第5話 施設探索
「……さて」
玲音は、荒廃した施設の中央で立ち上がった。
二百年。
いや、正確には――。
自分が眠りについた時点から、約二百年が経過している。
西暦二二七八年。
それが、玲音がコールドスリープに入った年だった。
そして現在は――
二三九六年。
「……本当に、二百年近く経ってるんだな」
つい先ほどまで、玲音はその事実を受け入れられずにいた。
自分は十年間眠るだけのつもりだった。
十八歳だった自分が、二十八歳になって目覚める。
それだけのはずだった。
ところが。
目を覚ましてみれば、世界はまるで別物になっていた。
文明は崩壊し、人類は数を減らし、地上にはモンスターが存在する。
そして。
自分の身体だけは――
「……治った」
玲音は自分の手を握る。
指が動く。
腕を上げる。
足を踏み出す。
一歩。
二歩。
「……歩ける」
思わず笑みがこぼれた。
三年間、動かなかった身体。
首から下が完全に麻痺し、自分では何一つできなかった身体。
それが今は。
自由に動く。
「……ありがとう」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
治療してくれた両親。
治療技術を提供したドクターゼロ。
そして。
自分をここまで生かしてくれた、コールドスリープ装置。
玲音は装置を振り返った。
「本当に……ありがとう」
もう一度だけ呟く。
そして。
「じゃあ、今度は僕の番だ」
玲音は施設内を見回した。
「この世界がどうなったのか、調べないと」
まずは生きるための準備だった。
施設内を調べると、幸いなことに食料庫が見つかった。
扉を開ける。
中には、見慣れない形の容器が大量に並んでいた。
「圧縮食糧……?」
玲音が一つ手に取る。
小さな立方体のような形をしている。
「これ一個で一食分?」
『はい。栄養バランスを考慮して設計された非常用圧縮食糧です』
AIcatが答える。
「水は?」
『飲料水も備蓄されています』
確認すると。
食料と水は、玲音一人なら約一か月分が確保されていた。
「一か月か」
それだけあれば、とりあえず施設の外を調べることはできる。
しかし。
その時。
AIcatが警告を表示した。
『施設内に不自然な痕跡があります』
「不自然?」
『ここ一年以内に、人間または人間に類する存在が施設へ侵入した形跡があります』
玲音の表情が変わった。
「……一年以内?」
『はい』
「ということは……」
この施設は。
完全に忘れ去られていたわけではない。
誰かが来ていた。
しかも。
自分が眠っていることを知っていた可能性がある。
「……誰が?」
玲音は周囲を見渡した。
答えは返ってこない。
だが。
その時だった。
施設の奥に、一つの巨大な金属製の扉があることに気づいた。
「……あれは?」
近づく。
扉の前には、物々しい金庫が設置されていた。
「金庫?」
『生体認証電子金庫です』
AIcatが即座に解析する。
『指紋認証、網膜認証、DNA認証による多重ロックが設定されています』
玲音は眉をひそめた。
「DNAまで?」
『はい』
さらに解析結果が表示される。
『設置時期を推定』
『約半年以内』
「……半年?」
玲音は息を呑んだ。
自分が目覚める前。
しかも、ほんの半年ほど前に。
この金庫が設置された。
「誰かが……ここに来た?」
『可能性が高いです』
玲音は金庫を見つめた。
そして。
一つの名前が頭に浮かぶ。
「……四ノ宮零士」
胸がざわついた。
なぜだ。
なぜ、この世界になってまで。
自分は四ノ宮零士という名前に追いかけられるのか。
前世――藤野健二としての人生で、零士とは一度だけ出会った。
それ以上の記憶はない。
零士と過ごした記憶など存在しない。
なのに。
人格保存チップ。
両親の失踪。
ドクターゼロ。
そして、この施設。
全てが四ノ宮零士へと繋がっている。
「……なぜ、そこまで僕にこだわるんだ?」
玲音は金庫へ手を伸ばした。
指先が触れる。
その瞬間。
――パァッ。
金庫の表面に光が走った。
幾何学模様のような光が、金庫全体を駆け巡る。
「え?」
ロックが解除される。
「……開いた」
玲音自身が一番驚いていた。
「僕のDNA……?」
『認証しました』
「……」
玲音はゆっくりと扉を開ける。
中に入っていたのは――
「……これだけ?」
一丁の銃。
そして。
小さな袋。
それだけだった。
玲音は銃のようなものを手に取った。
その瞬間。
視界に情報が展開された。
『鑑定アプリを起動します』
「うわぁ!」
突然表示された文字に、玲音は思わず声を上げた。
『マナマシン装填型レールガン』
『Spec II』
玲音は目を丸くする。
「レールガン……?」
説明が続く。
『使用者の意思に感応し、設定した威力で射撃可能』
『スタンガン相当の低出力から、戦車砲相当の高出力まで対応』
『連射可能』
玲音は絶句した。
「……戦車砲?」
さらに。
『現在の使用者・藤野玲音のマナマシン濃度では、戦車砲相当の射撃を一発使用した時点でエネルギー切れとなる可能性があります』
「……」
玲音は銃を見つめた。
「それ、僕が持つには危険すぎない?」
『護身用としては非常に高性能です』
「護身用のレベルじゃないと思うんだけど……」
玲音は苦笑した。
しかし。
この世界にモンスターが存在するのなら。
武器は必要になる。
玲音はレールガンを腰に装備した。
次に。
謎の袋を調べる。
『アイテムバッグ』
「……アイテムバッグ?」
ゲームに出てくるような名前だった。
『高難易度マナスポットで発見される宝箱から、稀に出現する収納アイテムです』
「宝箱……」
本当にゲームの世界になっている。
玲音は袋の中を確認する。
すると。
『米俵』
『小麦』
『野菜各種』
『野菜の種各種』
『レトルト食品各種』
そして。
それぞれが――
『×99』
「……九十九個?」
『同一アイテムは最大九十九個まで収納可能です』
玲音は目を丸くした。
「これ……食料だけでも相当な量だぞ」
さらに。
『高機能携帯型グランピングテント』
「テントまで?」
『収納されています』
そして。
最後の項目。
玲音の表情が固まった。
『四ノ宮零士の手紙』
「…………」
一瞬。
空気が止まったように感じた。
「……手紙?」
玲音はゆっくりとその項目を見る。
四ノ宮零士。
その名前が。
二百年後の世界でも、自分の前に現れた。
「……どうして」
玲音は呟く。
「どうして僕に……」
答えはない。
ただ。
この手紙が、何かを知る手掛かりになる。
それだけは間違いなかった。
玲音はふと、施設内を見回した。
「……そういえば」
ネットワークが生きている。
AIcatも動いている。
ニュースも閲覧できた。
つまり。
文明は完全に死んだわけではない。
「インターネットに接続できるってことは……」
玲音は考える。
どこかに。
まだ文明を維持している人間がいる。
都市があるかもしれない。
研究施設があるかもしれない。
そして。
両親の手掛かりが残っている可能性もある。
「……だったら」
玲音は立ち上がった。
「ここに留まる理由はないな」
二百年前の世界に戻ることはできない。
両親がどこにいるのかも分からない。
ドクターゼロが何者なのかも分からない。
そして。
自分の中にある人格保存チップが、なぜ存在するのかも。
分からないことだらけだ。
「でも」
玲音は笑った。
「調べればいい」
昔の自分なら、そうしていた。
分からなければ調べる。
知らなければ学ぶ。
問題があるなら解決する。
それが。
藤野玲音という人間だった。
「……よし」
玲音は最後に施設を見渡す。
「ありがとう」
誰もいない施設に向かって、一礼する。
そして。
出口へ向かった。
施設のエレベーターは――
なぜか、まだ動いていた。
「……二百年経ってるのに?」
玲音は首を傾げる。
ボタンを押す。
――ウィーン。
扉が開く。
「……本当に動いた」
玲音は少しだけ笑った。
エレベーターへ乗り込む。
扉が閉じる。
ゆっくりと上昇していく。
地下深くにあった施設から。
未知の世界へ。
「……二百年後の地球か」
玲音は呟いた。
「一体、何が待ってるんだろうな」
そして。
エレベーターは、静かに地上へ向かっていった。




