第八話 獣人
決意を新たにして、玲音は目的地へ向かって歩き始めた。
目指す場所は、四ノ宮零士が残した地図に記されている。
そこへ行けば、自分が知りたいことが分かる。
なぜ零士は、自分――藤野健二にこれほど執着するのか。
なぜ二百年後の世界に、これほど多くの遺産を残したのか。
そして。
自分の両親は、今どこにいるのか。
「……まずは、ここから出ないとな」
玲音は荒野を歩きながら呟いた。
すると。
『マスター』
「ん?」
『歩くのは趣味ですか?』
「……何言ってるんだ」
『昨日、魔導バイクの存在を確認しました』
「そんなの無かったぞ」
『ありました』
「いや、無かった」
『ありました』
「……」
『アイテムボックスをスクロールしましたか?』
「そんなスマホみたいに――」
玲音はアイテムボックスを開いた。
画面を操作する。
食料。
水。
テント。
種。
そして。
「……ん?」
さらに下へスクロールする。
「嘘!?」
そこに、一台のバイクが表示されていた。
「本当にある……」
『先ほどから、そう申し上げています』
「なんで気づかなかったんだ……」
玲音は頭を抱えた。
改めて詳細を確認する。
【魔導バイク 彗星】
使用者のマナを利用して起動。
最大速度――時速五百キロ。
最大飛行高度――地上十メートル。
微弱な防御シールドを展開。
風圧無効。
対戦車ライフル一発程度まで耐久可能。
製造元――四ノ宮重工。
「……四ノ宮重工?」
玲音は目を丸くした。
「四ノ宮グループって、バイクも作ってたんだ」
『四ノ宮グループは、二十二世紀において世界最大級の複合企業体でした』
「それは知ってるけど……」
玲音はもう一度、魔導バイクを見る。
「これ、どう考えても普通のバイクじゃないだろ」
『魔導技術を組み込んだハイエンドモデルです』
「だから!」
玲音は思わず叫んだ。
「こんなオーバーテクノロジーのバイクを、四ノ宮グループが作ってたのかよ!」
『はい』
「宝箱から出たアイテムじゃないのかよ!」
『製造元は四ノ宮重工です』
「……」
玲音はしばらく黙った。
そして。
「四ノ宮零士って……」
遠い昔の天才科学者を思い浮かべる。
「過保護すぎないか?」
『一人漫才、お疲れ様です』
「うるさいな!」
玲音はアイテムボックスから魔導バイクを取り出した。
光に包まれて、一台のバイクが地面に現れる。
「……すごい」
黒を基調とした流線形の車体。
普通のバイクとは明らかに違う。
エンジンらしきものも見当たらない。
「これ、本当に動くのか?」
『マスターのマナを認識すれば起動します』
「マナ……」
玲音はシートに跨った。
ハンドルに手を置く。
すると。
バイク全体が淡く発光した。
「うおっ!」
『起動しました』
「すご……」
玲音の視界に、速度計やマナ残量などの情報が表示される。
「これなら歩くよりずっと早いな」
『最初からそう申し上げています』
「……」
玲音は少し考えた。
「そういえば、免許は?」
『ありません』
「だよな」
『しかし、この終末世界で免許を気にしますか?』
「……それもそうか」
『まずは安全運転を心がけてください』
「はいはい」
玲音はアクセルに手を添えた。
「行くぞ」
魔導バイクが静かに動き出す。
次の瞬間。
「うわっ!」
身体が後ろへ引っ張られた。
「速っ!」
地面が一気に後方へ流れていく。
「これでまだ全然本気じゃないのか……!」
玲音は速度を落とした。
さすがに時速五百キロなど出したら、何かに衝突した瞬間に終わる。
しばらく走っていると、荒野の景色が続いていることに気づいた。
「……それにしても」
玲音は周囲を見回す。
「建物はもちろん、木の一本も見つからないな」
『ゴブリンを中心としたモンスターの影響でしょう』
「またゴブリンかよ」
『文明崩壊後、ゴブリンは建築物や木材を巣作りに利用する習性が確認されています』
「害悪ビーバーゴブリンめ」
『ビーバーに訴えられますよ』
「誰にだよ」
『ビーバー保護団体などに』
「二百年後にもあるのかよ、そんな団体……」
思わず玲音は笑った。
この世界に来てから、まだ一日ほどしか経っていない。
だというのに。
AIとの会話だけは、妙に昔から続いているような気がした。
その時だった。
『マスター』
「今度は何だ?」
『北西方向を確認してください』
「北西?」
玲音はバイクを止める。
遠くを見る。
「……何かいるな」
広大な草原の向こう。
小さな何かが動いている。
肉眼では、米粒ほどにしか見えない。
「拡大」
玲音が思考すると、コンタクトレンズ型デバイスの視界が切り替わった。
遠方の映像が一気に拡大される。
「……!」
玲音の表情が変わった。
「人?」
いや。
違う。
二本の足で立っている。
だが、頭には大きな獣の耳。
そして、その後ろには――
「……尻尾?」
『生体情報を確認』
AIが淡々と告げる。
『人型生物です』
「人型……?」
『遺伝的特徴から、獣人と推定します』
「獣人……」
玲音は息を呑んだ。
ニュースでしか知らなかった存在。
二百年前には、まだ存在していなかったはずの種族。
その獣人が。
今、目の前にいる。
しかし。
「……待て」
玲音は映像をさらに拡大した。
「獣人だけじゃない」
獣人の周囲に、複数の巨大な生物がいる。
茶色の肌。
巨大な身体。
手には棍棒。
「……オーク?」
『外見的特徴から、オーク型モンスターと推定します』
「獣人が……襲われてる!」
玲音はアクセルを握った。
『マスター』
「助ける」
『危険です』
「分かってる」
『相手の数は確認できるだけで七体』
「それでも」
玲音はバイクを獣人たちの方向へ向けた。
「目の前で襲われてる人を見捨てるなんて――」
そこで玲音は、一瞬だけ言葉を止めた。
二百年前。
自分が眠りについた時。
世界はまだ、科学によって発展を続けていた。
それが今では。
モンスターが存在し。
獣人が暮らし。
魔法まで存在する。
そんな世界で。
自分が初めて出会った獣人が、今まさに命を奪われようとしている。
「……助けるしかないだろ」
玲音はアクセルを開いた。
魔導バイクが地面を蹴る。
轟音とともに、一気に加速する。
「待ってろ!」
遠くで、獣人がこちらを振り向いた。
驚いたような表情。
そして。
オークの一体が玲音の存在に気づいた。
「グオオオオオッ!」
咆哮が荒野に響き渡る。
「……!」
玲音の背筋に緊張が走る。
これが。
この世界で初めて出会うモンスター。
玲音はハンドルを握り直した。
「……さて」
視界に、魔導バイクの武装情報が表示される。
そして。
アイテムボックスの中には、四ノ宮零士が残した武器もある。
「四ノ宮零士……」
玲音は小さく呟いた。
「また、お前の置き土産かよ」
魔導バイクは、オークたちとの距離を急速に縮めていく。
そして――
玲音と、この世界の獣人との。
最初の出会いが始まった。




