《閲覧》ゴブリン
翌朝。
ラグナスの空は澄み渡り、町には朝早くから多くの冒険者が行き交っていた。
武器を担ぐ者。
大きな荷物を背負う者。
傷だらけで帰ってくる者。
その全員が一つの場所を目指している。
ラグナスダンジョン。
「待たせた。」
待ち合わせ場所へ着くと、昨日パーティを組んだ狼獣人が壁にもたれて腕を組んでいた。
「いや。」
「俺も今来たところだ。」
相変わらず無表情だ。
その肩へ、スウがぴょんと飛び乗る。
「ぷる!」
狼獣人は少しだけ驚いた表情を浮かべる。
「……懐かれたな。」
「人懐っこいんだ。」
スウは嬉しそうに身体を揺らしている。
《閲覧》
---
【スウ】
Lv.10
状態:健康
感情
・おはよう!
・きょうも がんばる!
---
「そういえば。」
歩き出そうとしたところで俺は足を止めた。
「昨日は聞きそびれたけど。」
「名前、教えてくれ。」
狼獣人は少しだけ間を置き、
「……ガルド。」
短く答えた。
「俺はレン。」
「知ってる。」
「え?」
「昨日、受付が呼んでた。」
「あぁ……。」
思わず苦笑する。
「改めてよろしく、ガルド。」
「ああ。」
ガルドは小さく頷いた。
◇
町を出て十分ほど。
巨大な石壁に囲まれた建造物が見えてくる。
中央にはぽっかりと開いた巨大な穴。
その奥へ続く石階段。
あれがラグナスダンジョンだった。
入口では衛兵が冒険者証を確認している。
受付を済ませ、俺たちはゆっくりと地下へ降り始めた。
ひんやりとした空気が肌を撫でる。
壁には淡く光る鉱石が埋め込まれ、薄暗い通路を照らしていた。
「初めてだから、一階層だけにする。」
ガルドが前を歩きながら言う。
「欲張るな。」
「生きて帰ることを最優先にする。」
「分かった。」
盾を構えるガルドの背中は、どこか安心感があった。
慎重。
昨日受付嬢が言っていた言葉だ。
だが俺には、それは欠点には見えない。
命を預けるなら、こういう仲間の方が頼もしい。
しばらく歩くと、小さな物音が聞こえた。
ガサッ。
ガルドは即座に盾を構える。
「来る。」
茂みの陰から現れたのは、小柄な緑色の魔物。
ダンジョンゴブリンが二匹。
俺は反射的に《閲覧》を使う。
---
【ダンジョンゴブリン】
Lv.8
状態:健康
感情
・ころす
・しんにゅうしゃ
・ころす
---
「……!」
思わず息を呑む。
フェンリルとは違う。
スウとも違う。
感情があまりにも単純だった。
殺す。
侵入者。
殺す。
それしかない。
迷いも、恐怖も、怒りもない。
ただ侵入者を排除するという意思だけが並んでいる。
「どうした。」
ガルドが小声で聞く。
「いや……。」
「森の魔物とは全然違う。」
「森?」
「あ……いや。」
慌てて誤魔化す。
「雰囲気が。」
ガルドはそれ以上聞かなかった。
「来るぞ。」
ゴブリンが一斉に飛び出した。
「ギャアア!」
「俺の後ろに!」
ガルドが盾を前へ突き出す。
ゴンッ!
ゴブリンの剣が盾へ弾かれる。
その隙に片手剣が閃いた。
一匹。
続けてもう一匹。
無駄のない動きだった。
わずか数十秒。
二匹のゴブリンは動かなくなった。
ガルドは剣についた血を払い、静かに息を吐く。
「怪我は。」
「ない。」
「スウは?」
「ぷる!」
元気よく返事をする。
ガルドは小さく頷いた。
「よし。」
「先へ進む。」
その姿を見ながら、俺は一つ確信した。
ガルドは臆病なんじゃない。
戦うべき時と、退くべき時を知っている。
だから生き残ってきた。
少し歩くと、ガルドが足を止めた。
「今日はここまでにする。」
「もうか?」
「初探索だ。」
「欲張る必要はない。」
「一階層を覚える。」
「それだけで十分だ。」
俺は少し驚いたが、すぐに納得した。
確かに、このダンジョンは森とは違う。
命の危険が常に隣にある。
まずは生きて帰ること。
それが一番大切なのだろう。
俺たちは入口へ引き返し始めた。
その時だった。
ダンジョンの奥から。
――ゴォォォォォン……
地鳴りのような低い音が響く。
ガルドの足が止まる。
その表情が初めて険しくなった。
「……なんだ?」
低く呟いたその声は、わずかに緊張を帯びていた。
静まり返った通路に、不気味な振動だけが響き続けていた。




