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四ノ宮家。
その家系は、平安時代から続く名家である。
明治時代には貿易によって莫大な財を築き、やがて財閥へと成長した。
戦後、財閥そのものは解体された。
しかし、それで四ノ宮家の力が失われたわけではない。
一族は今なお、関連企業の株式の過半数を保有し、国内各地に広大な土地を所有している。
そんな四ノ宮家本家に、一人の男児が生まれた。
名は――四ノ宮零士。
幼い頃から、その才能は異常だった。
優秀な家庭教師たちでさえ、零士が十三歳になった頃には、
「私たちから教えられることは、もうありません」
そう言って匙を投げた。
飛び級を重ね、アメリカの名門大学へ進学。
そして首席で卒業。
遺伝子学、機械工学、物理学、経営学。
興味を持った分野なら、何であろうと短期間で専門家の域へと到達した。
三十歳になる頃には、四ノ宮家の人間としての地位も、科学者としての名声も、彼の手中にあった。
欲しいものは手に入る。
やりたいことは成功する。
失敗すら、次の成功への足掛かりにしかならない。
――そんな人生に、零士は飽きていた。
「……つまらない」
そして三十九歳になった零士は、人類史上誰一人として実現できなかったものに手を出した。
タイムマシン。
実現不可能とされている、時間を超える機械。
研究を続けること十年。
何度も失敗し、何度も理論を修正した。
そしてある日。
完成には程遠い試作機を前に、零士は一人で椅子に座っていた。
「……やはり、無理か」
諦めかけていた、その時だった。
――ゴロゴロゴロゴロ……。
「ん?」
窓の外で雷鳴が轟く。
次の瞬間。
バァァァンッ!!
凄まじい雷が落ちた。
「うわぁー!」
閃光に包まれ、零士の意識は途切れた。
「……う」
目を開ける。
「う、ここは何処だ……?」
知らない天井。
いや。
天井だけではない。
何もかもがおかしい。
まず、自分の身体が妙に小さい。
手を見る。
小さい。
足も短い。
声もおかしい。
「……なんだ、これ?」
立ち上がろうとする。
だが――身体が、自分の意思とは無関係に動いた。
「今日も健二と勉強か?」
口が勝手に動く。
「そうでございます、零士ぼっちゃま」
すぐ隣から女性の声がした。
メイド服を着た女性が、穏やかな笑顔を浮かべている。
「彩音……?」
名前が、自然と口から出た。
だが、零士にはその女性に会った記憶がない。
「これは……何が起きている?」
混乱する零士。
自分の意思で身体を動かせない。
まるで自分が、自分自身の中に閉じ込められているようだった。
「私は一人で勉強していたはずだ……」
その時。
玄関の方から、明るい少年の声が響いた。
「レイジー! 遊びに来たよー!」
零士は凍りついた。
――誰だ?
聞き覚えがない。
やがて、一人の少年が部屋へ入ってきた。
「健二、勉強に来たのでしょう」
彩音がそう言う。
「そうだよ!」
少年は笑った。
その後ろから、少年の母親らしき女性も姿を見せる。
「すみません、彩音さん。家が隣で、同い年というだけなのに、お世話になってもよろしいのでしょうか?」
「もちろんです。旦那様からも、小学校受験前に同い年の子と交流することは、うちの子にとっても良い刺激になると伺っております」
「ありがとうございます」
その会話を聞きながら、零士は考え続けていた。
――おかしい。
私に幼馴染などいない。
そもそも、こんな記憶は存在しない。
では、ここは過去なのか?
いや。
違う。
もし過去なら、私はこの少年の存在を知っているはずだ。
ならば――
「……まさか」
零士は、一つの可能性に辿り着いた。
「ここは……並行世界?」
いわゆるパラレルワールド。
タイムマシンによって時間を遡ったのではない。
世界そのものが分岐した別の宇宙へ、意識だけが飛ばされた。
そう考えれば、すべての辻褄が合う。
幼い自分を客観的に観測するという奇妙な状況に、最初こそ羞恥を覚えた。
しかし。
それ以上に――興味深かった。
この世界の「自分」は、一体どんな人生を歩むのだろう。
そうして零士は、自分自身を観測し続けた。
この世界の零士も、やはり天才だった。
ただ一つ。
元の世界と違うことがあった。
健二。
隣の家に住む、同い年の少年。
零士にとって、唯一の幼馴染だった。
小学校。
中学校。
高校。
そして東京大学。
二人はずっと一緒だった。
零士が経営を学び、卒業後に四ノ宮グループの一社を任されるようになってからも、健二は零士の傍にいた。
零士は社長になった。
そして健二は、その右腕になった。
優秀だが、人の心がない。
そう陰で言われる零士。
一方で健二は、人の感情に敏感で、誰かが困っていれば自然に手を差し伸べる男だった。
正反対の二人。
だからこそ、最高のタッグだった。
零士に足りないものを、健二が補った。
健二に足りないものを、零士が補った。
――少なくとも、零士はそう思っていた。
そしてある日。
本社ビルから出た、その時だった。
「四ノ宮零士ィィィィ!」
突然、男が叫んだ。
零士が振り向く。
そこには、包丁を握った男がいた。
見覚えがある。
以前、零士が解雇した元社員だった。
「……!」
男が突進してくる。
その瞬間。
世界が、ゆっくりになった。
周囲の人間が動かない。
車の音も。
風の音も。
何もかもが遠ざかる。
零士には、男の包丁だけが見えていた。
そして――
「零士!」
健二が走った。
「健二――!?」
ドスッ。
鈍い音がした。
「……え?」
零士の目の前で、健二の身体が揺れた。
胸元から、赤い血が滲む。
「健二……?」
健二は何も言わなかった。
そのまま零士の身体にもたれかかる。
「健二――ッ!!」
零士は叫んだ。
生まれて初めて。
心の底から。
叫んだ。
周囲の社員たちが犯人を取り押さえる。
誰かが救急車を呼んでいる。
だが。
零士には分かっていた。
健二の心臓は、完全に貫かれていた。
――即死だった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」




