをさきに」
「やめて、やめなさい。わたくしの息子に触れないで」
小さな女声が天井から降ってきた。
イワにとっては救いの声であり、かけの成功を意味した。




