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第二話 現状確認

玲音は施設へ戻った。


 頭の中が混乱している。


 西暦2396年。


 自分が眠りについた時代から、二百年以上が経過していた。


 それだけでも十分に衝撃的なのに、施設の外には見たこともない生物がいて、世界そのものが大きく変わっているらしい。


 だが、ここで取り乱しても何も分からない。


「……まず、状況を確認しよう」


 玲音は、壁に寄りかかりながら深呼吸した。


「AIcat、起動してくれ」


『はい、マスター。お呼びでしょうか?』


「今の世界について知りたい。俺が眠ってから何が起きたのか、記録を確認できるか?」


『可能です。施設内に保存されているデータと、マスターが閲覧可能な歴史資料を照合します』


「頼む」


 玲音の視界に、情報が表示された。


 最初に目に入ったのは、二百年ほど前のニュースだった。


 西暦2199年。


 強化人間の権利に関する法案が成立し、世界各地で改造を受けた人々に人権と国籍が認められた。


 その数、全世界で一千万人以上。


「強化人間……。そういえば、当時は遺伝子操作や身体改造が一般化していたんだったな」


『はい。医療技術の発展により、先天的な疾患の治療だけでなく、身体能力や感覚器官を強化する技術も普及していました』


「それが一千万人以上か……」


 玲音は画面をスクロールした。


 西暦2205年。


 強化人間と一般人の間に生まれた子供たちの特徴が、社会問題として取り上げられ始めた。


 動物の耳や尻尾を持つ子供。


 一般的な人間とは異なる身体的特徴を持つ子供。


 さらに、出産時に三人から八人ほどの子供が生まれる事例も報告されていた。


「……八人?」


『遺伝子改変による生殖能力の変化や、複数の胚を用いる医療技術などが影響した可能性があります。ただし、すべての事例が同じ原因によるものとは限りません』


「なるほどな……」


 玲音は記録を読み進めた。


 当時の研究者たちは、こうした変化が人類全体に広がれば、純粋なホモ・サピエンスが減少していくのではないかと危惧していたらしい。


 しかし、その懸念は大きな社会問題にはならなかった。


 少なくとも、この時点では。


「次は?」


『西暦2213年の記録があります』


 画面が切り替わった。


 そこには、見覚えのある名前が記されていた。


 ――ドクターゼロ。


「……また、あの人か」


『四ノ宮零士博士は、空気中に散布しても人体に害を与えない新型ナノマシンの開発を発表しました』


「ナノマシン……?」


『博士は、その技術をマナマシンと命名しています』


 玲音は眉をひそめた。


 マナマシン。


 この世界で魔法やモンスターが生まれる原因となった存在なのだろうか。


『当初、マナマシンは人体や環境に悪影響を及ぼさないとされていました。むしろ、医療や環境保全などへの応用が期待されていたようです』


「それが、どうして魔法なんかにつながるんだ?」


『続きの記録を確認します』


 西暦2213年10月。


 マナマシンに関する重大な発表が行われた。


 人類の約一万人に一人が、マナマシンに対して特殊な適応反応を示したのだ。


 その人々は、火や水などに干渉する能力を発現させた。


 さらに、耳が長くなり、肌の状態や身体的特徴にも変化が現れた。


 彼らは、やがてエルフと呼ばれるようになった。


「……エルフって、実在したのかよ」


『はい。少なくとも、現在の歴史資料では実在した人類の一種として扱われています』


 異世界に転移したわけでも、夢を見ているわけでもない。


 自分は、二百年以上の時間を飛び越えたのだ。


 そして、その間に人類の姿も、世界の仕組みも変わってしまった。


 玲音は気持ちを切り替え、次の記録へ進んだ。


 西暦2228年。


 エルフの寿命が、一般的な人間よりも大幅に長いことが判明した。


 老化の速度は通常の人間のおよそ三割。


 平均寿命は二百五十年から三百年ほどになると推測されていた。


 玲音はため息をついた。


 それでも、少しずつ状況が分かってきた。


 自分が眠っている間に、マナマシンは人類の一部を変化させていた。


 そして、その変化は人類だけにとどまらなかった。


 西暦2269年。


 各地で、知能を持つ野生動物や、従来の生物学では説明できない生物が出現し始めた。


 彼らは、後にモンスターと呼ばれることになる。


「……ここからか」


『はい。この時期から、各国で被害報告が急増しています』


 最初は、局地的な事件だった。


 だが、モンスターの数は徐々に増えていった。


 従来の銃火器では、十分な効果が得られない個体も多かった。


 人類は新しい兵器を開発し、対抗しようとした。


 しかし、魔法を扱える人間は、全体のわずか一パーセントほど。


 モンスターの脅威に対抗できる人材は、あまりにも少なかった。


 やがて各地の防衛線は後退し、人類は居住地域を放棄せざるを得なくなっていった。


「……たった一パーセントか」


『はい。魔法の適性には個人差があり、すべての適応者が戦闘に適していたわけでもありません』


「それじゃ、普通の人間はどうなるんだよ……」


『記録によると、各国は当初、軍事技術とマナマシンの研究によって事態を収束させようとしていました』


「当初、ね……」


 玲音は嫌な予感を覚えた。


 歴史がここで終わるはずがない。


 そして、今の世界を見る限り、人類はこの危機を乗り越えられなかったのだろう。


「その後は?」


『記録が続いています』


 玲音は画面に目を向けた。


 そこには、文明が崩壊していく過程が記されていた。


 マナマシンは、人間の願いや微弱な生体電気信号に反応する性質を持っていた。


 さらに、長い時間をかけて、動物や植物にも影響を与えるようになっていった。


 人間の深層心理。


 無意識に抱いている恐怖や願望。


 それらが、マナマシンの働きに影響を与えた可能性が指摘されていた。


「……まさか」


 玲音の脳裏に、先ほど見たゴブリンやオークの姿が浮かんだ。


 人々が恐れる怪物。


 物語やゲームに登場する魔物。


 人間が心の奥底で思い描いてきた存在。


 それらが、マナマシンによって現実のものになったのだろうか。


『マスター。記録上、モンスターの出現と人々の心理的傾向には、一定の関連性が指摘されています。ただし、すべてのモンスターが人間の想像から生まれたと断定できるわけではありません』


「……そうだよな」


 玲音は画面を見つめた。


 もし、人間の想像や願望がマナマシンを通じて現実に影響を与えるのなら。


 この世界は、単なる自然環境の変化では説明できない。


 人類自身が、世界を変えてしまった可能性がある。


 そして、最悪なことに。


 その仕組みを作り出したのは、四ノ宮零士だった。


「ドクターゼロ……。お前は、何を考えていたんだ?」


 問いかけても、答えは返ってこない。


 玲音は一度、目を閉じた。


 二百年前、彼が眠りについた世界。


 科学技術が発展し、病気さえ克服しようとしていた人類。


 それが今では、魔物に怯え、狩りで食料を確保し、石造りの穴蔵で暮らしている。


 文明は、確かに崩壊していた。


 そして、まだ終わってはいない。


 玲音は目を開いた。


「AIcat。今の世界について、もっと詳しく調べてくれ」


『承知しました、マスター』


「特に、マナマシンとマナスポット。それから、文明崩壊の原因についてだ」


『了解しました』


 玲音は、画面に表示された歴史年表を見つめた。


 ここがどんな世界なのか。


 なぜ人類は文明を失ったのか。


 そして、自分は何をすべきなのか。


 答えを見つけるためには、まず、この世界を知らなければならない。


「……よし」


 玲音は静かに立ち上がった。


「現状確認は、これで終わりだ」


 しかし、彼はまだ知らなかった。


 この世界に残された情報だけでは、文明崩壊の真実を知るには不十分だということを。


 そして、やがて彼自身が、その真実に向き合うことになるのを。

3、4、5話の本文がgメールのメモから消失したorz

引退の危機_:(´ཀ`」 ∠):

この話の復旧も大変だった、、、

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