第八章 ある夜の物語
そこは煌々と蛍光灯の明かりが照る廊下だった。
右には私の姿がはっきりと映る夜の大窓がずらりと並び、左には学校の教室と思われる部屋が奥に向かっていくつもあった。
私は明かりが消えた静かで無人の教室たちを無視して廊下のつきあたりにある部屋を目指して駆ける。
なぜだかわからないけれど、その部屋へ行かなければ、そう思った。
勢いよく戸を開いて中に入る。
油絵の匂いがつんと鼻をついた。
壁には一面の絵。
そのどれもが私がこの数時間で経験してきたこの世界の幻想的な絵。
クラゲの泳ぐみず屋のぜりぃ。
星のかけらを狙うおじさんと傍らに横たわる犬。
ホームに立つ少年の駅員さん。微笑みの女性とピエロ。
活気に満ちた月光市場。
セント・エルモ号の上で逆立ちする工藤さん。
迫力ある、やおよろず屋の建物。
等々、そして昼間に中岡南の学際の美術部の作品展示室で見た草原を行く幻想的なキリンの絵も。
部屋の中央には椅子に腰かけてキャンバスへ向かう少年の姿があった。
肘まで捲った開襟シャツ。
筆を持つ手は油絵の具で汚れている。
背はそんなに高くはない。
線も細い。
顔は普通。
可もなく不可もなく。
すると私に気付いた少年は目を細め、柔らかく笑った。
「久しぶりだね」
この声は好きかも知れない。
「朝、病院で会ったじゃない。……そっか。寝てたからわかんないよね。お父さん」
言って瞬きすると次の瞬間には少年がお父さんに変わっていた。
驚きはしないよ。分かっていたから。
「会いに来てくれていたのか。ありがとう。それと気づけないでごめん」
お父さんの声、好きだ。
こんなにも胸に染み入る声があったんだね。




