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第一話 百五十年後の世界

四ノ宮零士が死んでから、百年。


世界は、大きく変わっていた。


かつては夢物語だった技術の多くが実用化され、人類の生活は二十二世紀という新たな時代へ進んでいる。


病気の多くは遺伝子治療によって克服され、失われた手足すら再生できる時代。


宇宙開発も大きく進み、月や火星には人類の居住区が建設されている。


そして、日本の小笠原諸島には、地上と宇宙を繋ぐ巨大な軌道エレベーターまで建設されていた。


そんな世界で、一人の少年が暮らしていた。


名前は――藤野玲音。


五歳。


どこにでもいる、ごく普通の少年だった。


「玲音、これ見てみろ」


休日の朝。


父親が電子端末を操作すると、一枚の招待状が表示された。


「動植物園?」


玲音が覗き込む。


「プレオープンの招待状みたいだ」


「行きたい!」


玲音は即答した。


しかし父親は苦笑する。


「うーん……どうするかな」


「どうして?」


「仕事があるんだよ」


「お休みじゃないの?」


「休みなんだけど、仕事がな……」


母親も申し訳なさそうにする。


藤野家は裕福な家庭だった。


だが、両親は共に仕事が忙しく、玲音と一緒に過ごせる時間は決して多くなかった。


玲音は、そんなことを理解していた。


だから普段なら我慢する。


けれど。


今日は、どうしても行きたかった。


「……家族で行きたい」


「玲音……」


「三人で、お出かけしたい」


小さな声だった。


父親と母親が顔を見合わせる。


やがて、父親がため息をついた。


「……分かった」


「本当!?」


「仕事を少し片付けてからになるけどな」


「やったー!」


玲音は嬉しそうに飛び跳ねた。


この時の玲音は、まだ知らなかった。


自分が向かう場所が、普通の動植物園ではないことを。


古代動植物園。


そこは、世界でも極めて珍しい施設だった。


絶滅した動植物の化石や保存された遺伝情報を元に、遺伝子を復元。


さらに現代の技術によって、かつて地球上から姿を消した生命を蘇らせている。


プレオープンということもあり、園内にはほとんど人がいない。


「すごい……」


玲音は目を輝かせながら歩いていた。


巨大なシダ植物。


見たこともない花。


古代の昆虫。


展示された説明を読んでいるだけでも楽しかった。


「お父さん、次は?」


「次は恐竜エリアだって」


「恐竜!?」


玲音の顔が明るくなる。


「早く行こう!」


父親の手を引っ張る。


そして。


森の奥へ進んだ、その時だった。


ドン。


地面が揺れた。


「……?」


玲音が足を止める。


ドン。


また揺れる。


何かが近づいている。


木々の向こうから、巨大な影が現れた。


「……え?」


玲音は言葉を失った。


巨大な身体。


長い尾。


鋭い牙。


そして、自分を見下ろす巨大な頭。


「ティラノサウルス……」


父親が呟く。


恐竜が、玲音を見た。


「グォォォォォォォォッ!!」


凄まじい咆哮。


「うわぁぁぁ!」


玲音は驚いて尻餅をついた。


だが。


恐怖以上に――


何かがおかしかった。


頭が痛い。


「……なんだ、これ」


ズキン。


突然、激しい頭痛が襲ってくる。


知らない光景。


知らない病室。


白い天井。


薬品の匂い。


身体に繋がれた無数の機械。


「……ここは……病院?」


頭の中に、記憶が流れ込んでくる。


自分は、生まれた時から病気だった。


身体が弱かった。


普通に学校へ通うこともできなかった。


病院の中で人生の大半を過ごした。


そして――


五十歳を迎える前。


自分は死んだ。


「……俺は……」


玲音の口から、普段とは違う言葉が漏れた。


「……藤野、健二?」


誰かの名前ではない。


自分自身の名前。


それが分かった。


今まで自分は、藤野玲音だった。


五歳の少年。


両親の息子。


それなのに。


頭の中にはもう一つの人生がある。


生まれた時から病を抱えていた男。


藤野健二。


ただし。


その人生には、四ノ宮零士という人間が登場する。


しかし、健二にとって零士は――


友人ではない。


幼馴染でもない。


家族でもない。


人生を共にした相手でもない。


ただ、自分が死ぬ直前に病室へ現れた、見知らぬ男だった。


「……あの人……」


健二の記憶。


病室。


五十歳の自分。


そして、ベッドの横に立つ一人の男。


男は自分の手を握り、何かを呟いていた。


その名前だけが、鮮明に残っている。


――四ノ宮零士。


「……俺を、助けようとしてた……?」


それ以上は分からない。


なぜ自分が死んだのか。


なぜその男が自分を助けようとしていたのか。


そして。


なぜ自分が今、五歳の少年として生きているのか。


何も分からない。


ただ一つだけ。


確かなことがある。


自分は藤野健二として、一度死んだ。


そして今。


藤野玲音として生きている。


「……俺、死んだのか?」


呟いた瞬間。


玲音の視界が暗くなった。


「玲音!」


両親の叫び声が聞こえる。


身体から力が抜ける。


そして――


玲音はその場に倒れた。


それから三日三晩。


玲音は高熱にうなされた。


病院の医師たちは原因を特定できなかった。


脳に異常はない。


感染症でもない。


遺伝的な異常も見つからない。


それなのに、四十度を超える熱が続いた。


四日目の朝。


玲音は目を覚ました。


「……」


白い天井。


病室。


両親が心配そうにこちらを見ている。


「玲音……!」


母親が泣きながら抱きしめる。


「心配したんだぞ……」


父親も目を赤くしている。


玲音は二人を見つめる。


自分の両親。


五歳の自分にとって、大切な家族。


そして。


頭の中には、もう一つの人生。


藤野健二。


病院で生まれ、病院で生き、病院で死んだ男。


玲音は混乱していた。


だが。


一つだけ、はっきりしている。


「……僕は」


「どうしたの?」


「……玲音」


自分の名前を口にする。


「僕は、藤野玲音」


母親が安心したように笑う。


「そうよ。あなたは玲音」


玲音は目を閉じる。


頭の中には、まだ健二の記憶が残っている。


けれど。


それは零士の人生ではない。


零士と共に歩んだ人生でもない。


あくまで――


藤野健二として生きた一人の男の人生。


玲音は、その事実を胸の奥にしまった。


そして、まだ知らなかった。


自分の前世を残した男――四ノ宮零士が。


百五十年という時を越えて。


再び、この世界に大きな影響を及ぼそうとしていることを。

個人的な考えですが、執筆時間を超えるPVが最初の目標です。

1話辺り3、4時間かかるので、200PVから黒字ですね(笑)

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