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第三話 真相


「お父さん、お母さん」


夕食が終わった後。


玲音は、両親をリビングに呼び止めた。


いつもならテレビを見ながら笑っている時間。


けれど今日は違う。


玲音はソファに座ったまま、膝の上で手を握っていた。


「どうしたの?」


母親が優しく尋ねる。


「話したいことがある」


「うん」


「ちょっと……変な話かもしれない」


父親がテレビを消す。


「ゆっくり話してみなさい」


玲音は深呼吸した。


怖い。


何度も迷った。


でも。


今日、言うと決めた。


「僕には……前世の記憶があります」


両親の表情が止まった。


玲音は気付かなかった。


二人の顔に、一瞬だけ走った驚愕を。


「五歳の時に、全部思い出しました」


「……」


「僕は昔、藤野健二という人間でした」


母親の手が震える。


玲音は続けた。


「生まれた時から病気だった」


「……玲音」


「ずっと病院にいた」


声が少し震える。


「そして、最後は死んだ」


そこまで言った時。


母親の目から涙がこぼれた。


「……ごめんなさい」


「え?」


玲音は目を見開いた。


母親が顔を覆う。


父親も俯いていた。


「どうして……」


「ごめんなさい、玲音……」


「なんで謝るの?」


玲音には意味が分からなかった。


前世の話をしただけ。


なぜ両親が謝るのか。


「僕、何か悪いこと言った?」


「違う」


父親が答えた。


「違うんだ」


父親はしばらく黙っていた。


そして。


「……玲音」


「うん」


「お前が五歳の時、高熱を出したことを覚えているか?」


「うん」


「あの時……病院から連絡を受けて、お父さんとお母さんは、ある研究者に相談した」


「研究者?」


「うん」


玲音は首を傾げる。


「お前の症状は、医学的には説明できないものだった」


「……」


「そして、その研究者が研究していたのが――」


父親は言葉を選ぶように、ゆっくり話した。


「擬似転生という技術だった」


玲音の目が大きくなる。


「転生……?」


「正確には、転生ではない」


父親が首を振る。


「人格データを別の脳へ移植する技術だ」


「……人格データ?」


「記憶、性格、思考パターン……人間の人格をデータ化して保存する」


玲音の背筋が冷たくなる。


「そんなこと……」


「普通ならできない」


父親が答える。


「だが、ある人物が残した研究成果によって、可能になった」


玲音の頭に、あの名前が浮かぶ。


四ノ宮零士。


しかし。


それは、玲音の前世の記憶にある人物だ。


玲音自身が零士のことを知っているのは、前世の健二の人生で、最後に一度だけ会ったから。


親しい関係ではない。


父親が続ける。


「その研究者によれば、五歳の時のお前の脳に、特殊なチップが埋め込まれた可能性が高い」


「チップ……?」


「人格保存チップ」


玲音は言葉を失った。


「それが、お前の脳と一体化した」


「……じゃあ」


玲音は自分の頭を触る。


「僕の前世の記憶は、そのチップに入ってたってこと?」


「可能性が高い」


「じゃあ……僕は転生したんじゃなくて」


「……」


「記憶を入れられただけ?」


母親が泣きながら首を振った。


「分からないの」


「え?」


「研究者自身も、完全には説明できなかった」


「……」


「チップが入ったのは確か。でも、その記憶がどうしてお前の人格と融合したのかは……」


父親も言葉を失う。


玲音は黙っていた。


頭の中が混乱している。


自分は藤野玲音。


それは間違いない。


両親のことを大切に思っている。


友達と遊ぶのが好き。


褒められると嬉しい。


怖いものは怖い。


甘えたい時は甘える。


それらは全部、自分自身の感情だ。


だが。


頭の中には藤野健二としての人生もある。


「……じゃあ」


玲音が小さな声で聞く。


「僕は……誰なの?」


「玲音よ」


母親が即答した。


「あなたは玲音」


「でも……」


「前世がどうであっても、今ここにいるあなたは私たちの息子」


母親は玲音を抱きしめた。


「それだけは変わらない」


玲音の目から涙がこぼれる。


「……お母さん」


「うん」


「僕……怖かった」


「うん」


「変な人になったのかと思った」


「そんなことない」


「……本当に?」


「本当よ」


玲音は母親に抱きついた。


五十歳近くまで生きた男の記憶を持っていても。


こういう時は、ただの子供だった。


「……良かった」


玲音は泣いた。


父親も、その姿を見ながら目を伏せる。


だが。


まだ一つ。


大きな問題が残っていた。


「父さん」


「ん?」


「そのチップを入れた研究者って、誰?」


父親の顔が曇った。


「……それが分からない」


「分からない?」


「名前も所属も、ほとんど記録が残っていない」


「どうして?」


「研究そのものが、極秘だったらしい」


玲音は考える。


そして。


ふと、一つの疑問が浮かんだ。


「僕の前世の最後に出てきた人……」


父親が顔を上げる。


「四ノ宮零士っていう人」


「……」


両親が固まる。


玲音は続ける。


「健二だった頃の僕は、その人と友達だったわけじゃない」


「……」


「最後に病院で会っただけ」


その言葉に、父親の顔色が変わった。


「玲音」


「なに?」


「その男が……何をしたか覚えているか?」


「……分からない」


玲音は首を振る。


「でも、何かをしようとしてた」


「何を?」


「分からない」


玲音は頭を抱えた。


記憶が曖昧なのだ。


病室。


男。


そして。


「……いつかまた会おう」


それだけ。


零士が最後に何をしたのか。


玲音には分からない。


だが。


両親は知っているようだった。


「父さん?」


「……何でもない」


「何でもなくないでしょ」


「今日はもう休みなさい」


「でも――」


「玲音」


父親の声が少し強くなる。


「今日は、もう寝るんだ」


「……うん」


玲音は渋々、自分の部屋へ戻った。


扉が閉まる。


足音が遠ざかる。


そして。


リビングに残った両親は、しばらく無言だった。


「……やっぱり」


母親が震える声で言った。


「この子は……」


父親が答える。


「ああ」


二人は顔を見合わせる。


「俺たちが探していた研究と、関係している」


「でも、どうして玲音に……」


「分からない」


父親は電子端末を取り出した。


「だから調べる」


「あなた……」


「もう逃げられない」


画面に、一人の男の名前が表示される。


四ノ宮零士。


その人物が残した研究。


人格保存。


疑似転生。


そして――


人間の人格を別の肉体へ移す技術。


「玲音に何が起きたのか」


父親は呟いた。


「絶対に突き止める」


母親も頷く。


その夜。


二人は玲音に告げず、家を出た。


玲音が眠っていると思っていたからだ。


机の上には、一枚の紙だけが残されていた。


『玲音へ。


少し調べたいことがある。


必ず戻る。


心配しなくていい。


父さんと母さんより』


翌朝。


玲音が目を覚ました。


「……お父さん?」


返事がない。


「お母さん?」


家の中は静まり返っていた。


玲音はリビングへ向かった。


誰もいない。


テーブルの上に、一枚の置手紙。


玲音はそれを手に取る。


そして。


その最後に書かれた一文を見て、顔を青ざめさせた。


『あの研究を行った人物を問い詰めてくる』


「……研究?」


玲音の手が震える。


嫌な予感がした。


父親と母親は、その日。


帰ってこなかった。


そして――


二人が戻ることは、二度となかった。

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