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幻想世界と崩壊世界[毎日更新]  作者: メデカクヒト
四ノ宮零士という男
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3

零士が五十歳になった頃。


その日は、何の前触れもなく訪れた。


「……健二に会いたい」


執務室で一人、零士は呟いた。


五十年という人生の中で、零士は数え切れないほどのものを手に入れてきた。


富。


名声。


権力。


そして、異相観測装置によって得られた、十を超える並行世界での人生経験。


別の世界の自分を観測し。


時には、その人生を追体験し。


そこで得た知識や技術を、こちらの世界へ持ち帰った。


だが。


どれだけ多くの世界を知っても。


どれだけ多くの自分を見ても。


あの男だけは忘れられなかった。


「そうか……」


零士はふと気づく。


「この世界にも、健二がいる可能性があるのか」


今まで考えたこともなかった。


自分の世界に健二はいなかった。


だが、異相観測によって別の可能性が無数に存在することは、すでに証明されている。


ならば。


この世界にも――


「藤野健二」


零士は、その名前を検索した。


同い年。


男性。


日本在住。


条件を絞り込む。


そして。


「……いた」


一人の男が表示された。


藤野健二。


零士と同じ五十歳。


住所。


職歴。


家族構成。


そして――


「病院?」


零士の眉が動く。


調べれば調べるほど、嫌な情報が出てきた。


難病。


治療法は確立されていない。


病状は進行しており、長期的な回復は見込めない。


「……馬鹿な」


零士はすぐに立ち上がった。


そして、その病院へ向かった。


正体を明かすわけにはいかない。


零士自身が直接、治療に関わるためには資格が必要だった。


しかし、彼には十を超える世界で得た医学知識がある。


遺伝子学。


再生医療。


ナノマシン。


数多くの世界で培った知識。


それらを組み合わせれば、助けられるかもしれない。


零士は身分を隠し、医師として病院へ入った。


そして。


病室の扉を開けた。


「……」


そこに、一人の男が眠っていた。


痩せ細った身体。


閉じられた瞼。


規則正しく鳴る医療機器。


人工呼吸器。


点滴。


心拍を示すモニター。


零士は、その男を見つめた。


「……健二」


返事はない。


「私だ」


もちろん、返事はない。


零士はベッドの脇まで歩いた。


顔を見る。


五十歳になった男の顔。


記憶の中の健二とは違う。


当然だ。


あの健二は、この世界の人間ではない。


だが、零士はその事実を忘れていた。


いや。


正確には――


忘れたのではない。


精神同調によって、零士の中で「健二」という存在の境界そのものが曖昧になっていた。


別世界で出会った健二。


別の世界で出会った健二。


また別の世界で出会った健二。


十を超える世界を渡る中で、零士は何人もの「藤野健二」を見てきた。


優しい健二。


臆病な健二。


豪快な健二。


冷静な健二。


中には零士と敵対する健二すらいた。


それでも。


零士の中では、すべてが同じ「健二」だった。


だから今。


目の前の男も――


零士にとっては、あの健二だった。


「……どうして」


零士の声が震える。


「どうして私は……」


ベッドの横に座る。


「もっと早く来ていれば……」


拳を握る。


「もっと早く、君を見つけていれば……」


モニターが淡々と音を刻む。


ピッ。


ピッ。


ピッ。


零士は男の手を握った。


冷たい。


「……すまない」


自分でも理由の分からない涙が、一滴落ちた。


「私が……遅すぎた」


本当なら。


この世界の藤野健二と、零士には何の関係もない。


幼馴染でもない。


友人でもない。


人生を共にしたわけでもない。


ただ同じ名前を持つ、同い年の男。


それだけだった。


だが零士には、そんなことはどうでもよかった。


「……健二」


零士は目を閉じる。


そして、ある技術を思い出した。


これまでの異相世界の中で学んだ技術。


人間の人格。


記憶。


思考パターン。


感情。


それらをデータ化し、保存する技術。


人格保存チップ。


もちろん、この世界ではまだ存在しない技術だった。


だが。


零士には作れる。


「……これなら」


零士は小型の装置を取り出した。


「いつか、また会える」


男の額に装置を当てる。


人格保存チップが起動する。


「健二」


返事はない。


それでも、零士は笑った。


「今度は……私が待つ」


保存処理が始まる。


「だから――」


零士は、眠る健二の手を握った。


「いつかまた会おう」


小さな電子音が鳴った。


そして。


人格保存チップのランプが点灯する。


零士は気づかない。


眠っているような健二の意識は。覚醒している事を。

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