第四話 メッセージ
「……考えることが多すぎる!」
俺は思わず頭を抱えた。
二百年後の世界。文明の崩壊。マナマシンによって生まれた魔物。そして、俺が目覚めるまでの二百年間に何が起きたのか。
わからないことばかりだ。
だが、何よりも納得できないことがある。
「そもそも、コールドスリープは十年の予定だったんじゃないのか!? なんで二百年も経っているんだよ!」
治療に必要な期間は十年と聞かされていた。
それなのに、目覚めてみれば二百年後。
両親はどうなったのか。四ノ宮零士は何を考えていたのか。そして、なぜ世界はこんな姿になってしまったのか。
考えれば考えるほど、疑問が増えていく。
『マスター。興奮しても、答えは出ませんよ』
「わかってるよ!」
『では、落ち着いて周囲を確認してみてはいかがでしょう』
AIcatの言葉に、俺は深呼吸した。
そうだ。今ある情報から、一つずつ整理していくしかない。
俺はデバイスを操作した。
すると、画面の隅でメールのアイコンが点灯していることに気づいた。
「……メール?」
こんな世界で、いったい誰から届いたのだろう。
確認してみると、送信者の欄には、懐かしい文字が表示されていた。
――父さん、母さん。
心臓が大きく跳ねた。
震える指でメールを開く。
添付されていたのは、一本のビデオメッセージだった。
再生ボタンを押す。
画面が切り替わり、懐かしい顔が映し出された。
『ごめんな、玲音』
父さんだった。
少しやつれた顔をしている。いつ撮影された映像なのかはわからない。
隣には母さんもいた。
俺は息をするのも忘れて、画面を見つめた。
『私たちは、お前を助けるために、三代目ドクターゼロと接触した』
三代目ドクターゼロ。
その言葉を聞いた瞬間、背筋が冷たくなった。
四ノ宮零士の人格を保存したチップ。そのオリジナルを持つ存在。
つまり、単なる後継者ではない。
零士の記憶と人格を受け継いだ、もう一人のドクターゼロだ。
『奴は……この世界に絶望していた』
父さんの表情が険しくなる。
『一度、世界をリセットしなくてはならない。そうしなければ、何も変わらない……』
父さんは、当時の様子を思い出すように語った。
『そんなことを、奴は何度も繰り返していた。まるで、気が狂ってしまったかのようにな』
俺は言葉を失った。
世界をリセットする。
それは、いったい何を意味するのだろう。
文明を破壊することか。
人類を滅ぼすことか。
それとも、俺には想像もできない、別の何かなのか。
『私たちは、玲音を……いや、健二を助けてくれと、必死に訴えた』
父さんの声が震えた。
『すると、奴は突然、理性的になったんだ。まるで、さっきまでの言動が嘘だったかのように』
画面の中の父さんは、ゆっくりと息を吐いた。
『そして、治療に協力すると言った』
俺は思わず身を乗り出した。
健二。
藤野健二。
かつて難病によって身体の自由を失い、長い年月を苦しみながら生きた、俺の前世。
両親は、俺を救うために動いてくれていた。
だが、そのために接触した相手が、あのドクターゼロだったのだ。
『嘘か本当かは、今でもわからない』
父さんは苦しそうに目を伏せた。
『脊髄の治療は、私たちが生きている間には不可能だと言われた。だが、奴は二百年あれば必ず治せると断言した』
二百年。
その言葉が、俺の胸に重くのしかかった。
十年の予定だったコールドスリープが、なぜ二百年になったのか。
その答えは、ここにあるのかもしれない。
ドクターゼロは、最初から二百年後を見据えていたのだろうか。
俺を治療するために?
それとも、別の目的があったのか?
『玲音』
今度は母さんが口を開いた。
その声を聞いた瞬間、胸が締めつけられた。
『もう、会えないかもしれないね』
母さんは、無理に笑顔を作っていた。
『でも、これだけは忘れないで』
画面越しに、母さんが俺を見つめる。
『私たちは、あなたを愛しているよ』
父さんも、静かにうなずいた。
『どんな世界になっていたとしても、生きていてくれ。それが、私たちの願いだ』
そこで映像は終わった。
画面が暗くなる。
俺は、しばらく動けなかった。
「……父さん、母さん」
もう一度、再生ボタンを押したくなった。
何度でも声を聞きたかった。
もう一度、二人の顔を見たかった。
けれど、映像の中の両親は、今の俺の声に答えてくれることはない。
俺は唇を噛みしめた。
「……俺、必死に生きるよ」
声が震えた。
「この狂った世界で、絶対に生き抜いてみせる」
それが、今の俺にできる唯一の親孝行だった。
しばらくして、俺は画面を閉じようとした。
そのとき、デバイスに表示された別の情報が目に入った。
「……エリクサー?」
治療記録の一部に、その単語が残されていた。
エリクサー。
マナマシンの影響によって発生した特殊な薬草を利用して作られた薬。
記録によれば、俺の脊髄の治療には、この薬が使用されたらしい。
「薬草から作った薬で、脊髄を治療したっていうのか……?」
現代科学でも不可能だった治療が、二百年後の世界では実現している。
いや、正確には、二百年前の科学技術と、マナマシンが生み出した新たな力。その両方があったからこそ、可能になったのだろう。
俺は施設内を調べ直した。
治療室の隅に、何かが落ちている。
近づいて拾い上げると、それは割れた小瓶だった。
破片の一つに、かろうじて文字が残っていた。
――エリクサー。
「これが、俺の治療に使われた薬か……」
俺は瓶の破片を見つめた。
マナマシンによって生まれた薬草。
それを利用したエリクサー。
そして、二百年という時間をかけて行われた治療。
すべてが、ドクターゼロにつながっている。
俺は小瓶をそっと置いた。
そして、拳を握りしめる。
「四ノ宮零士……いや、ドクターゼロ!」
誰もいない治療室に、俺の声が響いた。
「こんな荒廃した世界にしたのは、いったい何のためなんだ!?」
人間が築き上げた文明は失われた。
かつて当たり前だった科学技術は、今では失われた遺物になっている。
人々は魔物に脅かされ、限られた資源を奪い合いながら生きている。
それが、あいつの望んだ世界なのか?
俺を治療してくれたことには感謝している。
この身体で、もう一度自由に生きられるようにしてくれたこと。そのことだけは、否定できない。
だが、それとこれとは話が別だ。
「治療してくれたことには感謝する。だけどな……!」
俺は、目の前に誰かがいるかのように言い放った。
「いつか必ず、お前を問い詰めてやる!」
なぜ世界は崩壊したのか。
なぜ二百年もの時間が必要だったのか。
そして、ドクターゼロは何を成し遂げようとしているのか。
その答えを、俺は自分の目で確かめる。
たとえ、この世界がどれほど狂っていたとしても。
父さんと母さんが願ったように、俺は生きる。
そして、いつか必ず――。
四ノ宮零士の真意を、暴いてみせる。




