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第九話 宝具

玲音は魔導バイクのアクセルを握り込んだ。


「間に合え!」


 魔導バイク――彗星が、荒野を一気に駆け抜ける。


 時速五百キロ。


 その性能を最大限に引き出せば、目の前の景色など一瞬で流れていく。


「うおおおおおっ!」


 そして――。


「うぇぇぇぇ……」


 数分後。


 玲音はバイクから降りるなり、地面に手をついた。


「酔った……」


『当然です』


「お前、分かってたなら言えよ……」


『言う前に最高速度まで加速したのはマスターです』


「……ごもっともです」


 玲音はふらつきながら顔を上げた。


 その先には、先ほどの獣人。


 犬のような耳を持つ少女が、オークの群れに囲まれている。


「誰だ!?」


 少女が玲音に気づき、警戒する。


「そんなことより――」


 玲音は肩に掛けていたレールガンを手に取った。


「こいつらをどうにかしないと」


 カチャッ。


 レールガンを構える。


「なっ……」


 少女が目を見開く。


「そんな棒で、どうにかなるわけ――」


 ドドドドドドドドドッ!


 轟音が響いた。


 超高速で射出された弾丸が、オークたちを次々と撃ち抜いていく。


 一瞬だった。


 数体いたオークの群れが、文字通り蜂の巣になる。


「…………は?」


 少女は口を開けたまま固まっていた。


 玲音はレールガンを下ろす。


「……終わった」


「…………」


「大丈夫?」


「…………何をした?」


「え?」


「何をしたんだ!?」


 少女は倒れたオークたちを指差した。


「オークが……ぐちゃぐちゃだぞ!?」


「えっと……銃の一種だけど」


「銃?」


「うん」


「銃とはなんだ!?」


「……」


 玲音は黙った。


(うーん……)


 どうやら、この世界では「銃」という言葉すら一般的ではないらしい。


 二百年。


 文明が崩壊してから、それだけの時間が流れている。


 それを改めて実感する。


「おい!」


「あ、ごめん。考え事してた」


「変な奴だな……」


 少女は呆れたように玲音を見る。


「それより、どうしてこんなところに一人でいるの?」


「それは……」


 少女はオークの死体を見ながら答えた。


「食料不足でな。狩りをしていたんだ」


「食料不足?」


「ああ」


 少女はため息をつく。


「はぐれオークを落とし穴に誘導していたところを、群れに見つかってな」


 そして両手を広げる。


「ご覧の有り様だ」


「なるほど……」


 玲音は倒れているオークを見る。


「ところで、こいつって食えるのか?」


「……何を言っている?」


「いや、食料不足なら」


「オーク肉は一般的な食材じゃないか?」


「え?」


 玲音の顔が引きつる。


『マスター』


「ん?」


『モンスターが溢れるこの世界で、畜産は一般的ではありません』


「……」


 玲音は遠い目をした。


「それは嫌だな」


「何が嫌なんだ?」


「あ、ごめん。何でもない」


「……変わった奴だな」


 少女が首を傾げる。


 その時。


『マスター』


「ん?」


『私に話しかける意思を持つといいですよ』


(早く教えてよ。変な人に思われたじゃん)


『おそらく、多少の独り言より銃や魔導バイクのほうが怪しまれると思いますが』


(ああ……そっか)


 玲音は今さらながら気づいた。


 レールガン。


 魔導バイク。


 アイテムボックス。


 どれも、この世界では当たり前のものではない。


「ところで」


 少女が尋ねる。


「オーク肉は要らないのか?」


「ああ、うん。俺はいらないよ」


「そうか!」


 少女の表情が一気に明るくなる。


「なら、もらっていいか!?」


「もちろん、いいよ」


「ありがとう!」


 少女は勢いよく立ち上がった。


「今から集落へ戻って、荷車と男衆を借りてくる!」


「いや、それなら――」


 玲音はアイテムボックスを開く。


「集落まで持っていこうか?」


「どうやって一人で?」


「これがあるから」


 玲音が手を向ける。


 すると。


 ズズズズッ――。


 倒れていたオークの死体が、次々と光に包まれて消えていく。


「……!」


 少女が目を見開く。


 一体。


 二体。


 三体。


 そして最後の一体まで。


 すべてアイテムボックスへ収納された。


「……そうか!」


 少女が興奮した声を上げる。


「宝具か!」


「宝具?」


「なんで持ち主が知らないんだ?」


「いや、知ってるけど……」


 玲音は困った。


「宝具って何?」


「マナスポットから手に入る宝物に入っている、特殊なアイテムの総称だ」


「なるほど……」


 少女は玲音の魔導バイクを見る。


「アイテムボックスとやらも、あの乗り物も、杖も宝具なんだと思ったがな」


(宝具じゃないものもあるけど……)


 玲音は考える。


(説明に困ったら、宝具ってことにしておこう)


「そうだな」


 玲音は頷いた。


「確かに宝物から手に入った」


 もちろん――。


 零士が用意したものだ。


「すごいな!」


 少女が感心する。


「お前、凄腕のハンターじゃないか!?」


「いや、まあ……」


 玲音は苦笑する。


「そんなことより、早く帰らないと遅くなるぞ」


「そうだな!」


 少女は頷いた。


「集落に案内する。歓迎するぞ!」


『マスター』


(なんだよ)


『露骨に誤魔化しましたね』


(うるさい)


『図星ですか?』


(零士がくれた宝具で誇れるかよ)


『なるほど。』


(……)


『マスターは素直ではありませんね』


(誰のせいだよ)


 二人は集落へ向かって歩き始めた。


 聞けば、集落までは徒歩で二時間ほどかかるらしい。


「そういえば、言ってなかったな」


 少女が歩きながら言った。


「私の名前はアリスだ」


「アリス……」


「改めて、助けていただき感謝する」


 アリスは玲音に頭を下げた。


「どういたしまして」


「お前の名前は?」


「俺はレオン」


 玲音は笑う。


「これからよろしくな」


「こちらこそ、よろしく頼む」


 それから二人は、歩きながら様々な話をした。


 この周辺にあるモンスターのこと。


 集落の食料事情。


 魔素溜まりのこと。


 そして、現在の世界では、食料を確保するだけでも命懸けだということ。


 玲音は話を聞きながら、改めて思った。


 文明が崩壊した。


 それは単に建物や機械がなくなったという意味ではない。


 人間が当たり前だと思っていた生活そのものが失われているのだ。


 電気。


 水道。


 交通。


 医療。


 農業。


 教育。


 それらが失われた世界。


 そんな場所で、人々は生き延びている。


「……」


 玲音が考え込んでいると。


「レオン?」


「ん?」


「どうした?」


「いや……なんでもない」


 玲音は前を見る。


 すると。


「あっ」


 アリスが指を差した。


「見えてきたぞ」


 荒野の向こう。


 いくつもの建物が見えてくる。


「着いたぞ」


「……ここが?」


「そうだ」


 アリスが笑った。


「私達の集落にようこそ!」


 玲音は集落を見渡した。


 そして。


「…………」


 目を丸くする。


「これ……」


 地面を掘り下げ、その周囲を木材で囲った住居。


 その形を見た瞬間。


 玲音の口から、思わず言葉が漏れた。


「竪穴式住居じゃないか!?」


「……?」


 アリスが首を傾げる。


 だが。


 その声を聞いて、集落の奥からこちらを振り返った者がいた。


 長く尖った耳。


 白い肌。


 整った顔立ち。


 そして、人間とは明らかに異なるその姿。


 その男は玲音をじっと見つめていた。


「……竪穴式住居」


 小さく呟く。


「……まさか」


 二百年の時を越えて。


 玲音は、この世界で初めて――。


 一人のエルフと出会った。

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