第八皇女イリス
馬車の中で、僕たちは向かい合って座っていた。
僕の隣にはエレナとルーナ。向かいには、さっきまで僕を殺そうとしていた少女が一人で座っている。
外では騎士たちが馬車の周囲を確認していた。賊との戦いで壊れたところがないか調べているらしく、ときおり車体を叩く音や、騎士たちの話し声が聞こえてくる。
エレナはそんな外の様子を気にしながらも、僕の手を両手で包み、治癒魔法をかけていた。
「ということは、この子って暗殺者なんですよね?」
傷を治しながら、エレナが心配そうに少女を見る。
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫」
僕はそう答えてから、向かいに座る少女へ目を向けた。
「そうでしょう?」
少女は少し呆れたように僕を見た。
「話し次第だけど、正直に言って、あなたを殺す気は失せたわ」
「ほら」
「そういう問題なんでしょうか……」
エレナはまだ納得できていない様子だった。
すると、隣に座っていたルーナが嬉しそうに口を開く。
「素晴らしいです。アルト様もきちんとアルシア教の教えを守っているのですね」
「僕が?」
「はい。『汝、暗殺者を愛せよ』です」
聞き覚えのある言葉だった。
というより、聞き覚えしかない。
「メディアちゃんは『まだ人を殺していなければ暗殺者ではない』という解釈で、暗殺に来た方々をばんばん倒していますが、セラフィナ様は違ったそうです」
ルーナは楽しそうに続ける。
「神の子レオン・アウグスト様の御心を尊重され、暗殺者を捕らえた後、なぜそのようなことをするのか、まず対話することを大切にされていたとか」
ずいぶん立派な話になっている。
僕としては、暗殺されなければ別にいいと言ったくらいの記憶しかないのだが、セラフィナの手にかかると百年も経たないうちに随分とありがたい教えになるらしい。
「そういうものなんですね」
なぜかエレナが納得した。
さっきまで暗殺者を馬車に乗せて大丈夫なのかと心配していたはずなのだが、ルーナが自信満々に教義の話をしたせいか、少し表情が落ち着いている。
僕の手の傷もほとんど塞がったところで、改めて少女を見る。
「それで、君の望みは何なの?」
少女はしばらく黙っていた。
僕たち三人を順番に見てから、少しだけ姿勢を正す。
「私の名前はイリス・リュミエール」
そこで一度言葉を切り、少女――イリスは僕をまっすぐ見た。
「リュミエール王国の第八皇女よ」
エレナの手が止まった。
ルーナもさすがに驚いたのか、目を丸くしている。
イリスは二人の反応には構わず続けた。
「私には、三人殺したい人間がいるの」
「三人?」
「聖女セラフィナ。二代皇帝ヴィクトル・ラウゼン。そして――」
イリスの右手が、自分の右目に触れた。
「リュミエール王国国王、アルベール・リュミエール」
その声から、さっきまでの軽さが消える。
「この三人には、私をこんな身体にした責任を取ってもらわなければならないわ」
「なるほどねー」
「なるほど、で済ませるんですか?」
エレナが驚いた顔で僕を見る。
「結構な話ですよ。どうするんですか?」
「いや、気持ちは分かるよ」
僕が答えると、今度はイリスがわずかに眉を上げた。
「ようはあれでしょう。リュミエール王国の自治を認めたセラフィナとヴィクトルが憎いわけだよね」
「……そうよ」
「僕もそう思うなー。リュミエール王家なんて、なくなればいいと思う」
「アルト様?」
エレナがこちらを見る。
別におかしなことを言ったつもりはない。
前世で皇帝だった頃、僕はリュミエール王国と戦争をしている。
理由は単純だった。当時のリュミエール王家の圧政が酷かったからだ。
王家と一部の貴族が富を抱え込み、そのために多くの民が苦しんでいた。話し合いでどうにかなる段階もとっくに過ぎていたので、最終的には帝国軍を入れ、王国を帝国に併合した。
その後もリュミエール王家は諦めなかった。
残された財産や人脈、各地の利権を使い、何度も自治を求めてきた。帝国内にも彼らに味方する者はいたが、僕は全部断った。
あの王家に再び国を任せる気にはなれなかったからだ。
僕が死んだ後、セラフィナとヴィクトルが何を考えて自治を認めたのかは知らない。
ただ、目の前にいるイリスを見る限り、少なくともすべて上手くいったわけではなさそうだった。
「……あなた、本当に変わってるわね」
イリスが少しだけ感心したように僕を見る。
だが、すぐにその表情を消した。
「それで?」
「うん?」
「私の復讐に協力してくれるのかしら?」
「ああ、それはやめた方がいいよ」
イリスの目が細くなる。
「暗殺なんてしても、なんにもならないよ」
しばらく沈黙があった。
イリスは僕を見つめていたが、やがて小さく息を吐き、背もたれに身体を預けた。
「……そう」
さっきまで少しだけ明るくなっていた顔が、目に見えて冷めていく。
「あなたすら、そういうのね」
「あの……」
エレナが何か声をかけようとする。
僕はその前に口を開いた。
「そんなくだらないことよりさあ」
イリスが顔を上げる。
「この王国、乗っ取っちゃいなよ」
「…………は?」
今度はイリスだけではなく、エレナまで固まった。
「暗殺したって、その人がいなくなるだけでしょう。でも君が王様になれば、自分の好きなように国を変えられるじゃない」
「アルト様?」
「僕は君から、いい王様の素質を感じるな」
イリスは何も言わなかった。
さっき僕にナイフを向けたときよりも、よほど驚いた顔をしている。
そのまま数秒ほど僕を見つめた後、突然、口元を押さえた。
「……やばい」
「なに?」
「惚れるかと思ったわ」
そう言って、イリスは声を上げて笑った。




