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幻想世界と崩壊世界[毎日更新]  作者: メデカクヒト
四ノ宮零士という男
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2

目が覚めた零士は、まず現状把握を始めた。


研究室。


試作機。


自分の身体。


時計。


パソコン。


研究データ。


窓の外。


一つずつ確認していく。


「……おかしい」


零士は時計を見つめた。


試作機が雷に打たれてから、時間がほとんど経過していない。


「落雷から……数秒?」


あり得ない。


あの世界で、自分は幼少期から青年期、そして社長になった後までの人生を体験した。


体感時間だけなら、数十年にも及ぶ。


それなのに、現実では数秒しか経っていない。


「……あれは、夢だったのか?」


零士は呟いた。


夢。


そう考えるのが最も合理的だった。


だが――


「いや……」


あの絶望。


健二を失った瞬間。


胸を貫いた刃物。


血の温かさ。


自分の腕の中から、命が消えていく感覚。


「……あの絶望は、確かに本物だった」


零士は自分の胸を押さえた。


心臓が早鐘のように鳴っている。


「なぜ、私は戻って来られた?」


そして、一つの可能性に気づく。


「……私の死か?」


いや。


違う。


あの世界で自分は死んでいない。


健二が庇った。


「……私は健二に庇われた」


その瞬間。


頭の中に、あの光景が蘇った。


「健二……」


そして――


「うわぁぁぁぁぁ!」


零士は頭を抱えた。


「健二ぃぃぃぃ!」


自分でも驚くほどの声だった。


荒い呼吸を繰り返す。


「ハァ……ハァ……」


やがて、零士は冷静さを取り戻した。


「……おかしい」


額の汗を拭う。


「健二など、この世界には存在しないはずなのに……」


そう。


元の世界には、健二という人間はいない。


家が隣だった記憶もない。


幼い頃から一緒に遊んだ記憶もない。


学校生活を共にした記憶もない。


それなのに――


「……確かに、覚えている」


零士の脳裏には、健二との人生が鮮明に残っていた。


勉強を教えたこと。


一緒に食事をしたこと。


大学へ通ったこと。


会社を立ち上げたこと。


健二が何気なく掛けてくれた言葉。


人を思いやる仕草。


「……私は、経営などしたことがないはずだ」


だが、会社経営に関する知識も残っている。


人事。


資金調達。


企業買収。


組織運営。


人材の配置。


そして――


「……人の扱い方まで」


零士は首を傾げた。


自分なら切り捨てていたはずの人間を、なぜか一度話を聞いてみようと思う。


数字だけを見て判断していたはずなのに、社員の家庭事情を考慮してしまう。


以前なら無駄だと思っていた社員への声掛けをする。


「……私は、こんな人間だったか?」


零士は知らなかった。


その時すでに、異相世界での零士との精神同調が始まっていたことを。


異なる世界で生きた自分。


そこで得た記憶。


そして――


そこで出会った親友。


それらが、元の世界の零士の精神へ少しずつ融合していた。


だが、本人はそのことに気づかなかった。


零士はただ、こう考えた。


「……せっかくだ」


夢だったのか。


別世界だったのか。


それすら、まだ確証はない。


ならば。


「あの世界で得たものを、こちらでも使えばいい」


零士は仕事に戻った。


そして、それからの四ノ宮グループは大きく変わっていった。


零士は、あの世界で学んだ経営手法を取り入れた。


社員を単なる数字として扱わない。


才能のある人間を見つけ、適切な場所へ配置する。


社員同士の関係にも目を配る。


そして何より――


「人間を信じる」


それまでの零士にはなかった考えだった。


結果は、すぐに現れた。


企業買収は次々と成功。


新規事業も軌道に乗る。


優秀な人材が四ノ宮グループへ集まり始めた。


数年後。


四ノ宮グループは国内最大級の企業グループへと成長していた。


しかし。


零士には、まだ一つの疑問が残っていた。


――あの世界は何だったのか。


あの試作機は、タイムマシンではなかった。


ならば。


「……もう一度、調べるか」


零士は試作機の設計図を見つめた。


理論を一から検証する。


そして、あることに気づいた。


あの装置は「時間を移動する機械」ではない。


どうやら、別の世界線を観測するための装置だった。


零士はそれを――


異相観測装置


と名付けた。


研究は進んだ。


そして数年後。


「……成功だ」


新たに完成した装置のモニターには、昨日の世界が映し出されていた。


「過去一日までなら……観測できる」


零士は息を呑んだ。


時間を遡ることはできない。


しかし。


昨日の出来事を、現在から観測することはできる。


それだけでも十分だった。


「これは……使える」


異相観測装置は、やがて犯罪捜査にも利用されるようになった。


事件現場の過去を観測する。


犯人を特定する。


誘拐された人間を探す。


事故の原因を突き止める。


行方不明者を見つける。


これまで証拠が存在しなかった事件さえ、解決へ導くことができた。


結果。


日本の犯罪率は大幅に低下した。


そして、四ノ宮グループは世界でも類を見ない巨大企業へと成長していった。


日本最大。


いや。


世界有数の企業グループ。


誰もが四ノ宮零士を天才経営者と呼んだ。


だが――


零士本人だけは知っていた。


自分一人の力ではない。


「……健二」


誰もいない執務室で、零士は小さく呟いた。


あの世界で、自分を支えてくれた男。


自分にはなかったものを持っていた男。


そして――


自分の命を救って死んだ男。


「お前がいなかったら、私はここまで来られなかった」


零士は窓の外を見る。


その表情には、かつての冷徹な天才にはなかった柔らかさがあった。


「……いつか、もう一度会いたいな」


その言葉が。


零士自身も気づかないところで、何かを変え始めていた。

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