第七章 やおよろず屋のある箱
「大切な物を諦めになられるのですか?」
お爺さんの細い目の奥から瞳が私をとらえた。
「たぶん、これも大切な事なんです」
私はきっぱりとお爺さんに言い切ってキネムを見た。キネムは「そうだね。僕もそう思うよ」と賛同してくれた。
「シカシ、ソレデハ我ガ店ノ沽券二カカワル。客ノ望ム物ヲゴ用意スルノガ、ヤオヨロズ屋ノ誇リナノダ」
「用意はしてくれたじゃないか。大切な物は確かにあった。それを買うか買わないかは僕たち客の都合だろう? やおよろず屋の沽券にはかかわりはしないよ」
「確かにその通りでございます」
「貴重なお時間を無駄にさせてしまい申し訳ありませんでした」
頭を下げるとお爺さんは「いやいや、お気になさらずに」と初めて笑顔をくれた。
お爺さんはやおよろず屋の出口を私たちへ教えた後、まだ何か文句が言いたそうな九官鳥と何やら会話をしながら去って行った。
私たちは私の提案で、すぐにはやおよろず屋からは出ず、日用品とも違う奇妙な品(おそらく楽器と思われる)の並ぶ人気のない階を通り、さらに二つほど階段を上って屋上へ出た。
洗濯されて干された大量のシーツが緩やかな心地よい夜風に揺れていて、その合間をぬって屋上の縁へ出る。
腰ほどの高さの木の柵に手をついて眼下に広がる月光市場を眺めた。
「箱の空白に入る文字、訊いてもいいかな?」
「別にいいよ」
本当に気持ちのよい風だ。
「火の下には血、金の下には光」