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第七話 手紙

翌朝。


「……ん」


玲音は、ゆっくりと目を覚ました。


見慣れない天井。


昨日までなら、これだけで驚いていたかもしれない。


しかし。


「……そうか」


玲音は目をこすった。


「ここは……二百年後の世界か」


まだ、実感がない。


昨日までの世界とは、あまりにも違いすぎる。


文明は崩壊している。


モンスターが存在する。


魔法まで存在している。


そして、自分は二百年もの時間を眠っていた。


「……」


玲音は窓の外を見る。


朝日が広原を照らしている。


昨日見た荒れ果てた大地。


遠くに見える森。


そのどこかには、ゴブリンやモンスターがいるらしい。


「……本当に、二百年経ったんだな」


「おはようございます、マスター」


突然、頭の中に声が響いた。


「うわっ!」


玲音は思わず飛び起きる。


「……お前、いたのか」


「はい。私は常にマスターと共にあります」


「そうだったな……」


昨日のことを思い出す。


このAI。


呼んでもいないのに勝手に出てくる。


しかも妙に人間臭い。


「まだ実感がないな」


「何がでしょうか?」


「二百年後の世界にいるってことだよ」


「なるほど」


AIが少し間を置く。


「では、二百年後の世界にいることを実感するためにも――」


「……何だ?」


「早く手紙を読みましょう」


「急だな」


「昨日からずっと先延ばしにしています」


「いや、昨日は疲れてたんだよ」


「では今日は?」


「……」


玲音はため息をついた。


「分かったよ。読む」


「その前に朝食を」


「お前、意外と食事にうるさいな」


「マスターの健康管理も私の仕事です」


「はいはい」


玲音はベッドから起き上がった。


そして。


ふと気づく。


「……そういえば」


玲音は自分の身体を見る。


歩ける。


手も動く。


昨日も確認したことだ。


だが。


二百年も眠っていたという事実を考えると、改めて不思議だった。


「本当に治ったんだな……」


十年間。


自分の身体を治す方法を探した。


そして事故に遭ってから三年間。


何度も治療を受けた。


それでも動かなかった身体。


最後に残された可能性が、まさか二百年後の世界で実現するとは思わなかった。


「……まあ、考えても仕方ないか」


玲音はキッチンへ向かった。


「朝飯にする」


「賛成です」


「お前、食べないだろ」


「私は食事を必要としません」


「だったら黙ってろ」


「了解しました」


「……」


数秒後。


「マスター」


「何だよ」


「今日の朝食は何にしますか?」


「お前、絶対黙る気ないだろ」


アイテムボックスから食料を取り出す。


昨日食べたものと同じ、保存食。


レトルト食品を温める。


「いただきます」


一口食べる。


「……相変わらず美味いな」


「文明崩壊前の一般的な保存食です」


「それがいいんだよ」


「味覚については、


「二百年前と大きな差はありません」


「知らんけど」


「その返答は理解できません」


「理解しなくていい」


玲音は食事を終える。


そして。


しばらく黙っていた。


視線の先。


テーブルの上には、六角形のデバイスが置かれている。


昨日、アイテムボックスから取り出したもの。


四ノ宮零士の手紙。


正確には。


手紙ではなく、映像記録装置。


「……」


玲音は、それを見つめた。


避けていたわけではない。


ただ。


少し怖かった。


四ノ宮零士。


自分が前世の記憶を思い出す前から、この世界の歴史に名を残していた男。


そして。


自分の両親が追い続けていた人物。


さらに。


この二百年後の世界にまで、その研究の影響を残している。


「……いつまでも目を背けてはいられないか」


玲音は六角形のデバイスを手に取った。


「再生」


「承知しました」


ウィーン。


小さな駆動音が響く。


次の瞬間。


空中に光が集まり始めた。


そして。


一人の男が現れた。


三十代ほどに見える。


黒髪。


整った顔。


白衣。


そして。


どこか自信に満ちた目。


「……四ノ宮零士」


玲音は息を呑んだ。


知っている顔とは違う。


玲音が記憶の中で知っている零士は、もっと年齢を重ねていた。


だが。


これは若い。


三十代。


まだ何もかもに飽きる前。


研究に夢中になっていた頃の姿なのだろう。


「ギャラクシーウォーズみたいだな……」


「マスター」


「何だよ」


「始まりました。お静かに」


「……はい」


玲音は黙った。


立体映像の零士が、こちらを見つめる。


そして。


口を開いた。


『やあ、健二』


玲音の表情が固まった。


『今は玲音と呼ぶべきかな?』


「……」


心臓が大きく跳ねた。


なぜ。


なぜ、この男は自分を知っている。


『この手紙を見ているということは、私の用意したアイテムボックスを無事に手に入れたようだね』


零士は笑う。


『やはり、君は健二だ』


「……」


玲音は拳を握る。


「どうして……」


自分は藤野玲音だ。


前世の記憶として藤野健二の人生を知っている。


それは理解している。


だが。


目の前の男は。


まるで最初から知っていたかのように、自分を健二と呼んでいる。


『ゲームでも、君はマップを埋めるまで先に進めなかったからね』


「……そんなことまで覚えてるのかよ」


玲音は思わず呟いた。


零士は楽しそうに笑う。


『さて』


『今、君は疑問でいっぱいだろう』


『なぜ二百年も経っているのか』


『なぜ世界がこうなっているのか』


『なぜ私は君にこれほど多くの物を残したのか』


玲音は黙って映像を見つめる。


まさに、その通りだった。


疑問だらけだ。


だが。


次の言葉で。


玲音はさらに驚くことになる。


『君の目に鑑定アプリをインストールしたのも私だ』


「……は?」


『そして、AIの人格も、君が見ていた多くのアニメを参考にしている』


玲音はゆっくりとAIを見る。


「……お前」


「何でしょう、マスター?」


「お前の人格、四ノ宮零士が作ったのか?」


「そのようです」


「……」


玲音は頭を抱えた。


「何でこんな性格なんだよ」


「私に責任はありません」


「いや、あるだろ」


「マスターの好みに合わせた結果です」


「俺のせいなのか!?」


「可能性は高いでしょう」


「……」


玲音は黙った。


その時。


映像の零士が続ける。


『何だって? 本当に知りたいのは、そこじゃない?』


玲音は顔を上げた。


『そうだろうね』


零士の表情から、笑みが消えた。


『でも私は、世界を変えてしまった責任を取るのに忙しいんだ』


「……世界を変えた?」


玲音は呟く。


ナノマシン。


魔法。


エルフ。


モンスター。


文明崩壊。


それら全てに。


四ノ宮零士が関わっている。


『君がもっと知りたいというなら――』


零士が手を上げる。


すると。


空中に巨大な地図が表示された。


『ここを目指すといい』


「……どこだ?」


地図上に、一つの地点が赤く表示される。


『君の求める答えが、そこにあるだろう』


玲音は地図を見つめる。


そして。


映像が消えた。


六角形のデバイスが、静かに停止する。


「……」


部屋に静寂が戻った。


「……何なんだよ」


玲音は深く息を吐いた。


「なぜ、そこまで健二にこだわる?」


答えはない。


ただ。


目の前には、新しく表示された地図だけが残っている。


「マスター」


「何だ?」


「マップデータの送付を確認しました」


玲音の視界に、目的地までのルートが表示される。


「……」


玲音はしばらく、それを眺めていた。


二百年前の世界。


自分の前世。


人格保存チップ。


両親。


ドクターゼロ。


そして。


四ノ宮零士。


分からないことだらけだ。


だが。


一つだけ分かった。


「……旅の目的ができたな」


玲音は立ち上がる。


今度は。


自分の足で。


「四ノ宮零士がぼかしている、健二との関係を――」


玲音は拳を握った。


「直接、問い質す」


「その意気です、マスター」


「お前も来るんだろ?」


「もちろんです」


「……頼りにしてるよ」


「お任せください」


玲音は窓の外を見る。


広大な世界が広がっている。


かつての文明は消えた。


知らない生物が歩き。


魔法が存在し。


人類の常識すら変わった世界。


そして。


そのどこかに。


自分を二百年前から待っていた男の答えがある。


「……行くか」


玲音は一歩、歩き出した。


二百年ぶりの世界を。


今度は、自分の足で。

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