《閲覧》・焦り
町へ戻る頃には、空は茜色に染まり始めていた。
肩に背負った薬草の袋を持ち直し、俺は冒険者ギルドの扉を押す。
昼間ほどではないが、中はまだ賑わっている。
「依頼の達成ですね?」
受付嬢が笑顔で薬草を受け取る。
「ああ。指定された分は集めてきた」
「ありがとうございます。確認しました」
革袋が差し出される。
依頼達成の報酬だ。
「助かる」
礼を言って受け取る。
銀貨数枚、パーティーを組んでいた時に比べてはいけないのは分かっている。それよりも頭に浮かぶのは、木陰で待っている青いスライムだった。
(待たせてる)
「それじゃ」
「あ、はい。またお願いします」
ギルドを出る。
まだ夕暮れだ。
急げば日が落ちる前に戻れる。
そう思った、その瞬間――。
ゴォォォォォン!!
町中に重い鐘の音が鳴り響いた。
一度。
二度。
三度。
人々が一斉にざわつく。
「警鐘だ!」
「何があった!」
兵士たちが門へ向かって駆け出していく。
嫌な予感がした。
俺も人混みをかき分け、西門へ走る。
「門を閉じろ!」
「急げ!」
巨大な門がゆっくりと動き始めていた。
「待ってくれ!」
俺は叫ぶ。
「森へ行かせてくれ!」
門番は険しい顔で首を振った。
「駄目だ」
「急ぎなんだ!」
「だからこそ行かせられん」
「何があった?」
門番は低い声で答える。
「森でフェンリルが暴れている」
「……フェンリル?」
「偵察隊が確認した。討伐隊も編成し明日には向かう」
周囲から悲鳴にも似た声が上がる。
「フェンリルだって?」
「森には近付くな!」
門番は俺を真っ直ぐ見る。
「命が惜しいなら町にいろ」
(スライム……)
あいつはまだ待っている。
俺が「待ってろ」と言ったから。
「頼む!」
一歩踏み出した俺を兵士が押し返す。
「下がれ!」
ギィィィ……。
重い音を立てながら門が閉じていく。
最後の隙間から見えた森は、もう薄暗くなっていた。
ドォン。
門が完全に閉じる。
俺は拳を握り締めた。
「……くそ」
その夜。
宿のベッドに横になっても眠れなかった。
ぷるぷると震える小さな体。
頭から離れない。
(明日の朝一番で戻る)
それだけを考え続ける。
そのときだった。
――オオオオオォォォン……。
夜の森から、どこまでも響く遠吠えが聞こえた。
怒りなのか、悲しみなのか…俺には分からない。
ただ胸騒ぎだけが、静かに大きくなっていった。




