生死は流れ、そこは暗闇
アイは引きずられるように連れていかれ、そしてイワの手には手錠が欠けられた。皇太子妃の子を監禁した罪でだ。
「お前ら、それ本気か、兵士も恥知らずな職だな」
と軽口をたたくと、おもいきりぶん殴られた。口の中が切れ、歯がボロボロと抜けた。もともと歯が悪いのだ。まるでとうもろこしみたいに簡単にぽろぽろ抜けた。
イワは石の牢屋に入れられた。まわりは五歩×五歩で、窓はなく、常に真っ暗だ。イワは目をつむっていた。入ってからずっとだ。看守が日に一度食事を運ぶときは差し込み口から明かりが見えるだろうが、三日間ずっと目を閉じていた。
目を開ければ、わりとすぐ頭のねじが一本外れそうだと思ったのだ。暗闇は選ぶに限る。まあ頭がおかしくなるのも、別にいいが、頭のねじが外れているやつに、「外れる前は世界が壊れるんだ。その時心が本当にきしんでひきちぎられるんだぜ、げへへ」といわれたことがあり、痛みは嫌いなので拒否していた。
そして4日目、差し込み口ではなく扉が開いた。鮮烈に光が目に来た。手で覆う。
「けっおかしなやつだ」
と看守が言う。石の床にたたきつけられる音とともに、ぷんと人間の匂いがした。久々に嗅ぐ。
うめき声でだらかわかった。
「おい、アイか?」
答えはなかった。手探りで、あちこち踏みながらアイの顔を探す。
「あほか」
思わずイワは笑っていた。アイの瞳からはまた涙が流れていたのだ。イワは条件反射で泣き顔をみてやろうと目を開け、「あっ」と声を上げた。そこは異常な黒さの石の牢だった。もちろん、そんなことはわかっていた。しかしその中は暗く、暗すぎた。イワは「おお」と声を上げた。本気で心がきしみはじめていた。
「すげえ、はは」
ここにいつまで居るんだ、という言葉の「ここ」と思った瞬間に心に暗闇が広がった。
イワは笑い、そして笑いの合間に怒鳴りながら壁をけり始める。
おいおい、自分でも止められねえんだけど、と自らの奇行を止めようとしてできずに驚く。まじで頭のねじ外れかけてるし。
ちょっと泣き顔見てやろうと思ったらこれだ。
よろよろした力ない手つきで、ふくらはぎにアイの手が添えられた。
イワは笑いながら、打ち付けられる勢いで床に転んだ。口からは笑い声が漏れている。
瑠璃の瞳。イワは、笑いながら暗闇の中で、アイの瞳を探し、わめいた。アイの足を触り、くるぶしを指で確認し、腰に手を添え、そのまま首を絞める勢いで、がっちりと顔を固定し、息がかかるほど顔を近づけた。眼球がつきそうなほど顔を近づけ、相手のまつげが自分に刺さる。しかし、そこに本当に瑠璃の瞳があり、色が見えた。
「はっはは……」
アイは泣いていたが、嗚咽せず、吐息はかすかだった。イワは笑いを止める。ぼんやりと瞳を眺め続けていたイワの唇に吐息がかかり、ふと湿り気を感じた。おいおい涙でも伝ってきているのか、とイワがそう思った瞬間に、アイは唇を、イワの唇に押し付けた。アイの涙が人中につたわり、お互いの唇を濡らした。
「俺を卑怯と思いますか」
いつ唇を話したのか、アイが吐息に交じった声でいう。
「それよか、お前の涙鼻水の味がする」
イワはそういい、アイの額に頭突きをした。
「よし、まあいい。お前の状況を聞かせてくれ」
アイはかすかに笑った。その声は幾分低くなったようだ。
「俺はイワと離され、皇太子と皇太子妃に面会したんです」
「ふむ」
イワは足を組んだ。アイが介助して、イワを壁にもたれさせてくれる。
「もともと皇太子は俺を殺すつもりでした。けれど皇太子妃があまりにも俺との再会を願ってるから、と一度面会の機会を設けると約束したらしいです。けれど皇太子はもともと俺も黄のことも気に入らなかったんです。……黄が皇太子妃の恋人で、俺が子供だから」
イワは「へえ」と驚いた。そのときイワははじめて黄の死を悼んだ。あいつはアイと同じく演技の才があった。普通に考えれば、その可能性は大きかった。どこの誰が、主人の命令のために死の危険を冒すのか。だけど黄という男はアイと接するとき決して感傷した顔をしなかった。皇太子妃のこともそうだ。隠し通したのだ。
「皇太子妃と俺はあいました。だけど彼女の問いに俺は何も答えなかった。無表情で、ぼんやり下を向いていました」
「はあ」
とイワはあきれた。ただのぼんくらじゃないか。
「皇太子妃は悲しそうな顔をしてました。すると皇太子は黄を殺したのは俺だといい、俺が悪いやつらにとらわれ、心も悪くなってしまったと話しました。そして俺のやってもいない罪をいくつもいい、皇太子妃に『君の子供は可愛そうな運命だった。けれど罪は罪、君の子供は処刑し、そして最後は君が見届けろ』といいました」
んで、とイワが天井の暗闇を本当に暗いななどと思ってみていると、「それで皇太子は兵士に俺を引きわたすと『ヒスギのためだ』といって、ここに入れました」
イワはきょとっとした顔で目をぐるりとまわした。
「お前の呪いのことはどう考えているんだ?」
「局地の破壊といっても、俺を殺す一人を殺すぐらいしかできません。処刑吏を騙して俺を殺すつもりなんです」
はあ、とアイは深刻さのかけらもない顔で苦笑して見せる。泣いてたくせに、やけに余裕だとイワがむかつくと「イワがいたので、うれしかったんです」という。
そのまま黙り込んでいる。
「まあ経緯はわかった。一か八かだが、賭けをしよう」
「かけ、ですか」
最後に一芝居だ、とイワは立ち上がった。




