11 解体場
――コンコン、コンコン。
「レオン、いるか!」
まだ薄暗い早朝。
テントの外から、扉を叩く音と大声が響いた。
「肉の分配だが!」
「……」
玲音はベッドの中で目を開けた。
「……何時だと思ってるんだよ」
『午前五時です』
「日の出じゃなくて?」
『日の出です』
「江戸時代の農民かよ……」
『この集落では農業を行っておらず、狩猟生活が中心です』
AIが淡々と説明する。
『また、木造住宅が見当たらないことから、生活水準としては江戸時代以前に近いと推測されます』
「前途多難だな……」
玲音はベッドから起き上がった。
「アリスか!」
「そうだ!」
「悪いけど、一時間後に来てくれ!」
「分かった!」
足音が遠ざかっていく。
「……さて」
玲音は大きく伸びをした。
歯を磨き、シャワーを浴び、簡単に朝食を済ませる。
しばらくすると、テントの外から再び足音が聞こえてきた。
「アリスか?」
「そうだ!」
「入っていいぞ」
「お邪魔します!」
アリスがテントの中へ入ってくる。
「……」
そして、室内を見回した。
「テント暮らしと聞いたが……思ったより大きいし、綺麗だな」
「まあ、普通のテントとは違うからな」
「それに……」
アリスが鼻を動かす。
「ん?」
「レオン、身体から良い匂いがするな」
「ただシャワーを浴びただけだぞ」
「シャワー?」
アリスが首を傾げた。
「なんだ、それは?」
「……知らないのか?」
「知らない」
「良ければ使うか?」
「いいのか?」
「ああ。使い方は音声案内に従っていれば大丈夫だ」
「よく分からんが……お言葉に甘えよう!」
アリスは風呂場へ向かっていった。
その間、玲音はソファーに横になった。
「さて……今日は何をするかな」
『マスター』
「なんだ?」
『文明再建の第一歩として、農業を提案します』
「農業……」
玲音は天井を見る。
「それなんだよな」
『何がでしょう?』
「どうにも気になるんだ」
『と言いますと?』
「この集落、農業をしてないだろ」
『はい』
「食料は全部、狩猟頼みだ」
『そのようですね』
「でもさ」
玲音は身体を起こした。
「詩音――いや、シオンさんは文明崩壊前から生きてるんだろ?」
『佐藤詩音。百九十三歳の第一世代エルフです』
「そう。しかも義務教育を受けてた」
『文明崩壊前の教育制度を経験している可能性は高いでしょう』
「だったら、農業くらい試してみないのか?」
『確かに疑問ではあります』
「専門家じゃないのは分かる。でも百年以上も生きてるんだぞ?」
『百年以上の試行錯誤があれば、何らかの農業技術を確立していても不思議ではありません』
「だよな……」
玲音が考え込んだ、その時。
「キャ――――!」
「!?」
風呂場から悲鳴が響いた。
「どうした!?」
「何でもない!」
「本当に!?」
「あと少しで上がる!」
「……分かった」
しばらくして。
風呂場の扉が開いた。
「レオン!」
アリスが興奮した様子で飛び出してくる。
髪は濡れ、頬は赤く火照っている。
「すごいな! シャワーとやらは!」
「文明崩壊前は、あれが当たり前だったんだ」
「当たり前……」
アリスは驚いた顔をする。
「いずれ取り戻す」
「本当か!?」
「ああ」
「そうか!」
アリスは嬉しそうに笑った。
「なら、何でも言ってくれ! 協力する!」
「……」
玲音は少し困った顔をする。
「女の子が『何でも』とか言うもんじゃないぞ」
「何でだ?」
「いや……何でもない」
「ところで、レオン」
「ん?」
「顔が赤くないか?」
「うるさい!」
玲音は立ち上がった。
「先に行っててくれ!」
「分かった!」
アリスは元気よくテントから出ていった。
『マスター』
「……なんだよ」
『あれは天然ですね』
「……」
『からかってくるタイプより、やりづらいですか?』
「そうなんだよ……」
『天然犬耳美少女に照れてます?』
「好きに言ってろ!」
玲音は頭を抱えた。
外へ出ると、少し離れたところにアリスが立っていた。
「レオン、早かったな!」
「それより、こんな早朝から何の用なんだ?」
「忘れてた!」
「……」
「オークの肉の分配についてだ!」
「ああ……」
玲音は嫌そうな顔をする。
「あんなの食べるのか?」
「もちろんだ!」
「俺はいらないから、好きにしてくれ」
「本当に?」
「ああ」
「そうか!」
アリスが嬉しそうに笑った。
「あんなに美味いのに!」
「……」
玲音には、あのオークの姿が蘇った。
「俺には無理だ」
「なら、解体場に案内する。こっちに来てくれ」
二人は集落の外れへ向かった。
やがて見えてきたのは、石で作られた小さな建物だった。
「……石造り?」
玲音は周囲を見る。
「木造じゃないんだな」
「木は貴重だからな」
「なるほど」
建物の中には、獲物を吊り下げるための滑車があった。
「さすがに滑車は木造なんだな」
「ああ、それか」
アリスが滑車を見る。
「私の両親が生まれる前には、この辺りにも木が生えていたらしい」
「え?」
「その頃に作られたものだそうだ」
玲音は滑車を見つめた。
(……文明を取り戻すなら、木は必須だな)
森林。
農業。
水。
建築。
燃料。
考えれば考えるほど、やることが増えていく。
「レオン?」
「ああ、ごめん」
「どうした?」
「何でもない」
アリスがオークの死体を指差す。
「ここに一頭、取り出してくれ」
「分かった」
玲音はアイテムボックスを開いた。
オークの死体が一頭、床へ現れる。
「よし」
アリスは慣れた様子でオークの足にロープを巻き付ける。
そして滑車を操作する。
ギギギギ……。
オークの巨体が持ち上がった。
「……」
玲音は思わず息を呑む。
アリスは迷いなくナイフを手に取った。
首元に刃を入れる。
血が流れ落ちる。
「……」
玲音の顔から血の気が引いていく。
「うぇ……」
「大丈夫か?」
アリスが心配そうに振り返る。
「この匂いは、見慣れた住民でもきついからな。仕方ないさ」
「いや……それもあるんだけど」
玲音はオークを見る。
「猪頭の太った人間を解体しているように見えて……」
「……」
「うぉえー……」
「無理して手伝わなくていいぞ」
アリスは苦笑した。
「狩りはレオンに任せてしまったんだ。せめて解体くらいはするさ」
「悪い……そうさせてもらう」
玲音は外へ出た。
新鮮な空気を吸う。
「……はぁ」
『マスター』
「何も言うな」
『まだ何も言っていません』
「どうせ何か言うだろ」
『オーク肉が食べられないとは、意外な弱点ですね』
「……うるさい」
玲音はテントへ戻るため、集落の中を歩いていく。
すると。
「あれ?」
前方から、長い耳の男が歩いてきた。
「詩音さん?」
「……レオン」
詩音は玲音の顔を見る。
「どうしたんですか?」
「どうしたって……」
詩音が玲音の顔色を見つめる。
「酷い顔色だよ」
「いや、ちょっと解体場で……」
「なるほど」
詩音は何かを察したようだった。
「ちょっと来なさい」
「え?」
「いいから」
「ちょっ……」
詩音は玲音の腕を掴むと、有無を言わさず自宅へ連れていく。
「え、ちょっと待ってください!」
「いいから、いいから」
玲音は抵抗する間もなく、詩音の家へと連れ込まれた。
「……」
そして扉が閉まる。
「さて」
詩音は玲音を椅子に座らせる。
「君は、僕に聞きたいことがあるよね?」
「……何で分かったんですか?」
文明崩壊から二百年。
最初の文明再建に向けた話が、始まろうとしていた。




