街道の少女
リュミエール王国へ向かう三台の馬車は、朝から街道を進んでいた。
前後の二台には護衛の兵たちが乗り、僕たちの馬車はその間を走っている。
こちらの御者を務めているのはルーナだった。本人がやると言って譲らなかったので任せたのだが、今のところ馬車は驚くほど安定して進んでいる。
僕とエレナは、その後ろの座席に向かい合って座っていた。
窓の外を流れていく景色を眺めていたが、出発してからかなり時間も経っている。
「なんか食べようか」
足元に置いていた荷物を引き寄せ、中から用意してもらった弁当を取り出す。
膝の上に置こうとしたところで、向かいに座っていたエレナが僕の足元を見た。
「アルト様」
「なに?」
「足を開いちゃ駄目です」
言われて、自分の足を見る。
いつも通り座っていただけなのだが、今の僕はスカートを穿いている。
「ああ、そうか」
膝を閉じる。
エレナは僕の姿を確認すると、小さく頷いた。
「もう少し揃えてください」
「こう?」
「はい。それくらいです」
昨日から、エレナは僕の仕草までかなり気にするようになっていた。
どうやら、変化魔法で見た目を変えていても、普段通りに動いていれば男だとばれるのではないかと不安らしい。
僕としては、そこまで細かく見ている人はいないと思うのだが、エレナはそう考えていないようだった。
弁当の包みを開く。
中にはパンと肉、それに野菜がいくつか入っていた。
僕がパンを取ろうと手を伸ばすと、またエレナの視線がこちらへ向いた。
「アルト様」
手を止める。
「今度はなに?」
「スカートが少し上がっています」
「食べるだけなのに?」
「食べることとは関係ありません」
エレナは真面目な顔をして僕の膝を指した。
仕方なくスカートを直してから、パンを手に取る。
少し食べたところで、馬車が石でも踏んだのか大きく揺れた。
僕は反射的に足を開いて身体を支える。
「アルト様」
「今のは仕方なくない?」
「気持ちは分かりますけど、できれば足は閉じたままでお願いします」
「転ぶよ」
「手をついてください」
エレナはそう言うと、自分で実際にやってみせた。馬車が揺れても膝を揃えたまま、片手を座席について身体を支えている。
「なるほど」
「降りるときも気をつけてくださいね。先に足を大きく出すと、たぶん今みたいになりますから」
「歩き方も?」
「もちろんです」
そこまで言ってから、エレナは少し考えるように僕の全身を見た。
「あと、立っているときに腰へ手を当てるのもやめた方がいいと思います」
「僕、そんなことしてる?」
「よくしています」
知らなかった。
長いこと普通にやってきた動きを一つずつ指摘されると、自分が普段どう動いていたのか分からなくなってくる。
試しに背筋を伸ばして座り直す。
「これは?」
「少し力が入りすぎです」
「難しいね」
「普通にしていればいいんです」
「その普通が分からなくなってきたんだけど」
エレナは困ったような顔をした。
どうやら教えている本人にも、女の子らしく座るというものを言葉だけで説明するのは難しいらしい。
それでも僕がパンを食べ始めると、エレナはしばらくこちらを見ていた。
「食べ方は大丈夫?」
「はい。それは普通です」
「よかった」
さすがに食事まで一から覚え直す必要はないようだ。
僕はもう一つパンを取り、エレナにも弁当を渡す。
「エレナも食べなよ」
「ありがとうございます」
エレナが弁当を受け取った、そのときだった。
突然、馬車の速度が落ちた。
直後、馬が激しくいななき、車体が大きく前へ揺れる。
「わっ」
僕は咄嗟に座席へ手をついた。
エレナもすぐに窓の外を見る。
「どうしました?」
「危ない!」
前方からルーナの声が飛んだ。
馬車が完全に止まる。
僕は弁当を横へ置くと、エレナと一緒に外へ出た。
街道の真ん中に、一人の少女が立っていた。
まだ十歳を少し過ぎたくらいだろうか。服は土で汚れ、肩で大きく息をしている。森の中から飛び出してきたらしく、髪には小さな葉までついていた。
ルーナは手綱を強く引いたまま少女を見ていた。
「大丈夫ですか?」
少女は答えず、後ろを振り返った。
森の奥を気にするように何度も視線を向けてから、僕たちへ駆け寄ってくる。
「気をつけてください!」
少女は息を切らしながら叫んだ。
「この先に、賊がいます!」




