愚かな王と姉妹の物語
「私も、伝聞で聞いただけなんだけれどね」
ネオンは慎重な言葉選びで、そう前置きしてから話し始めた。
「私たちの父親は、姉上には一切期待していなかったらしい。後継者としての教育も施さず、すぐに次の子供を求めたそうだ」
「……下劣だこと」
ナデシコは眉根をしかめて吐き捨てる。ネオンも否定せず、困ったように肩をすくめてみせるだけだった。
「次に生まれた上姉さんたちも、双子そろって女の子だった。父はやっぱり後継者とは認めなかった。一つだけ姉上の時と違ったのは、魔術師として育てるように命じたことだった。双子っていう神秘性があれば、魔術師たちのお飾りくらいには使えるだろうから、って」
ウルミアとミラリスが魔術師になったのも、父親の身勝手な思惑に付き合ってのこと。快活で他人をからかうのが好きな二人の義姉の過去に、ナデシコはますます眉間の皺を深くする。
ネオンは今のところ落ち着いているが、聞いているだけでも不愉快になるのだ。話していて気持ちいいはずがない。ネオンは窓枠に肘をついて、時々深い疲れのこもったため息を吐き出しながら、言葉を続けていく。
「次に生まれたリズ姉も女の子だった。──こうなると、父も認め始めただろうね。母との間では、男の子は望めないって」
ネオンの声音に浮かんでいるのは呆れと同情。身勝手な欲望で家族の人生を歪めた男への嫌悪と、かつての苦悩を知らない自分へのやるせなさだった。
「母の心労が限界に達したのも、リズ姉が生まれた直後らしい。父は母の容態が落ち着くまで接触を控えて──最後に私を産ませた」
ナデシコの、人間より少し尖った犬歯が唇を噛み締めた。苛立ちを露わにするナデシコとは反対に、ネオンは微笑んでいる。ナデシコの怒りに救いを見て、儚いけれど確かな笑みを浮かべていた。
「私が女だったのも、父からすれば予定通りだったのかもね。父は私の性別を偽って、男児として発表した。母は私を産んで間もなく亡くなったけれど、父も五人も子供がいる状況で再婚しようとはしなかったみたい」
「中途半端な理性ね。──ええ、陛下が憎むのも当然よ」
もっと早く殺しておけばよかった──と。クエリは薄暗い図書室でこぼしていた。その言葉に心の底からの後悔が滲んでいたのを、ナデシコは今も克明に思い出せる。
先王がもし、妻を亡くした後も男児を求めようとしていたら、クエリはためらうことなく弑逆に動いただろう。先王にかろうじて残っていたわずかな理性がクエリに様子見を許して、ネオンに今も消えない傷を与えた。クエリがネオンを溺愛する様を見た後だから、後悔を滲ませた理由も一層わかる。
「アンナリーゼさんが姿を消したのは、まだ先王が生きていた頃?」
「うん、そのはず。葬儀の時に見た覚えがないから」
ネオンの記憶が始まった日に、アンナリーゼ・シラ・シュトラルはいなかった。
今は天導教で悪魔祓いをしているということだから、父親を見限って出奔したのだろうか。ナデシコは真っ先にそう考えて、すぐに首を横に振る。
ネオンには、アンナリーゼという人のはっきりとした記憶もないのに、優しい人と断言して恋しがっている。そう思わせるほどの人物が、姉妹を置き去りにして国も捨てるとは考えにくい。
アンナリーゼの失踪にも、何らかの陰謀を感じる。とはいえクエリの思惑と同じように、推測の手がかりがあまりにも少なくて、考察すらできないけれど。
「弑逆の時のこと、ネオンはどこまで知っているの?」
「ほとんど何も」
ネオンは答えながら、首を横に振った。無念を隠せていない声音は、姉たちが背負った罪を共有できない罪悪感から来るもので、ネオン自身では拭えない無力感でもあった。
「姉上も、上姉さんも下姉さんも、紅蓮隊の人たちも、私には当時のことを知らせないようにしているみたいでね。私は弑逆があった、という事実を知っているだけなんだ」
ネオンの話いわく、クエリは何の期待も受けず、国王としての教育も受けていなかったという。それなのに弑逆を決断して、紅蓮隊を味方に取り込み、父殺しを成功させて、シュトラルという大国の玉座を継承している。
それはどれほどの決意だったのか。想像すら覚束なくて、けれどクエリが時折見せる、強すぎるほどの存在感に納得を与える。クエリのさがは、天性の王者とでも言うべきものなのだろう。
ナデシコは思わず、苛立ちでも疲れでもない、圧巻と感嘆に息を落とした。父と親しげだったのも頷けるというものだ。
「……話、ありがと。姉君の思惑はわからないけれど──あの人が家族を裏切るはずないのは確か、でしょう?」
「うん、もちろん」
ナデシコの問いに、ネオンははっきりと頷いた。ネオンの瞳にあるのは不可解な指示を受けても決して揺らがない、クエリへの信頼。
いよいよ濃厚な茜色を落とす夕日を浴びながら、ナデシコは笑いかける。
「なら、あたしたちも姉君を信頼するだけよ。あたしたちの役割を果たしていれば、姉君の考えだっていつかわかるはず」
いよいよ列車が最後の駅に到着する。窓の外には、国家連盟と宗教国家群を隔てる山脈が連なっていた。




