メディアの訪問
その日の午後、部屋で本を読んでいると、使用人が訪ねてきた。
「アルト様。教会から使者の方がお見えになるそうです」
「教会から?」
「はい。先日の護衛の件について、直接ご相談したいとのことでした。お名前はアシュレイ様と伺っております」
アシュレイ。
その名前を聞いた瞬間、僕は本を閉じた。
「分かった。来たらこの部屋に直接通してくれる?」
「こちらに、ですか?」
「うん。できれば人目につかないようにお願い」
「かしこまりました」
使用人が部屋を出ていく。
アシュレイと聞いても、本人が来るとはまったく思わなかった。
たぶんメディアだ。
前にも同じことをやっているし、今回もそう考える方が自然だった。
それからしばらくして、扉がノックされた。
「どうぞ」
扉が開き、二人の人物が入ってくる。
一人は教会の服を着た、真面目そうな男だった。
そして、その隣には長い金髪の女性が立っている。
見覚えのある金髪だった。
女性は僕の前まで来ると、頬の横で指を二本立て、決め顔を作った。
「アシュレイちゃんだと思いました?」
そのまま金髪のかつらを外す。
「残念。しつこくメディアちゃんでーす」
「……さすがに同じネタはなあ」
思わず苦笑する。
最初に見たときは驚いたが、もう三回目だ。
むしろアシュレイと聞いた時点で分かっていた。
すると、メディアの横に立っていた男が静かに口を開いた。
「あなたはまだ良い方です」
「そうなの?」
「はい。よほどお気に召したのでしょう。私はこのネタを十回以上見せられていますから」
真面目な顔のまま言っているが、声には少し疲れが混じっていた。
十回以上。
それはさすがに気の毒だ。
僕が男を見ると、向こうもわずかに目を伏せた。
「二人とも反応が悪いですね」
当のメディアはまったく気にした様子もなく、外したかつらを近くの机に置いた。
そして僕の方へ向き直る。
「それはともかく、護衛の依頼を受けていただき、ありがとうございます」
「まあ、拒否する権利はないからね」
僕が笑うと、メディアも笑った。
「やはり、しぶしぶといったところですよね」
「隣国まで行くとなると時間もかかるしね」
「そうおっしゃると思って、旅が楽しくなるプレゼントを用意しました」
「プレゼント?」
「はい」
メディアは持ってきていた鞄から、一枚の紙を取り出した。
折り畳まれていたそれを広げ、僕に差し出す。
「どうぞ」
受け取ってみると、地図だった。
王国の一部が描かれており、その中の一か所に印が付いている。
「これは?」
「王国内にある遺跡の地図です。この遺跡はノアさんが作ったものでして」
「ノアが?」
僕はもう一度地図を見る。
「はい。そして、この遺跡の奥には、きっとあなたが心の底から欲しいものがありますよ」
「僕が欲しいもの……」
確信はない。
ただ、一つだけ心当たりがあった。
僕が前世で書いた伝記だ。
皇帝だった頃、自分の人生について一冊の本を書いたことがある。
残念ながらまったく広まらなかったので、今の時代には一冊も残っていないと思っていた。
けれど、ノアなら話は別かもしれない。
あの人には、いろいろな物を集める癖があった。
僕の伝記までどこかに保管していたとしても不思議ではない。
「たしかに。これはやる気が出てくるね」
「そうでしょう。そうでしょう」
メディアが得意げに何度も頷く。
護衛そのものにはあまり乗り気ではなかったが、この遺跡には興味が出てきた。
僕が地図を畳んでいると、メディアが立ち上がる。
「では、さっそく可愛い女の子になってもらいましょうか」
「……はあ?」
何の話だ。
メディアは僕の反応など気にせず、隣の男を見る。
「お願いします」
「かしこまりました」
「ちょっと待って。なんで僕が女の子になるの?」
「理由は準備しながら話します。時間がないので、早く早く」
「いや、準備って何をするの?」
さっきまで遺跡の話をしていたはずなのに、急に僕が女の子になることになっている。
戸惑っていると、先ほどの男が僕の前へ出た。
「大丈夫です」
「何が?」
「私の変化魔法を信じてください」
男は胸に手を当てた。
相変わらず、見るからに真面目そうな顔をしている。
「私は、男を女の子にするために聖職者になったのですから」
「……」
ついさっきまで、この人も苦労しているんだなと思っていた。
どうやら、それだけではなかったらしい。
「では、始めますね」
「いや、まだ理由を聞いてないんだけど」
「大丈夫ですよ、アルト様」
メディアは楽しそうに笑いながら、僕の背中を押した。
教会には変な人しかいないのかもしれない。




