10 エルフ
集落へ戻ると、玲音たちを待っていたかのように、数人の住民が集まっていた。
「アリスが狩りに行ったきり、帰らないんだ!」
「ええ! あの子が時間を守らなかったことなんて一度もないわ! きっと何かあったのよ!」
「確かに、あの子は真面目だからね」
「集落の者を集めてくれ! 今から救助に向かう!」
そんな声が飛び交っている。
どうやらアリスが帰ってこないことで、集落では捜索隊を出そうとしていたらしい。
そこへ――。
「父様! 母様! 長老!」
アリスが声を上げた。
「おお、アリス! 無事だったか!」
「良かった……怪我もないみたいね」
「心配をかけてごめんなさい!」
アリスは両親のもとへ駆け寄った。
両親は娘の無事を確かめるように、身体を見回している。
「ところで……」
アリスの父親が玲音を見る。
「隣の方は?」
「あ、この人!」
アリスが玲音を指差した。
「オークの集団に襲われているところを助けてもらったんだ!」
「なんと……」
父親は驚いたように玲音を見る。
「はじめまして。レオンと申します」
「君が娘を助けてくれたんだね」
父親は深々と頭を下げた。
「本当にありがとう」
「いえ、偶然通りかかっただけですから」
「それでも、娘の命を救ってくれたことに変わりはない」
そして、穏やかに笑う。
「立ち話もなんだ。家で話をしないか?」
「ありがとうございます」
玲音はアリスたちに案内され、集落の奥へと進んでいった。
そこで玲音は、またしても足を止める。
「……」
地面を掘り下げ、その周囲を木材で囲んだ家。
見覚えのある構造。
「竪穴式住居……」
思わず口から言葉が漏れた。
「……ほう」
その呟きを聞いた人物がいた。
アリスたちの後ろを歩いていた、長い耳を持つ男。
白い肌。
整った顔立ち。
一見すると若い青年にしか見えない。
しかし、その耳は人間のものとは明らかに違っていた。
集落の者たちから「長老」と呼ばれている男だった。
「すまない」
長老がアリスの両親に声をかける。
「少し、この青年と二人にしてくれないかい?」
「え?」
アリスが驚く。
「な、レオン!」
「俺は大丈夫だよ」
玲音は苦笑した。
「両親と話してて」
「……分かった」
「行こう、アリス」
アリスの両親が娘を連れて、その場を離れていく。
やがて部屋には、玲音と長老の二人だけになった。
「さて……」
長老は椅子に腰掛けた。
「長い話になるが、いいかい?」
「はい。もちろんです」
「それなら、お茶でも飲みながら話そうか」
長老は棚から茶葉を取り出した。
「薬草茶でいいかい?」
「薬草茶?」
玲音は首を傾げる。
「はい。いただきます」
差し出された器を受け取り、一口飲む。
「……美味しい」
ほんのりとした苦味。
だが、その直後。
「……え?」
玲音は目を見開いた。
身体に残っていた疲労が、まるで溶けていくようだった。
「疲れが……引いていく?」
「薬草茶は初めてかい?」
「はい」
玲音は茶を見つめる。
「すごいですね、このお茶。疲れがスッと引いていきました」
「……なるほど」
長老は玲音をじっと見つめた。
「もしかして、君は文明崩壊前の人かい?」
「え!?」
玲音は思わず声を上げる。
「どうして……?」
「ハーフエルフかとも思った」
長老は玲音の耳を見る。
「だが、それにしては耳が短い」
「……」
「そして、この世界では一般的な薬草茶にそこまで驚く」
長老は静かに続けた。
「何より――」
外にある竪穴式住居へ視線を向ける。
「教育という概念すらほとんど失われたこの世界で、君はあれを知っていた」
「……」
「普通ではない」
長老はしばらく黙り込んだ。
そして。
「予言は……本当だったのか」
「予言?」
「ああ」
長老は少し困ったように笑った。
「ごめん、ごめん。説明がまだだったね」
長老は自分の椅子に深く腰掛けた。
「私が生まれたのは、文明崩壊前でね」
「……!」
「私の両親は普通のホモ・サピエンスだった」
長老は自分の長い耳に触れる。
「そして私は、突然変異で生まれた」
「まさか……」
「当時は、第一世代エルフと呼ばれていたよ」
「エルフ……」
玲音は改めて、目の前の男を見る。
「ということは……二百年近く生きているのですか?」
「エルフだからね」
長老は笑った。
「とはいえ、私が最初のエルフだ。寿命がどれほどなのかなんて、私自身にも分からない」
「……」
「まあ、百九十三年も生きているんだ。十分長生きだろう?」
「百九十三……」
玲音は絶句した。
どう見ても二十代から三十代程度にしか見えない。
「そういえば、まだ名乗っていなかったね」
長老は微笑んだ。
「私の名前は佐藤詩音だ」
「佐藤……詩音さん」
「ああ」
詩音は頷いた。
「そして、君が気にしている予言について話そう」
「お願いします」
「文明崩壊前……最後の時代に、ドクターゼロが世界へ向けて声明を出した」
「……ドクターゼロ」
その名前を聞いた瞬間、玲音の表情が険しくなる。
「彼は、自分が作ったナノマシンが暴走したことを告白した」
「……」
「そして、その放送以降、世界中の通信が次々と遮断されていった」
詩音は淡々と語る。
「機械は使えなくなり、人々はそれまで築いてきた文明を失った」
「……」
「だが、最後に彼はこう言ったそうだ」
詩音は玲音をまっすぐ見つめた。
「未来に、救世主が現れる」
「救世主……」
「その者は失われた文明を取り戻し、世界を再び人の手に戻す」
そして。
「そして――ドクターゼロ自身を断罪する」
「……!」
玲音の胸が大きく鳴った。
詩音は玲音の反応を見逃さなかった。
「どうやら君は、その救世主の特徴に当てはまるらしい」
「俺が……?」
「ああ」
「でも、俺は別に……」
玲音は言葉を止める。
魔導バイク。
レールガン。
アイテムボックス。
鑑定アプリ。
そして、零士が残した数々の遺産。
確かに、この世界の人々から見れば、自分は異常な存在だろう。
「……」
玲音は俯いた。
「俺は、ただ歩けるようになりたかっただけなんだけどな」
「……そうか」
詩音はそれ以上、何も言わなかった。
「長話になってしまったね」
しばらくして、詩音が立ち上がる。
「もう遅い。今日はここに泊まるといい」
「ありがとうございます」
玲音も立ち上がる。
「でも、テントがあるので」
「テント?」
「はい。集落の空き地を貸していただければ、そこで寝ます」
「そりゃそーだ」
詩音は笑った。
「こんな洞穴より、テントのほうがいいわな」
「あはは……」
玲音も苦笑する。
詩音に案内され、集落の空き地へ向かう。
玲音はアイテムボックスから高性能グランピングテントを取り出した。
魔力を流す。
瞬く間に巨大なテントが展開される。
「……」
詩音はしばらくそれを見つめていた。
「やっぱり……」
「え?」
「いや、何でもない」
そう言って詩音は集落へ戻っていった。
「おやすみ、レオン」
「おやすみなさい、詩音さん」
玲音はテントの中へ入った。
風呂に入り、夕食を食べる。
そしてベッドに横たわった。
「……疲れた」
『本日は色々ありましたからね』
「そうだな」
天井を見つめる。
頭に浮かぶのは、今日出会った人々。
アリス。
その両親。
そして、百九十三年を生きるエルフ――佐藤詩音。
だが。
それ以上に玲音の頭から離れないものがある。
「四ノ宮零士……」
いや。
「ドクターゼロ!」
玲音は思わず声を上げた。
「俺にどうしろって言うんだ!?」
『マスター』
「なんだよ」
『マスターに文明を取り戻す力があるとは思えません』
「……お前な」
『ですが』
AIが続ける。
『やる気があるのであれば、この集落から始めませんか?』
「……」
玲音は黙った。
『この集落には、人がいます』
「……そうだな」
『食料も必要です』
「うん」
『安全な住居も必要です』
「……」
『医療も教育も必要になるでしょう』
玲音はゆっくりと身体を起こした。
「相変わらず良い性格してるよ、全く」
『ありがとうございます』
「褒めてない」
『知っています』
玲音は小さく笑った。
そして、再び天井を見上げる。
「四ノ宮零士の筋書き通りっていうのは、気に食わない」
『はい』
「俺を救世主に仕立てたいのかもしれない」
『そうかもしれません』
「でも……」
玲音は今日見た集落を思い出した。
食料を求めて狩りに出るアリス。
モンスターに怯えながら暮らす人々。
文明の名残すら失われた生活。
「文明を取り戻したいっていう気持ちは、俺も同じだ」
玲音は拳を握る。
「だったら――」
小さく息を吐く。
「その第一歩を、ここから始めるのもいいかもしれない」
『賛成です』
「……即答かよ」
『マスターが珍しく真面目なので』
「一言余計なんだよ」
玲音は苦笑した。
窓の外を見る。
満天の星。
かつて人類が築いた文明の光は、もうどこにもない。
それでも。
この世界には、人が生きている。
「まずは、この集落だ」
玲音は静かに呟いた。
「ここから、もう一度始めよう」
それは――。
二百年に及ぶ文明の空白を埋めるための、最初の一歩だった。




