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竜になれない竜姫と王子を強制された王妹は、政略結婚で家族を選び取る  作者: 卯月スズカ


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異端の流儀

 ナデシコが地面を叩き、立ち上がったその瞬間、歪められた地脈が防壁を作り出す。世界そのものの力を用いた絶対の防御。ナデシコは叫び、戦場に告げた。


「そいつはもう逃げられない! 殺すことだけ考えて!」


 ナデシコの声に、エンラがまず動く。異形を掴み、地面に叩きつけて、千切れた肉の飛散が不可視の防壁に阻まれたことを確かめた。

 そして同時に世界が死んでいく。本来ならばありえない速度と濃度で、土地を生かすエーテルを防壁に収奪され続けている当然の結果として、植物が見る見るうちに枯れ果て、形を保つことすらできずに砕け散っていく。


「……俺か。俺がナデシコを生涯監督すべきなのか……?」

『あら、オドゥさんにとってもそこまで悪いお話ではないでしょう? これで子離れできない正当性ができたんだから。ナデシコの研究が世界を滅ぼさないよう、どうにか頑張ってくださいな。きっとオドゥさん以外止められないから』


 オドゥの嘆きと双子の真剣なからかいが重なる。オドゥの隣で琥珀の鳥を抱えるヴァーチェは見慣れた風景が殺されていく過程を見つめて、静かに感想を呟いた。


「わたくし、ナデシコは頭が良くて優しいお姉さんだと思っておりましたの。頭が良すぎてとっても危ないけど優しいお姉さんでしたわ」

「ああそうだよ、あいつは俺に育てられたくせに気が利くやつなんだよ……。ほとんど独学で魔術書もろくに手に入らない環境だったのにどうしてこうなった……」


 オドゥは露わになったナデシコの真の才覚への慄きと本音を隠さず発散して、どうにか思考を立て直していく。

 ナデシコの発想と技術力が危険なのは事実だが、世界を滅ぼす前に把握できたのはまさしく僥倖。すべて終わってから管理方法を考えればいいのだと、未来への恐怖は切り捨てた。


「──行くぞ、ドラキュリア。あれが止まった以上、危険があるとすりゃここの人間くらいだからな。ついでに守ってやらんこともない」

「ええ、お願いしますの。わたくし逃げ足は早いですから、危ないときは勝手に隠れておりますわ」

「へえ……? はっ、ガキでも一丁前の異端ってわけか」

「ガキではありません! もう十四です!」

「十分以上にガキだ。四女の姉さん、あんたはどうする?」


 アンナリーゼは問われると、一瞬だけイウリィに目を向けて若干の逡巡を見せる。とはいえ姉三人の指示も仰げる状況だ。一人で迷っても仕方ないかと、取りうる択を言葉にした。


「拙はシェスカ殿からイウリィを託されている。アゥダーリー殿と守りたいが、教皇を捨て置くわけにもいかない。どちらを選ぶか、決めかねている」


 イウリィの守護も教皇の捕縛も、どちらも必ず成し遂げなくてはならない。クエリは妹の迷いを耳にすると、イウリィへ声をかけ、促した。


『イウリィ、貴女が決めて。リズがどう動くべきか』

「はい。……アゥダーリー。リズさまと一緒に、私たちもあの男を探しましょう。私には何もできないけれど、ただ待っているのは嫌です」

「御意に。御身の意思に従い、私が荒波となりましょう。アンナリーゼ殿、よろしくお願いいたします」

「承った。拙はもともと軍の出だ。護衛は一任してほしい。──ナデシコ、あなたはどうする?」


 アンナリーゼがナデシコに尋ねる。地脈防壁が綻びなく稼働していることを確認していたナデシコは、腕を組んで目を閉じた。


「……今の割り振りの中に、あたしが混ざる意味はない。けれど、あたしが適任になる動き方も思いつかない。だから一旦ここに残って様子を見てみる。もしあたしが必要になったら呼んで。師匠とリズ姉さんなら問題ないでしょ?」

「そうだな。お前なら戦況も見れるだろうし、それがいい。死なねえ程度に無茶してこい」

「んなもんこっちのセリフよ、ボケ師匠。いくら元隠密だろうが十二年も無職だったくせに」


 けっ、とナデシコはわざと吐き捨てる。いつも通りの悪態をつけば、今の状況も何てことないと安心できた。

 オドゥもナデシコの内心などお見通しだと言わんばかりの余裕綽々とした表情で、煽りをそのまま受け流す。ナデシコも自覚して甘えていたから、そのままイウリィへ目線を向けた。


「イウリィ。あなたたちの怒りはきっちり全部ぶつけてきなさい。そしたらあなたのお庭、一緒に直しましょ」

「──はい。ナデシコさま、ネオンさまが本当に鳥さんになっちゃわないように連れ戻してあげてくださいね」

「ごめん。そこはたぶんもうとっくの昔に手遅れだから、あたしでも無理」


 異形を阻むのはエンラだが、最も致命傷を与えているのは間違いなくネオンだった。

 異形を仕留める戦場の中で、翼を持たないのはネオンただ一人。だというのにハルピュイアを当然のように従え、空中戦まで当然のようにこなしている姿は、圧巻を通り越して驚嘆すら覚えるものだった。

 イウリィの言葉も緊張を緩めるためだったらしい。くすくすと笑って、強張っていた表情が緩んでいく。その傍らでヴァーチェは二人のやりとりを聞き終えると、ふむと小さく頷いて、少しの迷いも覗かせながら口を開いた。


「ねえ、綺麗な人魚のお方」

「……え? 私、ですか?」

「人魚はあなたしかいないでしょう? ほんの些細なことなのですけれど、少しばかり言いたいことがありまして。守られ仲間として、一つわたくしたちの流儀を教えて差し上げます」


 ふふん、とヴァーチェは自慢げに胸を張る。イウリィとは年齢が近く、武力を持たない親近感もあってか、ヴァーチェのもともとの勝気さが露わになっていた。


「たとえ敗北を喫しようが、最後に生存すれば勝ちなのです。泥臭く、決して美しい足掻きでなくとも、役目を果たすことこそが肝要。いいえむしろ戦えない者ならば、こそこそと逃げ回って強者に頼り、そして己の役目を果たせば問答無用の勝ちですわ。ま、異端と王ではまったく異なるでしょうが、これがドラキュリア派の生き方だとお伝えしておきます」


 そうして自信たっぷりに髪を払った直後、響いたハルピュイアの咆哮にぴぃと鳴き声をこぼした。異形はほとんど気にしていないのに、一応は自陣営であるハルピュイアには反射で怯えるようになってしまったあたり、ネオンとフレアがもたらした鳥への恐怖はよほど根深いらしい。

 イウリィはヴァーチェの言葉にしばらく目を丸くして、やがて口元を緩ませる。ナデシコが離宮でいつも見ていたものと変わらない、信頼に満ちた笑顔だった。


「はい。ありがとうございます、ヴァーチェさま。アゥダーリー、リズさま、お願いします」

「ええ、参りましょう。さあ──我が本性をご覧あれ」


 アゥダーリーが毛皮を深く被れば人の形が消えて、柔らかな目つきのアザラシが現れる。微笑む表情には怒りと誇りの二つが同量に宿り、アンナリーゼに主の守護を委ねて真っ先に大穴へ飛び込んでいく。

 大穴に濁流が満ちて、荒ぶる水音があたりに響き渡った。イウリィとアンナリーゼもアゥダーリーを追いかけて大穴の中へ。オドゥはヴァーチェの首根っこを掴み、文句を無視して乱雑に背負いながら、億劫そうな態度で言った。


「気張れよ」

「うん」


 残ったのはナデシコだけ。アンナリーゼが残していった翡翠の鳥は、異形の姿を収め続けている。

 静かに、ナデシコは呼吸を整え、俯瞰した。どうすれば、自分はこの戦場に貢献できるだろうかと。

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