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竜になれない竜姫と王子を強制された王妹は、政略結婚で家族を選び取る  作者: 卯月スズカ


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明け方、山頂にて

 二人は人目を避けて夜のうちに山へ入る。侵入を気取られないためのルートにしてはあまりに単純ではないのか、とナデシコがオドゥに尋ねたとき、返ってきたのは独自に開拓した経路だから問題ないという答え。

 裏切り者として強い警戒を受けているはずのオドゥが、何度も侵入を成功させている道だ。ナデシコはすぐに懸念を捨てて、教えられた道を頭に叩き込んだ。もちろん何の目印もない山道だから、多少のズレは生じているだろうが、ナデシコが魔術で他者の気配を探っている間、他者の気配を感じることは一度もなかった。

 

「ナデシコ。そろそろ休もうか」

「……ええ、そうね」


 ネオンがそう提案したのは山頂にさしかかった頃。ネオン自身に疲労の色は見えないから、ナデシコを気遣ったのは明らかだった。息を切らしたナデシコは、情けなさに嘆息しつつも腰を下ろして、手頃な幹に背中を預けた。ネオンも隣り合うように、同じ樹木のそばに座る。

 

「まったく、竜より頑丈とか相変わらずめちゃくちゃなんだから」

「ふふ。君の旦那さんなんだから、これくらいはね。それに索敵を任せっきりにしちゃったし、その負担もあるだろう?」


 ネオンが言うとおり、その側面も確かにある。だからと言って、ナデシコのプライドはそう簡単に納得していないけれど。

 ナデシコは頭をネオンの肩に預けた。その行いに取り立てて意味はない。――ただ、そうしたかったからというだけだ。

 

「山って、思ったより冷えるのね」

「もしかして、登るのは初めて?」

「ええ。――そういえば、話したことなかったわね。竜の領域は荒野にあるの。山は飛ぶのに邪魔だから」


 疲れはあっても気だるい程度。ナデシコはぽつぽつと、かつての住処について話していく。ナデシコ自身、薄々と感じていたことではあるけれど、生まれてから十九年間暮らした竜の領域について思い出しても、寂寥の念は驚くほどに湧かなかった。唯一の未練だったオドゥと再会した今だから、より一層なのかもしれない。

 

「あたしと師匠は地下の遺構に家を作って、そこで暮らしてたわ。竜の目が煩わしいからって師匠が拠点にしてたところなんだけど、夏は涼しいし冬も寒くないし、住んでみれば快適なところだったわね」

「……ナデシコがオドゥさんのところに行ったとき、エンラさんは引き留めなかったのかい?」

「そうね、特には。でもね、お父さんが薄情ってわけじゃないのよ。お父さんとあたしが面と向かって会うと、変に勘ぐる奴らがいるから、お互いに都合が良かったの」


 ネオンはもたれかかるナデシコを引き寄せた。ナデシコと同じように、ネオンも意味があってそうしたのではないだろう。──きっと、たぶん。


「竜帝に求められるのは誰もが認める力。とはいえ、何度も竜帝を出してきた氏族が名族って言われるのも当然の話でしょ? 候補の力が拮抗していれば、そういった繋がりで選ばれるのも珍しくなかったんだけど、お父さんが選ばれたときはあんまりにも圧倒的だったから、誰もそんな口挟めなかったらしいの」


 ナデシコはくつくつと、喉の奥から笑い声を立てる。竜帝の座をめぐるやっかみが父と過ごせなかった理由の一つであっても、それは間違いなくエンラの抜きん出た力を示す証拠の一つだ。気まずい関係であろうと、エンラを慕うナデシコからすれば愉快極まりない話だった。


「あたしの母親はそういう一族からお父さんに差し向けられた相手だった。お父さんにはしてやられたけど、その子供の縁者になれば、って考えたんでしょうね。残念ながら、生まれたのはあたしだったからアテは大外れに終わったけれど」


 孵さなきゃよかった。母親が去り際に向けてきた言葉と失望の目は今もナデシコの中に色濃く残っていて、けれど以前ほどの怒りは感じない。

 母親から見捨てられなければ、オドゥと出会うこともなかったかもしれないし、シュトラルに嫁ぐ未来もなかったかもしれない。今みたいに、信頼を得て交渉を任されることだってなかっただろう。そう考えれば怒りこそあれ、悪いことでもなかったと思えるようになっていた。

 

「もちろんあたしが竜帝を継承することなんてありえない。でも、お父さんが子供かわいさに横紙破りをするんじゃないか、って突っついてくる暇な輩がいるのよね。お父さんがそんなことするわけないのに、くだらない」


 吐き捨てる。父の近くに行くと面倒をかけてしまうとわかっているのだから、わざわざ会いに行く必要はない。かつてのナデシコが、オドゥのもとへ押しかけるまでひとりぼっちで過ごしていたのは、その事実を知っていたからだった。

 もしもナデシコが、ただ父に会いたいという子供らしい欲求を素直に表していれば、エンラは決して拒まなかっただろう。ナデシコの孤独な毎日は、幼い年齢に似合わない聡明さが呼び込んだものだった。

 

 ネオンはナデシコの話を聞き終えると、くっつけていた身体をさらに寄せる。私がそうしたいからだ――とでも言わんばかりの顔で、ナデシコに意地を張ることを許さない。交わる体温に、寂しさが入り込む余地はなかった。

 

「……ネオンは? ネオンはどこで戦い方を教わったの?」


 ナデシコだって気遣われているのはわかっていた。なんとなく悔しくて、ごまかしがてらに尋ねてみる。問われたネオンは楽しそうに笑って答えた。

 

「紅蓮隊のみんなに。あの人たちも政治的には面倒な立場でね。暇をしていることも多いから、そういうときに構ってくれたんだ」


 先王に反旗を翻して、秘密裏に処刑されそうになっていた元死刑囚たち。クエリに忠誠を誓う彼らは仮面で身元を隠していても、弑逆当時から仕えている人間なら正体は悟っている。公にはとっくの昔に死んだ人間が近衛を務めていると知られるわけにもいかないから、露呈のリスクを下げるためにクエリの指揮下以外では動けない。

 ナデシコはそんな内実を知らないながらに、くすりと笑った。紅の制服に仮面をつけた怪人たちが、暇を理由によってたかってネオンを鍛える一幕を想像するとなんだか面白くて。

 

「ただ、教わった剣はお行儀が良すぎちゃったみたいでね。ギルドで私のこと、姫さんって呼ぶ人たちがいただろう? あの人たち、私のことをどこかお金持ちのお姫様が修行に来たぞ、ってからかってそう呼び出したんだよ。ひどくないかい?」

「あら、鋭い人たちじゃない。事実なんだから」

「むぅ……ひどいな、ナデシコまで」


 ネオンは視線を上に、首を逸らして空を見上げる。少し前まで真っ暗だった空には、朝を告げる白が混ざり始めていた。夜明けはまもなくやってくる。

 

「少し眠っていく?」

「いいえ、大丈夫。このまま行けるわ」

「そっか。じゃあ、進もう」


 ネオンはナデシコよりも先に立ち上がって、手を差し伸べる。ナデシコはその手を受け取って立ち上がり――今までは見えていなかった山頂からの光景を目の当たりにした。

 朝焼けに照らされる人の街。翼を持つ竜なら知っていて当たり前の高さを、ナデシコは生まれて初めて視界に収める。

 

 少し前なら劣等感を覚えていたかもしれない景色。――今となってはネオンの手の温度の方が重要だから、ただ白い世界に見とれることができた。ナデシコはこの一瞬だけ、直にやってくる交渉を忘れて右手に力を込める。

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