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竜になれない竜姫と王子を強制された王妹は、政略結婚で家族を選び取る  作者: 卯月スズカ


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鳥類たちによる史上初にして最後かつ最悪の事故

「彼女、本当に人類なのか一度調べておくべきでは?」

 

 ヴァーチェはとうとう声すら震わせずに、思ったままの所感を伝える。平常心の原因は、脳が衝撃に慣れすぎたからか、ネオンのことは考えるだけ無駄だと思考を諦めたからか。

 エンラの背から見えるのは、建物はおろか地盤ごと砕かれ、露出した地下空間。そしてあたりに立ち昇り、ゆらめく焔。この光景がネオン一人によってもたらされた事実はもはや全員が受け入れていたが、エンラだけは若干異なる角度の疑問を呟いていた。


「……やっぱりおかしいな。王冠の使い方が効率的すぎる」

「あ? どういうことだ?」

「いやこう、あくまで僕の感覚なんだけど。ネオンが王冠を持っているだけならここまでの規模にはなってない気がするんだ。王冠はあくまで預かるもの。生得的なものじゃないから、力を扱うにはどうしても意識を割かれる。王冠を破壊に利用するのなら、僕よりネオンの方がよっぽど上手い」


 竜帝自ら下されるネオンへの評価。エンラの中で、ネオンとフレアの関係はやはり何かがおかしいという確信がどんどん積み上がっていく。

 エンラの直感にオドゥも腕を組み、悩ましげに視界を塞いだ。

 

「……王子様の中にあのクソボケ鳥類がいるからってことか?」

「かもしれない。暁が王冠を制御しているような口ぶりだったし、分担できているならまあ納得もできなくは、ない、かもしれない?」


 わずかな時間で見せられた例外現象が多すぎて、エンラの呆れには疲れも滲んでいた。

 とはいえこのまま呆けているわけにもいかない。何かが起きれば背に乗せている三人を降ろして、エンラ自ら殲滅すると決めていた。そのために高度を下げようと身体を意識して、自分のものではない風切り音に気付く。

 振り返る。空を狩場にする命の中で、他の追随を許さない速度を誇り、迫ってくるのは群青のハルピュイア。暁のフレアの後継者であるエダだった。


「ああ、暁の後継とやらか。随分遅かったね」

「所用を優先していた。フレア様は?」

「あの奥に」


 暴虐の痕跡を示す。エダはその光景を見つめて、しばらく黙りこくってから意思を告げた。


「私たちはフレア様の合図に集っただけ。戦はフレア様の声を聞いてからだ」

「だろうね」


 エンラはすぐに相槌を打ち、肯定する。エダの背中から女性の声がやってきたのはその折だった。


「ナデシコ殿、おられますか?」

「ん? ──アゥダーリー」


 顔を覗かせたのは水底揺籃シェスカの臣下。アザラシの毛皮を被り、人型を象っているアゥダーリーだった。アゥダーリーは躊躇うことなく空中に躍り出て、エンラの背中に移動する。

 この場で唯一、エダとアゥダーリーの繋がりを知るナデシコは納得して頷いた。エダはフレアの合図に異変を察知して、海までアゥダーリーを迎えに行っていたらしい。

 アゥダーリーはナデシコにまず一礼する。するとすぐさま不安げな瞳で周囲を見回して、硬く強張る声で尋ねた。


「イウリィ様はどちらに?」

「ごめん、守れなかった。でも、ネオンが迎えに行ってる」

「──そうですか。であれば構いません。彼女ならば必ずやイウリィ様を守ってくれるでしょうし。……とはいえ、まったく。王冠を預かっているにしても、どうして人の子がここまでの力を持っているのか」


 しみじみと呟く声はほとんど呆れだった。アゥダーリーは王ではないが、かつてシェスカに仕えていた立場だ。やはりネオンの破壊は尋常の規模ではないのだろう。海の視点でもおかしいということが確定して、ナデシコは思わず顔を覆った。

 そんなナデシコの姿を不可解に思ったらしい。ヴァーチェがつんつんと、控えめに突いてきた。


「ナデシコ、どうしましたの? この世のすべてに呆れ返っているみたいな顔をして」

「ああ、いや、うん。なんとなくわかってきたというか、ほんっとうにくだらないことを二人がしでかしたせいで、ネオンが変なことになってる気配が、すごく」

「くだらない?」


 ヴァーチェはきょとんと首を傾げる。ナデシコは念の為、自分とヴァーチェが落ちないように細工をしてから、問いかけた。


「ねえ、お父さん。この際アゥダーリーでもエダでも構わないんだけど」

「うん? どうしたんだい、ナデシコ」

「王冠を保持したまま殺されたら、何が起きると思う?」


 三者とも、すぐには答えなかった。反応があったのは数秒後。返答よりもまず先に、動揺したエンラが大きくバランスを崩した。


「っ──おいこらエンラ、急に揺れんな! 落ちるだろうが!」

「ご、ごご、ごめ……い、いや、ありえな、ありえない、さすがにそんなこと、いくら暁でも、まさか」

「うん。あたしもそう思ってたんだけど、考えてるとそのくらいしか原因が思い浮かばなくて」


 はぁぁ、とナデシコも大きくため息をつく。王冠を頂かない人間二人にはエンラの動揺もナデシコの呆れも理解できないらしく、話の続きを待っている。促したのは他人事として俯瞰できるアゥダーリーだった。


「ナデシコ殿、どうしてそのような起こりえない仮定を?」

「いやうん。ネオンとフレアの状態って明らかに異常というか、お父さんの話を聞いてる限りだと、まともに王冠を移譲したなら絶対に起きないはずなのよね」


 王冠は種族そのものの誇り。王冠を預かる王は生涯王冠を守り続けて、衰えれば後継に託す。

 だからこそ、王冠保持者が殺されることはあり得ない。同族は決して王を穢さず、王冠を求める天導教も殺害ではなく封印を選んでいた。

 ──けれどよくよく思い返せば、ネオンは常にフレアを「殺した」と明言していて。さっきまで見ていたネオンとフレアのやりとりは明らかに、最短距離で問題を解決しようとする同族の思考で。

 ナデシコは肩を落として、嘆息と共に推測を明言した。


「うん……ネオンとフレアってもしかすると、移譲が面倒臭いとか時間がないとか、そんなくだらない理由で禁忌を犯しちゃったんじゃないかなって……」


 ナデシコはそう言いながら、無意識でヴァーチェを見ていた。ヴァーチェは自分が何を求められているのか、青水晶のハルピュイアの姿でおおよそを理解して、暁のフレアにまつわる記憶を辿った。


「……噂があちこちから聞こえてきただけですが。翼が根本から叩き折られていたとか、眼球が抉られていたとか、喉笛が千切られていたとか、内臓も数多貫いていたとか、なんだかこう、ええ。現場で絶命していてほしい損傷具合だったらしいですわね。実際、封印はされなかったらしいですし。ちなみに普段はそんな噂は流れてこないので、はい。史上初だった可能性はかなり高いかと」


 ヴァーチェの証言で、エンラもエダも静まり返る。

 しばらくかけて咀嚼して、同時の罵声が空に響いた。


「────フレア様ぁあああ!」

「バカか、バカなのか、そこまでバカだったのか、あいつ!? バカなのは散々聞かされたばかりだけどそこまでだったのか!?」


 当事者二名の混乱はあまりにも深い。ナデシコは生まれて初めて目の当たりにする父の当惑と絶叫をどこか客観的に見ていた。アゥダーリーはふむふむと頷いて、同盟者を憐れみのこもった目で見つめる。


「なにを、あの娘もフレア様も一体なにを、どうしてそんなことをしでかして……!」

「王が直情的だと大変ですね、切に。海として同情しておきます。お大事に」

「あああああああ! うるさい同情するな同情しないでくれ! まさか王冠にまでそんな扱いをしたのか、あのお方は!?」


 エダの慟哭が空に響き、大気が痺れる。ナデシコが音圧に目を回しているヴァーチェの耳を塞いでやっていると、顔をしかめたオドゥが問いかけてきた。


「……ここまで嫌がるものなのか? いや、エンラがここまで乱れるなら相当なのはわかるんだが、天使の素材にされるよりかは遥かにマシだろ?」

「うん、それは間違いない。間違いないんだけど、だからなおさら救いがないって言うか……」


 ナデシコも適切な比喩は思いつかない。オドゥに育てられて、ほとんど人の価値観で生きていたナデシコですら呆れる暴挙なのだから、エダの悲痛は想像もできなかった。

 もしもナデシコの想像が正しければ、フレアが元気すぎる理由もなんとなく繋がってくる。殺害による王冠の移動という前代未聞のことをしでかした以上、フレアの精神に何が起きてもおかしくないし、そのうえネオンの体質はエーテルをすべて体内に留めるものだ。何がどう噛み合って例外事象を起こすか、予測は誰にも不可能だろう。

 全部終わったら二人まとめて説教するべきなのだろうか、と。ナデシコはもう何度目かもわからないため息を落とした。


「行動は最善だったんだけど、方法があまりにもひどすぎて……。代々継承してきた常識と倫理と道徳を、自分たちの王が粉々になるまで粉砕したって言えば伝わる?」

「……何もかもあのバカたちの特例か」

「うん。だからネオンとフレアが何をしでかしても、理由は一切考えない方があたしたちのためね。今後の歴史でもう二度と起こらないレベルの事故だから、たぶん」

「後生だから歴史にも残さないでくれ……。私の胸にだけ秘めていれば、フレア様は王冠を守り抜いた覇者のままでいられるから……」


 エダは疲弊し、悲嘆に項垂れながらも、未だ忠義を貫いていた。あの鳥の何がそこまでハルピュイアを惹きつけているのか、ナデシコはまるで理解できない。

 アゥダーリーはエダの悲しみを見届けながら、ふむと手の甲で口元に触れていた。温和でありながら、苦い痛みが覗く表情。ここが天導教の総本山であることを踏まえれば、自らの王であるシェスカを考えているのは間違いなかった。


 ナデシコはアゥダーリーの顔を見て、声をかけるべきか迷う。けれど決断する必要もなく──音なき王の号令が、響いた。


「っ──」


 号令の主はエンラでもフレアでもない。弾かれたように面を上げたのがアゥダーリーであることが、海の呼び声だったことを何より物語っていた。

 アゥダーリーは顔を強張らせて、王の声を聞き届ける。喉を震わせて、ああ、と小さく声が溢れた。


「シェスカ様──御身はまこと、尊き我らの王だった……」

「……海の不在が終わったか」

「ええ」


 エダの確認に、アゥダーリーは頷いた。悲哀の声を飲み込み、新たな王の姿を思う。一度だけ出会った、優しく愛しい人魚の子を思い出して目を閉じる。


「私たちのゆりかごよ。御身は愛し子に、王たるを見出したのですね。──ええ、ならば。海は全霊をもって応えましょう。今ここにいるのが私ただ一人だとしても」


 王の号令が海に届けばすぐに、応答はこだまするだろう。大海の慈母を讃え、送り、祈りを受け取った誇り高き子を迎えるために。

 だからその先駆けをアゥダーリーは担う。あなたこそが我らの水底揺籃なのだと真っ先に伝えるために。


「空のものたちよ」


 音のない声で返しながら、アゥダーリーは告げた。微笑む顔には決意をたたえる。毛皮を被る瞳には、次なる王の臣下として第一に侍る喜びが満ちていた。


「──我ら海の嵐に、呑まれぬよう」

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